第7話 お見舞い

 唯から送られてきたメールを頼りに、家へと赴く。


 家に着く前に振る舞う料理とは別に、薬局に寄り風邪に効く薬と飲み物を買い込む。もしかしたら家にあるかも知れないが、念のためだ。


 それにしても、何故風邪を引いたのだろうか。やはり、季節の変わり目だからか。


 そして、普通のどこにでもあるようなマンションが見えて来る。


 マンションに着き、三階へと上がり部屋の前まで行く。


 ピンポーンとチャイムを鳴らす。そして、ガチャっという音がしてドアが開く。


 驚いたような顔の唯が現れる。


 かなり顔が上気しており、かなりの熱があることが伺える。


 「本当に来るとは思わなかった」


 「そりゃ来るだろ、一応・・・・・・彼氏なんだから」


 上気した顔がさらに加速する。


 「そう。・・・・・・こっち」


 唯に案内され部屋に入る。


 玄関の先にリビングがあり、そこから洗面所や自分の部屋に通じているらしい。


 ここが本当に唯の家か?装飾どころか家具さえ最小限しかないが。ここがリビングだからか?自分の部屋には、さすがにポスターとか飾りとかあるよな。


 そして、唯の部屋に入る。有は初めての女子の部屋を意識するよりも、その部屋の特異さに目を奪われた。


 机とタンスとベッド、それしか無かったのである。


最も平常時だとしても、特段意識はしなかっただろうが。


有は、人と物は離して考えるタイプである。例え好きな人のリコーダーであっても、リコーダーはリコーダーだし彼女の部屋だとしても部屋は部屋だと考えていた。


唯は案内を終えると、何も無い部屋にある数少ない家具であるベッドに横たわる。


その様子を見て有は、部屋全体から唯へと視線を移す。


「大丈夫か?熱はどのくらい?」


「39度くらい」


「高熱じゃないか!?薬は飲んだの?」


「飲んでない」


「何で?」


「買いに行くの、面倒」


どうやら、この家には薬は存在しないらしい。念のため買ってきておいて良かった。


薬と水を用意し、唯に手渡す。


「飲めるか?」


「大丈夫」


しかし、唯が飲もうと手を伸ばし掴んだ物はスマホだった。


スマホを口の上に持っていき、飲もうとする。


「待て待て待て待て待て!!」


スマホが唯の顔にぶつかる直前で、なんとかキャッチする。


「全然大丈夫じゃないみたいだな」


唯の口に薬を入れ、補助しながら水を飲ませる。その間、少し頬の朱塗が少し増した気がした。


これでひとまずは安心だろう。唯の顔色も、心無しか良くなった気がする。後は・・・・・・


「お腹空いてるか?」


ぐう~という腹音で、返事をする。思わず出た音に驚き、恥ずかし気に顔を下向けながらただでさえ紅い顔をさらに紅くする。


 「ちょっと待ってて、すぐ作るから」


 そう言って笑うと、調理場へ向かった。


 さっきまで、ベッドで寝ていた唯の顔は非常に険しいものだった。しかし、今はかなり柔らかなものになっている。それは薬の影響か、それとも・・・・・・


 調理場に着くと、さっそく料理を始める。


 良かった、調理器具はちゃんとあるようだ。


 それにしても、何も無いなこの家は。少し寂しく感じるくらいだ。唯はあまり趣味は無さそうだったが、ここまで無いとは。


 そういえば、スマホのカバーも超シンプルな物だったし高校の鞄にもストラップ等は一切付けていなかった。


 こんな家に住んでいて、退屈しないのだろうか。いや、退屈だろうな。・・・・・・今度面白い映画でも、貸してやろうかな。


 材料を切っていると、不要な部位が出たのでゴミ箱に捨てようとする。


 すると、捨てようとしたゴミ箱には山のようなコンビニ飯の残骸が葬られていた。


 昼飯カロリーメイトな時点で、碌な食生活を送って無いんじゃないのかと疑っていたがまさかここまで酷いとは。


 季節の変わり目が風邪の原因だとばかり思っていたが、明らかに食生活が原因だな。


 今度から一緒に帰るついでに、唯の家に寄って夕飯を作っていこう。何なら朝飯も。


 完成した料理とお匙をお盆に乗せて、唯の元へと運ぶ。


 料理から香るお茶の芳しい匂いにまたもやお腹が鳴き、紅い顔をさらに紅らめる。


 気を遣い二度目の音を聞かなかったことにして、出来たお粥を差し出す。


 「初めて作ったから美味しさは保証出来ないけど、少なくとも食べられる味にはなってると思う」


 「ありがとう。後は自分で食べられる」


 「スマホを食べようとしたくせに、何を言ってるんだか。良いから口開けて」


 しばし見つめあいという名の視線の攻防戦が繰り広げられ、観念したらしい唯は頬を僅かに紅潮させ小さく口を開く。


 手元にあるお匙でお粥を掬い、口元へと移動させる。


 全て含んだのを確認し、唯の艶やかな唇から食器を引き抜く。


 その仕草に反応し、有も頬を僅かに赤らめる。


 モグモグとしっかり噛み締める。その瞬間お茶の香りが全身を駆け巡り、体全体が爽やかな気分になる。さらに、お粥に入れてある生姜がまた体全体を駆け巡り温める。爽やかなんだけど暖かい、暖かいんだけど爽やか。そんな心地の良い爽快感を感じながら黙々と食べ進める。最も食べさせているのは、有だが。


 しっかりと噛み味を確かめ、飲み込む。そしてすぐに次を口に入れる。あまりの美味しさにそれらの作業をかなりの勢いで行い、お粥を入れた容器はあっという間に空になる。


 唯は満足そうな表情を浮かべる。


 「とても美味しかった」


 それを聞き、有も少しホッとする。


 来た時と比べ、かなり血色も良くなったし薬もまだある。もう大丈夫そうだな。


 そう思った有は立ち上がり、食器を洗い片付け帰り支度を済ませる。


 そして、最後に唯に挨拶しようと思い振り向く。


 そこには寂しそうな顔を、まだ帰らないでと言いたげな瞳をしている少女が居た。


 それを見た有は、あっさり帰るのを辞める。


 「あ~帰ろうと思ったけど、まだ夕飯の準備してなかったなぁ。しょうがない、もうちょっと居るかぁ」


 彼女に絆されたという本音が恥ずかしくて言えない有は、そんな建前を口にしながら夕飯の準備に取り掛かる。


 日が暮れて来た頃、夕飯の準備が終わった有は唯の様子を見に行く。


 唯はベッドで静かに寝ていたが、その寝顔は決して安らかなものではなかった。


 それを見た有は、解決策を模索し始める。


 薬はもう飲んだし、食事ももう食べた。いや、夕飯がまだだから夕飯にしようか?


 俺が風邪の時はそうだっただろうか。


 確か最後に風邪になったのは、俺が小5の時だったか。


 俺の両親は今海外を飛び回っていて滅多に帰って来ないが、小学生の頃はもう少しマシだった。


 と言っても、週に2度帰ってくる程度だったが。


 熱が出ていた日は母親が出張中だったのを覚えている。1人で心細かったのも。だけど、その日は1人にはならなかった。母親が出張から帰って来たからだ。


 母は一日中傍に居てくれた。そして、薬を飲ませてくれたり、食事を作ってくれたりした。それで、そうだ、そうだった、病気で魘されていた時は手を繋いでくれたんだ。


 険しい顔の唯の傍に歩み寄り、汗ばんだ手を両手で握る。


 そうしてしばらくの間握っていると、だんだんと顔が和らいでいく。


 良かった、安らかな寝顔になった。


 そう言えば、あの時は風邪が長引き結局治るまで3日掛かった。でも母は、本来行く予定だった出張も休みずっと付き添ってくれた。


 俺は唯の家族ではない。それでも風邪が治るまでは一緒に居よう。


 そう、唯の穏やかな寝顔を見ながら思った。

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