第6話 鬼教師の頼み事

 ピリリリリリリリリッと目覚ましが鳴り、眠い目を擦りながら起床する。




 目覚ましを止めようとスマホを操作しようとして、唯からメールが来ていることに気づく。




 [ごめんm(__)mちょっと風邪引いちゃって一緒にいけなくなっちゃった(-_-;)]




 顔文字、使ってる。昨日はyes!というスタンプを送られただけだったから気づかなかったが、あいつメール弁慶だったのか。




 それにしても、風邪か。大丈夫だろうか。昼はいつもカロリーメイトしか食べてなかったからな、風邪の状態でちゃんと食べているんだろうか。心配だ。




 娘の風邪の状態が気がかりな仕事中の母のように、心配が頭の中を埋め尽くしていく。




 それらを踏まえ、決意する。よし、お見舞いに行こう。そして、ろくな食事をしていなかったら料理をつくってあげよう。




 家を出る前に、顔にメイクし怪我を演出する。あの噂をより多くの人に信じさせるためには、あと一週間は演出すべきだな。




 メイクをし終わり、学校へ行く準備を終えて家を出る。




 唯の家に具材がなかった時に備え、学校に着く前に具材を買い込む。ふと、思う。足りない恐れがのは、具材だけだろうか。もしや、調理器具も足りないなんてこともあり得るのではないだろうか。




 いやいや、さすがにないだろう。ないよな?・・・調理器具が無かった時、すぐに近くのホームセンターで買えるようにお金を下ろしておくか。




 料理は何がよいだろうか。やはり、定番のお粥だろうか。うどんでも良いかもしれない。とにかく、消化に良いものがベストだろう。




 うどんだと、あまりお腹に溜まらないか。お米はお腹に溜まるし、栄養素もうどんよりもある。お粥にするか。




 味付けはどうするか。唯の好きな味は?・・・分からない。ハンバーグは美味しそうに食べていたが、何の食べ物が好きかは分からない。




 いや、食べ物だけじゃない。好きな映画も、好きな本も、好きな歌も、何も知らない。




 俺達は本物のカップルじゃない。好き合って告白したからじゃないからだ。だから、もしかするとそんなに長続きしないのかもしないのしれない。それでもせめて付き合っている間は居心地が良いな、と感じて欲しい。そして別れる時が来たとしても、ああ楽しかったなと振り返れるような時間にしたい。




 その為にはまずは、唯の好きなお粥の味を聞くところからだ。




 スマホを開き、唯に[お粥食べるとしたら、何味が良い?]というメールを送る。




 ピロリンとスマホが鳴り、唯の返事が表示される。




[お茶]




 お茶かぁ。・・・・・・お茶?お茶粥って何だ?茶葉を使ったお粥ってことか?七草粥では、ないよな。




 とりあえず、茶葉を買って行こう。それも、健康に良いとされるごぼう茶とドクダミ茶を。




 時は過ぎ、正午。有はいつも通り屋上で、昼飯を頬張っていた。




 風を肌で感じながら、ふと思う。唯は今日休みなのだな、と。




 決して寂しいわけでは無い。一人食べる食事が嫌なわけでも。ただ、誰かと食べる昼食も悪くはなかったなと感じていた。




 物思いに耽っていると、滅多に開かないはずのドアが開く。




 昼時に、この扉を開くのは有と唯くらいなもので。




 しかし、有はもう屋上に要る。そして、唯は休みだ。




 昼食を食べる場所を探す内にここに辿り着いた、というよりは俺に用があると見るべきだな。


俺の関係者。まさか、あの鬼教師か!?昨日のサボりがバレたのか!?




 この前のジャーマンスープレックスを思い出し、小刻みに震えだす。




 しかし、ドアが開いた直後現れたのは有の想定した人物ではなかった。彼の関係者という推測は正しかったが。




「この前の電話以来ですね、先輩」




 そこにいたのは、有の後輩兼悪友の千本木彩だった。




 彼女はとてつもなく美少女である。後ろで一本に縛られた艶やかな黒髪や女優顔負けのの美しい美貌、スラッと伸びた手足、出る所は出て締まる所は締まった理想的なスタイル。


これで男共が虜にならないはずが無い。実際ファンクラブ(非公式)がある程だ。まあ、そのファンクラブはメンバーから活動内容まで全て彼女に筒抜けだが。




 学校でもかなりの人気を得ているにも関わらず、彼女に告白する人は一人もいなかった。




 生徒の情報を含め、この学校の全てを知っている彼女を敵に回したくないからである。




 「そうだな」




 「この前は少し長く冗談を言い過ぎましたからね、今日は早速本題に入ろうと思います」




 コホンと咳払いをして、話を続ける。




 「先輩に頼まれた件ですが、両方とも滞りなく進んでいます。特に2つ目の、唯さんを傷つける奴は粛清されるらしいという噂がかなりの効力を発揮しているようです。先輩が別れたら告白しようとしていた人は少なく無かったのですが、この噂を聞きかなりの人数が諦めたようです。諦めていない人も、先輩の怪我を見て真剣なお付き合いを目指そうと意識を変えたようです」




 彼女は有の顔をみて微笑む。




 「先輩、泥に塗れた甲斐がありましたね」




 こいつ、本当に前回「誇りに思っています」と言ったのだろうか。完全に無かったことにしている気がする。




 「そして先輩が最も懸念していたゴミーズですが、・・・・・・退学するそうです」




 そうか、これで偽装彼氏はお役御免か。少し寂しいな。




 そして、唯が狙われることはなくなる。そのことに安堵しながらも、相手に原因があるとはいえ自分が退学に追い込んだという事実に少しショックを受ける。




 分かっていたことだ。そう、覚悟していたことだ。




 しかし、いくら覚悟していたとはいえ罪悪感はそうそう消えるものでは無い。




 複雑な表情しながら悩む有を見た彩は、優しくけれどもハッキリと語りかける。




 「先輩は確かに、何人かを退学にしました。それは事実です。だけど、一人の女の子を守ったのも事実です。そこだけはきっと先輩は誇っても良い・・・・・・いや、誇るべきなんだと思います」




 そうだ。手段は正しいとは言えない。しかし、結果は良いものだった。なら、それで良いじゃないか。




 「そうだな。ありがとう」




 「お礼は現金でお願いします」




 「厳禁な奴だな」




 自信満々に被せる。




 「うわぁ」




 若干引き気味な顔をする彩。




 「寒いを通り越して、キモイです」




 「いや、寒いを通り越してもキモイにはならないだろ!」




  引いた顔を全く戻さない誰かを無視して、会話を切り替える。




 「そういえば、昼飯はもう食べたのか?」




 「まだです」




 「なら、一緒に食べないか?」




 少し考える表情をした後、少し寂し気な顔をしながら答える。




 「遠慮しておきます」




 「そっか」




 中学の頃は二人とも一緒に食べる友達がおらず、一緒に食べていた。高校になってからも、そんな友達いないだろうからと誘ったのだが。もしかして、友達が出来たのだろうか。そうなら、なんだか嬉しいような大人になってしまって少し切ないような。




 またもや、複雑な表情をし始めた有にふっと笑いながら忠告する。




 「彼女が居るのに、ほかの女の子をお昼に誘うのは浮気に見られる恐れがあるので辞めた方が良いですよ」




 そうして、ドアが閉まる。




 放課後。有が向かっていたのは唯の家、ではなく職員室だった。




 何故職員室に向かっているのか、それは鬼教師こと沼木蒼から呼び出されていたからだった。




 沼木蒼。彼女は、唯や彩に負けず劣らずの美人だった。高校生の彼女らと違い大人の魅力に溢れていた。また腰まで伸ばした艶やかな黒髪や少し釣り目の美顔、長身から繰り出される抜群のプロポージョンは数々の男子を骨抜きにするはず・・・・・・だった。




 彼女は一切笑わない。そして、怒るとかなり怖い。




 そんな様子から付けられたあだ名が、名前の蒼をもじった青鬼だった。




 彼女の鋭い目つきも手伝いしばらくは、大半の生徒が彼女のことを怖がった。しかし、時を経るに連れて彼女は真面目なだけだったのだと誤解が解ける。それどころか、優等生でも不良でも分け隔て無く接する姿からかなり人気が高まりいまではあにっちゃん親しみを込めて青鬼を略したあにっちゃんと呼ばれている。




 そんな沼木先生の基へ向かう有の体は、震えていた。昨日の授業サボりがバレてしまった、と思ったからである。




 急いで言い訳を考える。電車が遅延して、ダメだ数分ならまだしも数時間の遅れはカバー出来ない。やはり体調不良が一番ベターか。




 職員室の前に辿り着く。




 「失礼します。沼木先生に用があってきました」




 沼木先生の机まで歩く。彼女の机はほかの先生と違い、きっちりと整頓されており余計なものが何一つ置いてない。




 「よく来たな、何故呼ばれたか分かるか?」




 「はい・・・・・・」




 謝るのが遅れれば遅れる程、怒られる熱量は増す。早く言い訳を言って、少しでも怒られる熱量を削減しなければ。




 「実は・・・・・・」




 「お前があにっちゃんと呼ばないからだ」




 はい?




 「はい?」




 先生はぴくりとも眉を動かさずに言う。




 え?あ、冗談か。冗談を言う時大抵笑いながらとか、表情を変化させるから冗談だと全く気づけなかった。




 「冗談だ」




 やっぱり。しかしそんな真顔で言われたら、誰だって何を言っているんだこの人はとなる。だから、もう少し表情筋を動かしながら言った方が良いと思うのだが。




 「お前と成沢が付き合っていると聞いたんだが、本当か?」




 「はい、本当です」




 すると少し目つきを柔らかくしながら言う。




 「うん、お前なら安心だ」




 意外と信頼されていた事実に驚く。




 「いやでも、この怪我は?この怪我は先生の安心できないことをして、出来た傷ですよ」




 「その怪我は、きっと誰かを守るために負ったものだろう。何故隠すのは分からないが、それでもお前が噂で言われたようなことはしない人間だと理解しているつもりだ。私は人を見る目には、自信があるんだ」




 「あ、ありがとうございます」




 いきなり褒められて困惑しつつも、悪い気はしない有。少し良い気分になる。




 「さて、お前を呼んだのは頼み事があるからだ」




 「頼み事ですか?」




 「ああ、このプリントを成沢に渡して欲しい」




 そう言って、プリントを手渡す。




 「でも、プリントなら授業ある日に渡せば良いじゃないですか。そんなに急を要するものなんですか?」




 「いや、そういうわけじゃ無い。お前の言う通りこの話はプリントを私が渡せば済む話だ。だから、この話はお前を呼ぶための建前だ。本当の頼みは別にある」




 とりあえず、サボりがバレたわけではなだそうだ。良かった。バレてないのなら、このまま隠し通せるかもしれない。




 「本当の頼みというのは・・・・・・うーん、これは悪い意味悪い意味にとって欲しくないのだが」




 コホンと咳払いをした後、話を続ける。




 「お前達が別れた後も、成沢の傍に居て欲しいんだ」




 先生は真剣な眼差しで続ける。




 「決して、お前達は別れるとかそういう事を言ってるわけじゃない。ただ、成沢と付き合った男は皆距離を取る。そして、また新しい男へと行く。それが、悪い事だと言うわけじゃ無い。少し心配だが。だが、成沢はかなり危うさを秘めている。だから、いつか取返し付かない事になるんじゃないかと心配なんだ。私がこんな事を頼むのは筋違いかも知れないが、それでも頭の片隅にだけ入れておいて欲しい」




 彼女が持つ危うさ、それは俺も心配していた事だった。例えゴミーズの件が片付いたとしても、彼女のどんな人の告白でも快諾してしまう性質がある限り危ない目に遭うのは明白だ。




 そうだ、だから彼女の性質を変えなければならない。せめて、好きでは無い人の告白を断ることが出来るくらいには。




 ゴミーズが退学した事で偽装彼氏の役割は終わりだと思っていたが、そんな事もないらしい。唯をの持つ危うさを取り除く、これが新しい目標だ。これは、別に彼氏じゃなくてもできることだ。しかし、俺が別れた途端唯に忍び寄ってくる男が居ないとも限らない。彩の話ではそんな男は居ないらしいが、油断大敵だ。




 「分かりました。さすがにずっとは約束しかねますけど、それでも唯の危うさが取り除かれるまでは一緒にいます」




 先生はほっと胸を撫で下ろしたかのような、優しい目つきになる。




 「良かった、ありがとう」




 この人は、本当に教師だな。




 有は当たり前だが、それでもなかなか抱けない感想を抱く。




 優しいほんわかした空気が2人の間に流れ始める。




 そこへ、2人の横を通り過ぎて行った中年男教師が一言。




 「お説教ですか?俺の授業をサボった分もついでに叱っといてください」




 ゆったりした空気が一瞬でピリ付き始め、先ほどまで仏の様な優しい眼差しだった彼女の眼光が鋭く光り鬼と化していく。




 有は怒られるよりも早く、その場を一目散に離脱した。


 


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