第5話 お弁当

 太陽が目を覚ますと同時に、有は目を覚ました。いつもよりも数時間早い起床である。あたり前のように、二度寝をしようとする体を見て脳は目がカッとおきるようなある懸念を提示し起こそうとする。




 そうだ!唯に手を出したら酷い目に遭うというのを俺がいくらアピールしようとも誰かが唯に彼氏に手を出されたのか?と聞かれ、それを否定したら意味がなくなる!




 急いで唯に協力を仰がなければ!




 スマホを取り出し急いで唯に連絡を取ろうとする。そして、ある事実に気が付く。俺、唯の連絡先知らなかった。




 ・・・・・・どうする?作戦を思い付いたのが昨日の夜だから、連絡先を聞く暇は無かったか?いや、念のため学校で連絡先を聞いておくべきだった。




 まあ、無い物は仕方ない。昨日と同じように、真っ先に学校に行って誰かに質問される前に口裏を合わせなければ。




 しかし、どう口裏を合わせようか?正直に話したら、自分を性的に狙う男子共が居ると知りショックどころじゃないだろう。トラウマものだ。




 そうなると、建前がいる。




 ・・・・・・そうだ、こういうのはどうだろう。怪我をしたのは階段からこけたからでそれがバレると恥ずかしいから、君を襲って返り討ちにあったということにしてくれないか?




 よし、これでいこう。そこはかとなく可笑しな頼みのような気がするが、まあ良いだろう。




 洗面所で顔にメイクをして、かなり殴られた顔を演出する。中学の頃殴られたというメイクをして、ヤンキーにやられたという噂を流しヤンキーを嵌めていたので殴られメイクは完璧だ。もちろん、嵌めたヤンキーというのは悪いヤンキーだ。




 鏡を入念に見て、微調整をする。よし、これで完璧だ。




 学校に行く準備を終え、家を出る。




 そして、まだ開門前の学校にたどり着く。昨日と同じく、数人校門前で開くのを待っている。見た所、同じ顔触れのようだ。




 もしかして、毎日いるのか?そうだとしたら、尊敬に値する。100万貰えるとしても、毎日こんな早く登校することはないだろう。1000万ならやるけど。




 校門が開場し、そこに居た生徒達が入りだす。それを傍目に有は、校門の前に立ち続け唯を待つ。校門前には、有以外にも誰かを待っている男子生徒が1人居た。




 5分程した後、女生徒の姿が見える。唯かと思ったが、違った。




 その女生徒は、もう1人の男子生徒の方に駆け寄っていき一緒に学校へ入っていく。




 それを見て、一緒に登校するのも付き合ってるアピールになるなと思う。ただ、こんな早い時間だと誰も見ないだろうからやるとしたらもう少し遅い時間帯だな。これはより多い人に見せた方が効果があるだろうと思ってのことで決して俺が睡眠時間を少しでも稼ぎたい訳ではない。




 さらに5分程した後、モデルと見まがう程の美少女がランウェイを歩いてくるかのようにやってきた。




 それを見た有の感想は、唯が来た。それだけだった。綺麗だとか美しいだとかいう感想は持ち合わせなかった。なにしろ、有は富士山を見ても、山だ、といった感想しか抱かない程である。むしろ、有がそんな感想しか抱かないのは当然と言えるかもしれない。あくまで、有に限ったらの話だが。いや、これはあまり正確ではないかもしれない。有も唯のことは綺麗だとは思っている。ただ、付き合いたいとかキスしたいとかは思わない。つまり、欲望の対象に見ていないのだ。これは唯に限った話ではない。有は例え女優だったとしても、そういう欲求は抱かない。興味が無いからだ。




これが、欲求に無関心な現代人の成れ果てである。




 「おはよう、その怪我何?」




 「おはよう。それについてお願いがあるんだけど、ちょっと良い?」




 「?分かった」




 このお願いを誰かに聞かれたら、怪我の原因が唯に手を出したからではないとバレてしまう。そうならないためには、誰にも聞かれない場所で頼まなければ。




 2人は屋上に移動する。




 移動している間、唯の目は少しずつ険しくなっていく。




 そして屋上に着くと、有は彼女の目が険しくなっていることに気づく。本来ならその理由に気づき思い遣った言葉をかけるのだが、眠気であまり頭が働いていない有は彼女も眠いんだなといった感想しか出てこない。




 「お願いというのは、この怪我をしたのは唯に手を出したからということにして欲しいんだ」




 「???」




 思っていたお願いとは違うどころか、意味が分からない頼みに唯は思わず?な顔をする。




 「実は、この怪我は階段から落ちたからなんだ。だけど、それだと怪我をした理由として格好悪すぎる。だから、唯に手を出したことが原因ということにして欲しいんだ」




 唯は目をパチクリとさせた後、プッと噴き出す。




 「アハハハハハハハハハハハハハハハハ!」




 お腹を抱えるように笑う唯に、今度は有があっけにとられる。確かに、可笑しなお願いだろうがそんなに大笑いする程だろうか。




 ようやく笑いが収まった後、唯は息を切らしながら話し始める。




 「分かった。だけど、こんなお願い初めて。こんな、こん、アハハハハ!」




 また思い出したらしく、笑い始める。




 有は頼みが聞き入れられたことに安心し、眠気の猛攻に抗うのを辞める。




 眠りゆく有を見ながら、唯はこの人はやはりどこか変わっているなと思う。有を見つめるその瞳は、もう険しさは残っておらず柔らかな優しいものとなっている。




 有が眠りに入るタイミングは、昨日と同じであった。そして、起きるタイミングも。




 何か良い匂いがする。嗅いだことない匂いを嗅ぎつつ、有は目を覚ます。




 目の前には、すうすうと寝息を立てて眠りこける美姫の姿があった。




 可憐な少女の姿が目の前にあり、うわぁっと驚き一気に起き上がる。心臓はバクバクと鼓動し、顔は真っ赤であった。




 先ほど、有は性的欲求は皆無だと言った。それは間違いでは無い。実際この状況においても、有に性的な欲求はない。ではなぜ、このような童貞のような反応をしたのか。それは、ひとえに女性免疫の無さが原因である。有はキスどころか、手を繋いだことすら無い。だから、名前呼びをしただけで照れるし横に寝ていた日には心臓が破裂しそうな程動く。恋愛自体に興味は無い、しかしそういう経験はしたことが無いため照れる。




 要するに有は女性経験が無さ過ぎてそういう欲求を手放すほど達観してしまったが、反応としては残っている。いわば化石童貞なのである。




 バクバク煩い心臓を止めるため、屋上から外の景色を見渡す。そこで、ようやく気付く。今が昼だということに。




 あちゃあ、またサボってしまった。一昨日、サボらないと誓ったばかりなのに。一度した誓いが2日で破られる。誰かにした誓いならともかく自分にした誓いなら、それは珍しく無いだろう。むしろ、ありふれてる。




 という、暴論気味の言い訳で自身を正当化する。




 それに、午前中はあの鬼教師の授業が無い。だから、シバかれる心配も無いだろう。・・・無いよな?




 ふぁ~あ、と大きな欠伸をしながら少女が起きだす。




 辺りを見回し、昼になっていることに気づく。




 「有のせいで、授業サボっちゃった」


 


 「いや俺のせいでは・・・・・・ない・・・・・・よな?」




 「罰として、お弁当のおかず頂戴」




 「まあ、そのくらいなら良いけど」




 2人でお弁当を食べだす。と言っても、唯はカロリーメイトだが。




 念のため持ってきていた割りばしを渡すと、目にもとまらぬ速さでおかずのハンバーグが一個まるまるなくなった。




 「美味しぃ」




 本当に美味しいと思っているのだなと伝わる程、幸せな顔をしながら食べるのでこちらもとても美味しい物を食べているように錯覚する。




 そして、またお弁当に視線を合わせると2つあったハンバーグはもう無くなっていた。




 顔を唯の方に向けると、また幸せな顔で食べていた。




 「そんなに料理が好きなら、自分で作ってみたらどうだ?カロリーメイトよりも健康的だと思うぞ」




 「別に料理が好きなわけじゃない、美味しい物が好きなだけ。私の作る料理は、不味い」




 それは暗に、俺の料理が美味しいと言っているのだろうか。もしそうなら、普通に嬉しい。




 「そうだ。有が作ってくれるなら、毎日お弁当食べる」




 毎日か。正直結構大変だが、それでカロリーメイトではなくなるなら・・・う~ん。




 悩む有を見て、唯は手をパッと開き差し出してくる。




 「これで、どう?」




 手にあったのは、ドングリだった。




 あっけにとられる有にさらに追い打ちをかける。


 「それで足りないなら、3倍で」




 手にあったのは3つのドングリだった。




 「はははははははははは!」




 朝とは笑っている人間が逆になっていた。




 不服だと言わんばかりに、頬を膨らます唯。




 その姿を見て、唯のとある物があったら良かったのにと後悔していたことを思い出す。




 「どんぐりは要らない。その代わり、唯のlinoを教えてくれないか?」




 唯は目をパチクリさせながら驚く。




 「そんなので良いの?」




 「ああ」




 「どんぐりよりも?」




 「大体の物が、どんぐりよりも上だと思うぞ」




 「分かった」




 お弁当を作る労力は、どれくらいか分からない。しかし、少なくともlinoのIDよりは上だろう。どんぐり3個、あるいは松ぼっくり2個に匹敵するかも知れない。




 そうして、linoを交換する2人。




 「欲はないの?」




 労力に対する報酬が、少なすぎると感じた唯は思わず尋ねる。




 「欲は有り余ってるよ。欲しい漫画、ゲームが数え切れ無い程沢山ある」




 「何、それ」




 唯は笑いながら答える。




 やっぱりこの人は変わっている、と思った。しかし、有を見つめる眼差しはどこか柔らかで口元は微かに微笑んでいた。




 午後はしっかり授業に出て、昨日と同じく一緒に帰る。




 そして、帰った後有は学校の鞄やらを置き明日のお弁当の具材を買い出しに行く。




 翌日のお弁当の中身を考えているとふと朝思い付いた付き合ってるアピール作戦である、一緒に登校をしないか?というのを言い忘れていたのに気づく。しまった、と思ったが今朝程ではない。何故なら、メールで済ませてしまえば良いからだ。




 そして、メールで明日一緒に登校しないか?と送る。




 これで良し、と満足した有はお弁当の具材選びに思考を移す。




 メールには、OKという返事が来ていた。




 唯は、誰かと一緒に登校という経験が初めてというわけではない。だが、楽しみだったことは一度もない。ただの作業としか、思えなかったからである。しかし、有からのメールには少し口角を上げながら返事をした。そして、初めて一緒に登校というイベントが楽しみだと思えた。


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