第4話 誇りに思っています

 自宅に帰り、夕飯の準備をし終えテレビを点け録画していた番組を再生する。夕飯を食べながら今日起きた出来事というのを反芻する。




 よく考えると、なかなか波乱の一日だったな。告白し、付き合うことになり一緒に帰るというイベントを経験する。数年前の自分が見たら、本当にこれは自分の人生なのかと目を疑うだろう。当時から周囲との調和を諦めていた俺からすれば、それくらい今回の青春的イベントというのは縁遠いものだったのだ。




 しかし、これはただの告白では無い。彼女を守るための偽装告白だ。偽装、つまり好きでもないのに告白したということだ。そのことに僅かばかりの罪悪感を感じつつ、それでも告白したこと自体に後悔はなかった。




 告白は果たした。しかし、これで終わりではない。なぜならあの生ごみ共がまだ諦めていないからだ。ごみ共の行動を注視していたが、どうにかして唯を手に入れたいらしくいまだに計画を練っていた。これからも、付き合っているアピールを続けていかなければ。しかし、それでは根本的解決にはならないだろう。




 やはり、もう告白作戦ではないもう1つの作戦を実行しなければな。






 夕飯を食べ終わり食器を片付け終える。そして、スマホで彼女へと電話を掛ける。




 有が電話を掛けていたのは中学時代からの後輩、千本木彩だった。




 彼女はいわゆる情報屋で学校中の情報を知り得ており、生徒だけでなく教師陣の弱みも握っている。しかし、彼女の本当に恐ろしい所はそこではない。彼女の真の武器はその情報操作力にある。彼女が真実として広めれば、例え嘘でも真実として受け止められたし例え本当だったとしても彼女が嘘だと広めれば嘘になった。故に誰も彼女には逆らわず、また彼女と敵対するような言動はしなかった。




 しかし、敵対を避けていたからといって友好的な者が多かったかと言われるとそうでもなかった。むしろ、恐れるあまり近寄らない者が多数だった。




 誰もが一線を引き畏れる中で、唯一怖れることなく普通に接していたのが有だった。




 2人とも周りからはみだしているということもあり、最初から気が合った。中学時代は彩の情報力と有の悪知恵により数々の伝説が誕生した。2人の仲は冒険を経るごとに深まっていき、今では互いの考えていることがわざわざ言わずともわかるくらいかけがえのない悪友になっていた。




 そんな悪友に電話を掛けたのは、ある策に協力してもらうためだった。




「もしもし。あんな別れ方をした元カノによく電話が掛けられたわね」




 元カノ?こいつは何を言っているのだろうか。別れるも何も告白すらしてないのに。




 ここでツッコんでボケを終わらせても良いが、ここはあえて泳がせてみるか。




「悪かった。あの時は目が曇っていたんだ」




「ッ!?・・・・・・そんなこと言ったって絶対に許さないから。どうせ、またあの時みたいに新しい女を誑かしてるんでしょ?」




「そんなことしてない」




「どうだか」




 彩は懐疑的な声を寄せる。




どうやら、このヒロインは主人公に浮気されたがまだ気があるという設定らしい。でなければ、主人公の現在の女事情など知りたがらないだろう。




 微妙に興が乗ってきた有は少しふざけはじめる。




「本当だ。俺にはお前しかしないんだから」




「ッッッ!?そ、そんな調子の良いことばっか言って。どうせ嘘の癖に」




「嘘なんかじゃない。もうお前に嘘は、付かない」




「ッッッッッ!?そ、そ、そ、そう」




 スー、ハーという深呼吸が聞こえてくる。




「嘘、付かないなら正直に答えて。まだ、私のこと、好き?」




「・・・・・・好きだ」




 しばらくの沈黙の後、かなり多幸感に溢れたような声が聞こえてくる。




「し、しょうがないわね。去年の五歳年下との浮気は許してあげる」




 ・・・・・・え?五歳ってことは・・・・・・10歳!?




「おい!?その設定はいくら何でもヤバ過ぎるだろ!!10歳の女の子と浮気するとか、事案通り越して完全なるサイコパスだよ!?」




「大丈夫ですよ。私達とは年が離れてる設定なので」




「そうなのか。ちなみにどのくらいはなれてるんだ?」




「大体私達より4歳下の設定です」




「下!?年が離れてるって、下に!?幼稚園児と浮気してたの!!?実刑どころか、即死刑じゃん!!」




「改めまして、こんばんは先輩。そして、交際おめでとう御座います」




「あ、ああ、ありがとう」




「屋上でとんでもなくゲスな計画を聞き、標的である彼女の身を守るためにした偽装告白のようですが一応祝福を送ります。ですが、まだ解決には至っていません。彼らはまだ唯さんを狙ってます」




 知っている。だからこそ、なんとしてでも食い止めなければならない。




「知っているなら、話は早い。実はそれ関連で頼みがあるんだ」




「何です?」




「噂を流してほしい」




「へえ、どんな噂ですか?」




「1つ目は、ゲス野郎共の悪評。そして、2つ目は唯の父親は政界の実力者で娘を傷つける者には手段を選ばず粛清しているらしいという噂だ」




 ゴミーズが唯を狙っているのはおそらく彼女ならばバレないと思っている。もしくはバレたところで自身は不利益を被ることがないと思っているからだ。実際、唯が被害を被り俺が怒りに燃えたところで周囲の反応は彼氏をホイホイ変えるような奴なんだから自業自得だろ等非常に冷めたものになるだろう。世間は、後ろ暗いものがある人には例えその人が被害者だったとしても冷たい反応をする。




 そこで、唯に手を出せば酷い目に遭うと思わせる。つまり、彼女を襲ったら自身が不利益を被る状況にさせる。




 1つ目は精神的に、2つ目は物理的に。




「噂を鵜呑みにする人というのは、周りを見て周りに合わせ周りと同化する。そんな民衆です。私を含め悪人は、民衆を操るのが得意です。それが例えそれが事実だとしてもそれを捻じ曲げ自身の都合の良いように改竄し民衆を騙し欺き信じ込ませる。だから、証拠が無い限りは悪人相手に噂で勝つのは難しいでしょう。ですが、先輩のことですからきっとその計画を聞いた時音声を録音したんでしょう。それをうまく使えば1つ目はきっと大丈夫だと思います。もちろん、唯さんには迷惑が掛からないようにします。ですが2つ目は・・・・・・」




 彩が言い淀む。




 もし、唯にちょっかいを掛けるとひどい目に遭うぞと信じ込ませることが出来れば、もう害をなそうとする者は居なくなるだろう。しかし、証拠がなければ牽制にすらならないだろう。




「そこで、だ」




 有はニヤリと口角を上げる。




「俺が唯に手を出し、粛清されたらしいという噂をながして欲しい」




「成程!そして、怪我をしたと演じながら学校に行くんですね。唯さんに手を出すと酷い目に遭うらしい、そして実際に今の彼氏は怪我をしている。・・・・・・うん。これならいけると思います」




 昔から悪企みを成功させてきた相棒にお墨付きをもらい、少しホッとする。まあ、ダメならまた違う案を考えるだけだが。




「でも、それで先輩は良いんですか?」




「何がだ?」




「この作戦だと、例え成功しても付き合ったそうそう彼女に手を出そうとしたクズ野郎になってしまいます。ただでさえ低い先輩の評判がさらに下がってしまいます。それに、これは唯さんをあのゴミカス共から守るためのものです。しかし、この策略の目的を知ってしまえば唯さんは自身を狙う奴らが居ると気づいてしまう。自分に害を為そうとする人が居る。それはきっと、とてつもない恐怖です。だから、この戦略の目的あるいはこれ自体を唯さんには知られてはいけない。それはつまり、無事唯さんを守り通せたとしてもそれを当の唯さんは感謝すらしてくれないということです。せっかく誰かのためにやったのに、それをその人は知らず賞賛も無い。それで、本当に良いのですか?」




「俺は別に感謝されたいから賞賛されたいからやるわけじゃない。誰かのためにやってるわけじゃない。俺は俺のためにやってるんだ。俺は、別に他人にどう思われようとどうでも良い。でも、自分にだけは嫌われたくない。自分が自分を格好良いと思えるようにしたいんだ。究極のナルシストなんだよ俺は。・・・・・・キモイだろ?」




 少し自嘲気味な笑顔を浮かべる有。それとは正反対に、朗らかな笑顔を見せる彩。




「フフフフフフフフフ、アッハハハハハハッハハッハハハ!そうだ、そうでしたね。先輩って本当キモイんでした」




 自覚はあるが、それを人から言われると少しイラっとくるな。




「でもそんな先輩のキモイとこ、私は嫌いじゃないですよ」




 あんなことを言ったが、人から褒められるというのも存外悪くない気分だ。




 おっほんと咳払いをする。




 私は、誰も知らない情報を知っている。誰も知らない功績を知っている。誰も知らないヒーローを知っている。私しか知らない。だから、賞賛を送るのも、美辞を述べるのも、称揚を伝えるのも私1人だけだ。だけど、例え誰もが彼の偉勲を知って褒めたたえたとしてもその誰よりも強く、強く・・・・・・




「私は先輩のことを、誇りに思ってます」




そして、プツンと電話が切れた。




電話越しに聞いた方も、言ったほうも両方これ以上無いほどに赤面していた。


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