激安アクロバット誘導爆弾 JDAM
爆弾は、航空機から地上や艦艇に向けて投射される一般的な兵器です。
火薬を包んだ鋼鉄製のカラと、小さな安定翼が特徴で、シンプルな構造のため大きさに比べて火力を高くしやすいです。
安いのも特徴であり、大量生産と大量投下が可能です。
一方、精度は悪いので安かろう悪かろうな兵器でもあります。
この爆弾が自分から敵に向かって落ちてくれればいいなー、という漠然とした望みは第一次世界大戦の頃からありました。
実際、ドイツが有線誘導のグライダー爆弾を実現しています。
第二次世界大戦では誘導爆弾が実現し、ドイツのフリッツX、アメリカのVB-1、日本のイ号一型爆弾など有用なものが生まれました。
特にイ号一型爆弾の派生型であるイ号一型丙は赤外線誘導であり、自立誘導される現代の誘導爆弾に近いものです。
ベトナム戦争ではウォールアイといった高精度の自立誘導爆弾が登場しますが、まあとりあえずこれらは高価でした。
個々の名前や性能はおいといて、全部複雑で高価な代物だと思ってください。
爆弾に誘導装置からなにやら組み込むので作るのが大変ですし、既存の爆弾とは全く違うものなので大規模な生産ラインを別に用意しなければなりません。
そのくせ、大量に使うものでも無いので量産効果が通常爆弾に比べて得にくく、高額になってしまいます。
もちろん非常にいいものではあるのですが、数があまりにも少ないと目標を達成できません。
かといって、通常爆弾では精度が悪く、航空機も対空システムも進化した現代の戦場では使い勝手が悪く、数が必要になるため下手の多連れです。
さらに、ベトナム戦争後に作られた高精度自立誘導のレーザー誘導爆弾は、湾岸戦争で欠点が明らかとなります。
砂塵の舞う戦場ではレーザー誘導が最後まで決まらず、せっかくの高い能力を活かし切れなかったのです。
こうして米軍は1992年から、悪天候対応形の誘導爆弾を開発し始めます。
GPSの発達によって誘導にはGPSを使うことが決まり、5年後には高い能力を示して軍に納入されました。
これが、2000年から本格運用されている精密誘導爆弾「キット」がJDAM(ジェイダム)です。
JDAMは200kg〜1t(正確には500〜2000ポンド)の通常爆弾に後付けする、誘導装置と操舵翼のセットです。
後付けキットなのでJDAM自体は軽く、安く作れます。生産ラインや工場に特別な安全管理などは求められず、生産数に対して生産ラインの規模を小さくできます。
既存の爆弾を有効活用できます。
戦闘機や攻撃機に搭載する時も、色んなことが同じなので楽ですし、空力試験も簡単です。
JDAMは、なにより安いのが強みです。
JDAMの値段は1ユニットで300〜350万円程度。これに加え、JDAMが対応する中で最大のマーク84通常爆弾は一発40万円くらいです。
JDAMは一発計400万円で作れます。
比較して、ウォールアイという誘導爆弾は単純計算でも1200万円です。年代が違うので、実際の価格はもっと高いでしょう。4000万円、もしくはそれ以上です。
その上で、悪天候をものともしない誘導能力があるのです。
アメリカ軍はJDAMを大量に発注し、その後の戦闘で積極的に使用されています。また、アメリカ以外の軍隊でも多数採用されています。
JDAMはGPSと慣性誘導(INS)による誘導が可能です。
GPSの座標は飛行場でセッティングするか、飛行中にパイロットが手動入力、またはターゲティングポッドによる自動入力ができます。
GPSによって最小5m、最大13mの範囲内に着弾させることができ、もしGPS誘導が途切れてしまってもINSにより最大で100m以内に着弾します。
この誘導精度は通常爆弾と一線を画しており、必要十分と言えます。
また、JDAMは投下時の制約が少ないことも特徴です。
レーザー誘導やTV(テレビ画面)誘導の爆弾は、爆弾の目であるシーカーの視界内に敵を収め続けないといけません。
しかしJDAMは、極論言ってしまえば機体がどんな向きで投下しても目標に向かって誘導はされるので、射程と姿勢制御に必要な時間をクリアできるなら、逃げながらでも攻撃できます。
もちろん目標に向かってしっかりとした姿勢で投下できる方が良いのですが、戦場では常にそうできるとは限りません。
過酷な環境でも、攻撃の機会を逃さないのは利点です。
この投下時の制約の少なさは、誘導時の制約の少なさにも繋がってきます。
2021年にガザ地区から大量のロケット弾攻撃がイスラエルに対して行われた際、イスラエルはJDAMを使って報復爆撃を行いました。
この報復爆撃で、とある建物が2発のJDAMの攻撃によって破壊されます。
その着弾があまりにも異様だったので、巷ではCG説も流れたのですが、実はJDAMを相当に上手く使った攻撃であったことがわかりました。
2機の戦闘機が3~4発のJDAMを投下し、左右から大きく回りこんで飛翔、ほぼ同時に着弾する……。
爆弾としてありえない機動をしていますが、JDAMならできるのです。
JDAMはシーカーを持たないので、目標へ向かう途中で経路を大きく変えることができます。
また、着弾の方向や角度、速度などを決めることもできます。
当然射程は短くなるのですが、JDAMの威力を最大限活かしたり、飛翔経路から投下母機の位置を割り出されにくくなったりするのでこうした機能が盛り込まれています。
この特性はGPS誘導のJDAMならではです。
射程は短くなると言いましたが、この特性を利用すれば逆に射程を伸ばす投下も可能です。
母機が急上昇しつつ投下すれば、JDAMは放り投げられる形になり、射程が伸びます。レーザー誘導爆弾では難しい芸当です。
また、現代の誘導爆弾は基本的に「打ちっ放し」で、投下後に母機の行動を制限しないとされています。
しかし、この打ちっ放しにも程度があり、レーザー誘導爆弾などはレーザーを照射するポッドの視界から目標が外れると誘導が途切れてしまいます。
GPS誘導のJDAMなら、真の打ちっ放しが実現できます。
投下母機は投下したあと、ほんとうに何もせず、その場から逃げたり別の目標へ向かったりできます。
このような利点を備えつつ、射程は28kmもあります。
対地ミサイル並の射程であり、短距離の防空システムを一方的に破壊することが可能です。
しかし、JDAMはGPS誘導特有の欠点を持ちます。
ひとつは、動いてる目標には当たらないということです。
JDAMは投下するまではGPS座標を変更することができますが、投下後は変えられません。
なので、投下後に動かれてしまうとまず当たりません。
もう一つは、敵の電子妨害による影響を受けるということです。
レーザー誘導爆弾であれば、誘導用レーザーの反射光に向かって落ちてくれます。
一方GPS誘導は衛星からの誘導を受けるので、GPS妨害装置によって無効化される可能性があります。
それを加味して補助のINSが付いているわけですが、INSだけでは精度が大きく落ちてしまうので、JDAMに対する電子妨害は有効です。
三つ目に、精度が悪いことです。誤差10m程度で着弾してくれるなら十分な気もしますが、レーザー誘導爆弾の誤差1mといった精度には及びません。
どうしてもピンポイントに当てたい、という場合にJDAMは適していません。
母機が直接見て誘導するわけではないので、誤射には一層強く気をつける必要があります。
投下後に目標を変えることもできないので、陸軍部隊がGPS座標を誤って自分たちや味方に設定した場合、容赦なくJDAMが降り注ぎます。
そんなことがあるかと思われるかもしれませんが、実際に特殊部隊が自爆した事例があり、油断は禁物です。
GPS誘導でなければ防げたのか?というと微妙な話ですし、誤爆はGPS誘導特有のものではないのですが、JDAMにはJDAMなりの気をつける部分があるということが分かります。
また、あくまで爆弾なので速度が遅く、迎撃されやすいという欠点もあります。
こういった欠点はありますが、安さとは引き換えられず放置されたまま運用され……なんてわけもなく。
もっといいJDAMを!とアメリカ軍は改良を始めます。
まず、行われたのは高精度誘導に対応したJDAM、L(レーザー)JDAMです。
LJDAMはGPSとINSに加えて、レーザー誘導ができるようになっています。
これにより誤差は最小で1mとなり、移動目標に対応し、妨害に強く、ある程度であれば投下後に目標を変えることもできるようになりました。
さらにさらに、GPS妨害を受けた場合はホームオンジャム機能が作動し、妨害源に向かって落ちていきます。
凶悪な性能を持つLJDAMですが、こんなことをすれば当然高価になります。
元の400万円に600万円をプラスして、計1000万円の高額爆弾へと変わりました。
これだけやったかいあって、テストでは一機の戦闘機が12発を投下し、高速(100km/hくらいと思われる)移動目標に命中しています。
たった一機の戦闘機で敵部隊を殲滅できると考えれば、まあ悪くは無い値段です。
なおこの600万円という価格は小数納品時の価格で、現在では多数納品していることから安くなっていると思われます。
であれば、LJDAMは安い方の誘導爆弾であり続けています。
さらに、JDAMは射程延長形が開発されます。
一時期ウクライナの戦争で有名になったJDAM-ERです。
JDAM-ERはJDAMに展開翼を付けたもので、射程が80kmまで延長されています。
中距離防空システムのほとんどを一方的に攻撃することができ、より安全な防空網制圧任務をこなすことができます。
射程は延長されていますが、翼がついているので速度はさらに遅くなり、撃墜されやすくなっています。
また、GPS/INS誘導のままなので、動ける相手に投下しても外れる確率が高くなっています。
他に、海の地雷である機雷として作動するJDAM、クイックストライクもあります。
どのJDAMがウクライナに供与されるのかは分かりませんが、恐らく通常のJDAMだと思われます。
そもそも現在(2023/4/11)のウクライナ機は、西側製兵器を運用する場合は実質的にGPS誘導しか使えません。
ハームのページでも解説したように、東側兵器として誤認させる装備を介して搭載するものと思われます。
これは無理をしている運用で、ウクライナ機がミサイルや爆弾に「どこどこを狙え」と命令を与えることはできません。
狙う場所は地上で設定しておき、ウクライナ機はただ輸送して落とすだけの任務を負います。
なので、レーザー誘導ができるLJDAMを渡しても、宝の持ち腐れになるでしょう。
JDAM-ERは悪くない選択肢ですが、射程を活かすには高度を上げて投下する必要があります。
80kmは中距離防空システムを制圧できるかもしれませんが、長距離防空システムに対しては致命的に短いものです。
よってJDAM-ERも宝の持ち腐れになる可能性が高いです。
クイックストライクも、ロシア軍の港を封鎖するために近づける能力がウクライナ機にあるかと言われると、難しいところなので供与する意味は薄いと思います。
よって、私は普通のJDAMを運用するのだろうなと見ています。
安くて扱いやすく、数もあります。低空で運用しても問題は無いでしょう。
元々がGPS誘導のみの爆弾なので、飛んでから投下するまで相手が動かなければ性能は十分活かせます。
訓練も楽なので、ウクライナ軍の力になれるでしょう。
戦闘機の役割のひとつに、CAS(キャス)というものがあります。
クローズドエアサポート(Clossed Air Support)の略で、日本語に直すと「近接航空支援」というものになります。
言葉の通り敵に近接し、懐の中に潜り込んででも敵を刺してやろうという作戦です。
本来はSEAD(敵防空網制圧)を行ってから開始される物ですが、そう上手くはいかないこと、万全を期しても敵防空網が隠れていることはあります。
なので、戦闘機は低空を高速で飛行しつつ敵の地上部隊を撃たなければならないことも多いのですが、速度が速いので狙いが甘くなりやすく、また地面が近いので非常に危険です。
地面が最大の敵、次に砂嵐……とは湾岸戦争でCASに従事したパイロットの言葉です。
基本的に、敵陸軍を壊滅させるような火力は発揮できませんが、露払いや嫌がらせ、味方の補助などができます。
なのでウクライナ空軍も積極的にCASを行おうとしているのですが、基本が無誘導兵器であること、ロシアの防空網に阻まれて思うような活動ができないことを理由に上手くいってません。
そこで、GPS誘導のみで完結するJDAMが投入されれば、ウクライナ軍がCASを行う機会を増やすことができます。
決められた場所まで飛んでいって、落とすだけ。防空網があるので楽とは言いませんが、必死に狙いをつけたり煩雑な手順を踏んで目標をロックオンしたりといった難しいことは要りません。
有効な攻撃を行える機会は、大きく増えるでしょう。
それはロシア軍の作戦を遅延させ、苦しめ、たまには身動きすら取れなくしてしまうでしょう。
火力に欠けています。今のウクライナ軍では、柔軟に運用することも難しいでしょう。
それでもJDAMは、精密誘導兵器としてロシア軍の手足を枷で縛ることのできる、優秀な支援役として活躍することは間違いありません。
後は……ウクライナ軍が航空優勢を取れるようになってくれれば、様々な面で有利に立てるのですが。
2023/4/14、米国の流出した機密文書では2つの理由でJDAMが有効でない場合があると書かれています。
(※この文書は改竄等の可能性があり、正確性に疑問が持たれていることを前提としてください)
1つは、ウクライナ軍が慣れていないために安全装置の解放がされない場合があるということです。
こういったヒューマンエラーは西側製兵器に慣れていく中で必ず発生するものであり、JDAM特有の問題とは言えません。
2つ目は、GPS妨害によるものです。
LJDAM以外はホームオンジャム機能が確認できず、高い精度が発揮できなくなる可能性が高くなります。
JDAMは、実際には2022年の12月から投入されているとされ、JDAMとJDAM-ERが供与されていたとされています。
通常のJDAMやJDAM-ERにもホームオンジャム機能を追加するべきかもしれません。
ただし、同様にGPSを使った誘導砲弾は戦果を上げているため、事実であるならGPS妨害だけが原因とも思えません。
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