凝り性が作った合理性の獣 マルダー

マルダーは1971年からドイツで運用されている装甲車です。


装甲車の中でも高い戦闘力と汎用性を持つ歩兵戦闘車で、一門の機関砲とミサイル発射機、一門の機関銃で武装しています。

初期の頃の型には乗っている歩兵が車内から機銃を撃てるようになっていましたが、後から防御面を考えて溶接されました。


機関砲はMk.20 Rh-202という名前で、毎分880〜1030発の連射速度を誇ります。

貫通力は低めですが、歩兵をなぎ払うにはちょうど良い武装でしょう。


弾数は20mm機関砲弾が1250発、機関銃が5000発と多めです。

当たったら身体を引きちぎるような砲弾が、2km先から延々と撃ち込まれるのです。歩兵は地獄を見ることでしょう。


対戦車ミサイルはミランです。ミランは古いミサイルですがアップグレードが施され、ミラン2Tやミラン3ではタンデム弾頭で爆発反応装甲に対応、貫通力は800mmと強力なものです。


マルダーの防御力はゼロ距離で20mm機関砲弾に耐え、200m以遠では25mm機関砲に耐えます。

距離さえ離れていれば(正確な数値は分かりませんが)、ロシアで多く使われている30mm機関砲にも耐えるものと思われます。


改修型のマルダー1A3からはゼロ距離で30mm砲弾に耐えるとされ、正面さえ向けていれば同格の装甲車と余裕で撃ち合うことができます。

なにせ、マルダーは1km先から貫通させられるのに対し、ロシアの歩兵戦闘車の多くは側面に回らない限り攻撃が通りません。


また、一応の対空能力も備えており、ヘリに対しては2km、ジェット機に対しては1.2kmの距離で発射できます。

最大射程は11kmほどにもなりますが、これは精度や威力を無視した距離です。


電子機器は、ペリスコープ(車内から見れる望遠鏡)が、車長と砲手用に四つも付いています。

車長用は全周が見られる8倍固定スコープで、砲手は三つの2倍、6倍スコープを使えます。


マルダー1A2では2倍または8倍の暗視ペリスコープが追加され、特に夜間の戦闘能力が大幅に向上しました。

これは装甲車の中ではかなり豪華な装備であり、マルダーの目の良さがうかがえます。


マルダーは歩兵戦闘車です。歩兵戦闘車は、歩兵とともに積極的に戦う装甲車です。

後部には6人の歩兵を乗せることができ、標準的な歩兵展開能力を持ちます。

歩兵は上部の三つのハッチを開けて身を乗り出し、戦うことができます。


水陸両用ではありませんが、1.5mの深さの川なら走破できます。

渡河キットを装着すると、2.5mまで可能です。マルダーは車高3mくらいなので、大半が沈んでも大丈夫ということです。


最高速度は75km/hと十分に速く、戦車と同等の速度で機動できます。

しかし、マルダー1A3以降は65km/hに落ちています。装甲が強化されて重くなったからです。


航続距離は340kmで、これは標準的か少し劣る程度です。理想的な状況では、500kmほどと計算されています。

核、生物、化学兵器に対応したフィルターがついており、汚染された環境下でも作戦行動をとることができます。


使い勝手の良い、いい歩兵戦闘車だと思います。

しかし、強力な歩兵戦闘車とは言い難いと思います。


マルダーは対人能力は高いのですが、対戦車能力には劣る装甲車です。

十分な威力の対戦車ミサイルがあるように見えますが、発射機は一発のみです。


一発撃ったら再装填が必要で、この性質により対戦車能力を大きく落としています。

また搭載できるミランも四発、装填済みの弾を合わせても五発のみです。


20mm機関砲も当然、戦車の装甲は貫通できず、側面又は後方の至近距離からでなければダメージを負わせることはできません。

メーカーは側面600mから貫通できるようになるとしているものの、現場の声はこうです。


「徹甲弾ではなく榴弾を使って光と煙で目くらまししている間に対戦車ミサイルを撃つ」


こんな調子なので、まとまった数の機甲部隊を相手にするのは絶望的です。

対戦車ミサイルは速度が遅かったり、威力が不安定になりやすかったりと制限が多いので、素直に戦車に任せるべきでしょう。


欧州の気候は比較的安定しています。

エアコンの普及率はわずかで、車のエアコンもオプション扱い、ついていても効きが悪いなんてこともあります。


筆者も一時期ドイツ車に乗ってましたが、エアコンと電装系があまりにも弱くて日本車に乗り換えました。

同じくドイツ車、マルダーにもエアコンはついていません。


機械を冷やす冷却システムはあるようなのですが、エアコンが付くのは最新のマルダー1A5A1のみ。

それ以外のマルダー乗りは、夏は溶けて冬は凍ります。


昔は良かったのかもしれませんが、最近は温暖化によって欧州でも寒暖差が激しくなっており、もはや必須アイテムです。

乗員は厳しい環境にさらされるでしょう。


電子機器も少々不安です。

先ほどは豪華な装備と言いましたが、豪華なのはペリスコープだけで、味方と高速で連絡を取り合えるデータリンク能力や高性能な照準装置、火器管制システムなどは弱いように見えます。


暗視装置も今は一般的な装備ですし、至れりつくせりなM2ブラッドレーなんかと比較してしまうと、貧弱です。

砲塔と呼べるものが無いので、あれこれと詰め込むスペースがなく、仕方ないのかもしれませんが。


正面の防御力は良好ですが、上部ハッチは防御上の弱点になりえます。

そもそも、正面以外は薄いので大差はないのかもしれませんが、弱点部になることは確かです。


ただ、防御面に関しては、私は高く評価したいと思っています。

使い捨ての装甲であるERAを使わず、100mm相当の防御力を実現しているのです。


常に安定してロシア軍の機関砲を弾けるのは素晴らしい点です。

BMPキラーになれる素養は備えているでしょう。


大きな砲塔が無いので、シルエットが低い点もマルダーの防御力の一つです。

砲塔は弱点が多くなる部分ですし、なければその分当たりにくくなります。


マルダーは最初期の1から、最新鋭の1A5A1まで様々な型が存在します。

その中でも、今回ウクライナに供与されるのは1A3です。


1A3は装甲が強化され、ソ連の機関砲の大半を安定して弾けるようになっています。

一方で速度は落ち、これは最新のマルダーにいたっても改善されていません。


必要十分、という考えなのでしょう。マルダーはもともと、軽量なレオパルト1戦車に追随するよう作られました。

しかし時代が下ると、ドイツ軍の戦車はレオパルト2に置き換わっていきます。


レオパルト2は70km/hに至らない大型の戦車です。

ならば、用兵上はマルダーが65km/hを大きく超えて動かなければならない道理はありません。


マルダーはあくまで歩兵戦闘車であり、戦車ではありません。

相手の歩兵や装甲車を屠り、味方の援護をしつつ戦車を奇襲で破壊できれば十分です。


マルダーは、キャタピラ式の歩兵戦闘車の中では高速です。戦車に追随する、と言う意味では最適ではないでしょうか。

無駄に難しい機構を備えるでもなく、最大65km/hを発揮、戦車よりもずっと軽量なため整備も少なくて済みます。


高価複雑な電子機器は少なく、従って過酷な環境でもタフです。

必要なものを、必要な分だけ備えた、良い車両だと思います。


重装甲でありながら高速、歩兵に強い火力がマルダーの強みです。

重IFVというほど強気に動けるわけではありませんが、重機関銃やグレネードランチャーなどにおびえる必要はありません。


確実に、マルダーを得たウクライナ軍の能力は上がるでしょう。

特に、現在(2023/3/27)は対機甲戦よりも対歩兵戦の方が圧倒的に多い状態です。


人海戦術を処理するのには歩兵戦闘車が必要で、歩兵戦闘車の中でも対人能力の高いマルダー。

この場面にこれほど適した存在がいるでしょうか?


ウクライナによる反撃の先鋒として走る戦車、の補佐役として戦場を駆け、陣地を制圧して回ることでしょう。

大きくて便利な砲塔を捨て、快速と重装甲という矛盾する課題を解決したマルダーは、凝り性のドイツ人が見せた素晴らしい合理性の一つなのです。

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