種をまいた海の王 WS-61シーキング

ヘリコプターは速度が遅く、上昇限度も低く、燃費の悪い飛行機です。

しかし地上を這うように飛ぶことができ、離着陸に大きな場所を取りません。


腕のいいパイロットであれば片足やバックドアだけを着地させる芸当も可能ですし、着水することさえ可能です。

低空でホバリングしてロープを降ろし、兵を降下させるなどヘリにしかできないことです。


このため、攻撃ヘリだけでなく非武装の輸送ヘリも重宝されています。

ウクライナには旧ソ連製のMi-8ヒップ輸送ヘリが供与されたことはありましたが、西側の輸送ヘリはなかなか供与されませんでした。


別に西側製=優れているというわけではありませんが、例えばUH-60ブラックホークやCH-47チヌークといった輸送ヘリは数が多く、高い性能を誇ります。

そうしたヘリが供与されれば、どれほどの力になるでしょうか。


そこへ一番乗りに到着したのが、WS-61シーキングでした。


WS-61シーキングは、1969年から生産されているイギリスの対潜哨戒ヘリです。

元はアメリカのシコルスキーS-61であり、そのイギリス生産バージョンです。


対潜哨戒ヘリの詳しい役割については省きますが、ともかくシーキングは潜水艦を狩るために誕生したヘリです。

着水を簡単にするために、機体の両側に浮きをつけているのが外見上の特徴です。


シーキングは、広くて目印の無い海上で活動するため、自動飛行制御システム(オートパイロット)などの機材を搭載しました。

また、いざというときは他の船と連携をとる必要があるため、時代を考えると頑張った通信機材が積み込まれています。


敵を捜索するため、ソナーとレーダーが取り付けられており、哨戒機として有効です。

室内は拡張され、エンジンも強化されています。


シーキングは古いヘリですが、未だに現役です。

そのため何度も改良されており、29種類の改良・派生型が生まれています。


最終的に外観以外は別物となっており、優秀な哨戒ヘリに生まれ変わっています。

輸入した国にも合わせて改造されており、高い拡張性をうかがわせます。


しかし、なぜ対潜哨戒ヘリなのでしょうか。

ウクライナ海軍艦艇は戦争初期に鹵獲されるか自沈するかして壊滅しており、ヘリを運用できるほどの船も残っていません。


シーキングは対艦ミサイルを搭載できる型もありますが、イギリスは持っていませんしシーキングだけあってもロシア海軍の艦船を沈めるのは難しいでしょう。

イギリスが考えたのはもっと別のシーキング……コマンドーと呼ばれる派生型でした。


コマンドーMk.1は1979年から運用されている輸送ヘリです。

元はエジプトで運用するために水上運用能力を廃止し、人員輸送に特化させたシーキングのことを指します。

浮きを外し、ソナーやレーダーを廃止するなど陸上輸送に適応しています。


コマンドーも古いヘリですので、現在は改良が重ねられています。

Mk.1を含めて8種類のコマンドーがあり、イギリスはうち1種類のコマンドーを運用しています。


Mk.2ではエンジンの換装に加えて強度上不利になる折り畳みローターの廃止、車輪カバーの廃止と丈夫な脚、武装取り付け器具の追加といった改良がなされています。

そのMk.2からさらに輸送能力を上げたのが、イギリスのシーキングHC.4、またの名をウェストランドコマンドーです。

(名前がややこしいので、以下コマンドーとします)


下部の簡素化とキャビン延長により、武装した兵士28人の大量輸送を可能にしています。

大きさで同格のUH-60が11人に対して、コマンドーは28人です。速度は劣るものの、輸送能力は非常に高いと言えます。


この輸送力を上回るのはコマンドーより二回りも大きいV-22(24~32人)やCH-47(33~55人)といった大型の輸送ヘリに限られます。

30mもあるような巨大なヘリと同等の人数を運べてしまうのはとても優秀なところです。


実は「非武装の兵士を詰め込んだ数じゃないの?」と調べてみたのですが、どうやら本当に武装した兵士28人らしく、驚いています。

元々拡張性の高い機体を簡素化してさらに延長しただけのことはありますが、それでも比較的細いヘリなので、どう乗せているのか……。


ウクライナ軍が運用しているMi-8も24人乗せられるのですが、これは非武装の民間人を乗せた場合です。

武装した兵士を考えると大抵そこから6人くらい引くことになるので、18人ほどとなります。コマンドーの凄さが分かるかと思います。


ただし、コマンドーは機動性が良くありません。

Mi-8よりはわずかに軽いですが、UH-60と比べると1t以上重く、エンジンは強化されたにもかかわらず非力です。


1tあたりの馬力は、コマンドーが349、Mi-8が354、UH-60が400超えです。この数字は大きければ大きいほど、軽快に動けます。

Mi-8でも軽快とは言い難い性能ですが、それより劣っているのはいただけません。


まあでも、ベトナム戦争時に「機動が困難だった」「離着陸もままならない」「輸送型との連携が困難」とか言われていたUH-1の武装型が250くらいなので、それよりはずっとマシですね。

積み荷が カ ラ の 状 態 で な ら


28人も乗せた日には離着陸は大変で、直線飛行しかできなくなるでしょう。

なにせ武装した兵士は重いのです。一人80kgとして、約2tの重りです。


2tを加えて再計算すると、280となります。その場から垂直に飛び立つのは困難を極めるでしょう。

燃料いっぱいまで積んだ値なので、減っていれば少しは軽いですし、助走を付ければ機体は浮きますが……。


巡航速度(一番燃費がいい速度)も遅く、207km/hとされています。

最高速度こそ260km/hほどありますが、エンジンが非力なので達するには時間がかかります。


コマンドーは機体の大きさに比べて大人数を輸送できますが、機動力は低いと言えるかもしれません。


しかし、Mi-8と比べると巡航速度、最高速度共に勝っています。

特に巡航速度は30km/h近く速く、やはり輸送力は高いレベルにあると言えるでしょう。


機動力は、なにも速度だけで測るものではありません。

巡航速度で飛んだ時の航続距離は、なんと1280kmもあります。


ウクライナは東西に1300km以上あるので一っ飛びとはいきませんが、キーウから前線まで行って帰ってくるくらいはできます。

対してMi-8は500km程度、UH-60でも少し劣ります。


ウクライナで重要視されるかは分かりませんが、上昇速度もMi-8と比べると良好です。

これはローターブレードの数が多いことが影響していそうです。


総じて優秀な輸送ヘリであり、特殊部隊等の高速移動に役立つのではないでしょうか。

攻撃能力は無いに等しいですが、輸送ヘリなんてそんなものです。どうしても欲しいなら、ロケット弾ポッドをポン付けするだけです。


泥濘の多いウクライナにおいて、コマンドーは比類なき機動力を発揮する輸送手段になるでしょう。

航空優勢が取れない中で撃墜される恐れはありますが、同時にロシアはウクライナ軍機の撃墜が難しい状況でもあります。


少数の部隊をより柔軟に、より素早く動かすことで、より効果的な攻撃が可能になります。

ウェストランド コマンドーはウクライナ軍の強襲や浸透戦術を支えてくれるでしょう。




……というのは純軍事的な話で、コマンドーにはもう一つの役割が背負わされているように思います。

それは、他国にヘリ供与を急がせる政治的圧力です。


イギリスが供与したコマンドーは三機。これだけでは大きな活躍は見込めません。

兵站に負担を強いる結果になりかねませんから、これでは半分イジメです。


それでも、供与された理由があるはずです。

コマンドー供与の前後、ヘリの供与についてちらほらと話が上がっています。


急ぎではない、けど今後必要になるかもしれない輸送ヘリや攻撃ヘリを、ウクライナに与えるべきかどうかという話が。

そこに対するイギリスの答えが、コマンドーだったのでしょう。


実際、コマンドー供与の後にMi-8やその派生型のMi-17供与は実現しています。

これがコマンドー供与の成果か?と問われると難しいところですが。


また、イギリスでAH-64Eアパッチ・ガーディアンの訓練を匂わせる画像や、ウクライナ特別軍事サービスでのUH-60の使用など、ヘリ供与に向けての布石とも取れるような動きも入っています。

確実なことは言えません。ですが、イギリスが三機のコマンドーで終わらせるとは、私には思えないのです。


イギリスは種をまいている……芽吹くか否かはともかく、そのように動いているように見えます。

次の情報を待ちましょう。何が来るかは分かりませんが、お楽しみに。

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