完成された大砲 TRF1&FH70
TRF1は1990年からフランスで使用されているけん引式榴弾砲です。
FH70は1978年からイギリス、西ドイツ、イタリアなどで製造が始まったけん引式榴弾砲です。
榴弾砲について多少の知識がある方、またはM777の状況を知っている方は「今どきけん引式ねえ」と思われるかもしれません。
けん引式榴弾砲は現代の戦場で生き残るのに不利な兵器です。
移動は手間で、展開・撤収能力は低く、防御力はゼロに等しいので反撃から逃げられません。
自爆ドローンには簡単に燃やされ、砲撃で吹き飛び、至近弾でも人員が殺傷されます。
実際、M777はヘリ移動できるけん引榴弾砲を目指して作られましたが、ウクライナではヘリ移動できず、酷い損害を負っています。
なのでTRF1やFH70も同じ運命を辿る……と思いきや、さっぱり撃破されたという報告はありません。
そもそもの供与数が違うというのはありますが、それでも明らかに生存率に違いがあります。
ヘリで運ぶという重量制限が無かったからこそできた、TRF1とFH70の能力について見ていきたいと思います。
まずは、発射速度(レート)の違いです。
M777は最大速度で12秒間に1発の射撃が可能です。砲身の加熱や兵士の疲労も加味した持続射撃になると、30秒に1発となります。
けん引砲として遅いわけではないのですが、自走砲と比べてしまうと見劣りする数値です。
一方でTRF1/FH70は5秒に1発、持続射撃でも20秒に1発という驚異的な発射レートを実現しています。
どころか、十分に練度の高い砲兵であれば10秒に1発という持続射撃が可能であり、M777の最大発射レートを超えてきます。
時間当たりの火力で非常に優れているため、現在のウクライナでも行われているような「目標位置に数発撃ち込んですぐに陣地転換」という戦い方と、とても相性がいいです。
無防備に止まっている時間が短い分、敵からの反撃を避けやすくなります。
次に、自走能力です。
どちらの砲もタイヤとエンジンが付いており、短距離ですが移動可能です。
時速16km程度と低速で燃料搭載量も少なく、運べるのは操縦手のみでその他人員や砲弾は運べません。
あくまで短距離の自走用であって、自走榴弾砲とは言えません。
しかし、砲本体だけでも迅速に移動できるというのはメリットで、相手の反撃をとりあえずでもやり過ごせれば撃破されにくくなります。
こうした展開・撤収速度の早さは、自走能力に加えて必要人員が多いというメリットも関係していると思われます。
必要人員はM777が5人に対し、FH70は8人、TRF1は7人です。
人が多いということはそこに兵士を持っていかれるわけであり、軍全体としてみればデメリットです。
しかし、人が多ければそれだけ砲を素早く展開したり、戻したり、弾薬を運んだりと様々な仕事がはかどります。
現場としては人が欲しいわけであり、一つの砲としてみると良いことです。
そのほか整備性が良く、安いので使いやすい榴弾砲でもあります。
いわゆる「枯れた技術」というもので、信頼性に長けています。
TRF1/FH70は半自動装填とも言えるような機構を備え、エンジン付きで、射撃速度を抑える必要がなくて寿命の長い厚い砲身を持っています。
その分重く、TRF1で10.5t、FH70でも7.8~9.6tです。
これは他の砲と比べて1~2tも重く、泥濘の多いウクライナの地でこれを引っ張らなければいけないトラックは苦労することでしょう。
そのくせ、古い砲なので扱える弾薬の種類が狭く、射程が短いです。
M777は通常弾薬こそ24kmと短めですが、誘導砲弾のエクスカリバーを使えば40kmまで伸びます。
TRF1/FH70は通常弾で24km、ロケットで補助するRAP弾という射程延伸弾を使っても30kmが限界です。
ロシア軍の榴弾砲に対して射程の有利が得られないため、対抗するには工夫を凝らすか、そういうものだと割り切るしかありません。
誘導砲弾が使えないというのも痛い点です。
どちらもエンジンを有しているため、照準を付けるときに使う油圧を動かすことができます。
これにより、素早い照準と精度の良い砲撃を可能にしていますが、油圧を動かすために回すハンドルは人力であり、そこでズレると弾着場所も大きくずれてしまいます。
結局、精度を出せるかは人間に頼るため、練度の高い砲兵を育成できなければいつまで経っても当たらない砲になってしまいます。
このあたり、レーザーやGPS座標があれば極論ド素人でも当てられる誘導砲弾が明らかに勝るところです。
精度を高めるには練度を高める必要があるというのは、軍として脆弱になります。
圧倒的優勢のまま戦争が推移するのであれば別ですが、通常戦争というのは大量の人員を浪費するものです。
今のウクライナでの戦争がまさにそれであり、通常練度は大きく低下します。
戦争をすると兵が精強になる、とよく言われますが間違いです。
確かに戦争の多い国の兵は戦争に慣れます。
戦争をしなければわからない、細かなノウハウは確かにあります。
ですが、軍として組織として、そういった兵は弱兵です。
勝っているときはともかく、負けた時の粘り強さは訓練ばかりしてきた兵が勝ります。
良くできた会社組織のように動くには、兵は死なずに教官となって訓練ばかりしている方が良いのです。
だから、現場が苦しくても軍隊としてローテーションを組んで一部の兵は後方に送り、休ませたり教官にしたりするわけです。
その、訓練させるための兵をバンバンこき使わなければいけないという点で、TRF1/FH70は古い砲です。
まあ誘導砲弾を使えるM777とて通常砲弾が多く配備されているわけであり、程度問題でしかないわけですが。
しかしながら、そもそも撃破され辛いというのは大きな魅力です。
けん引式の正解であり、主要性能の限界を目指した一つの完成形と言えるでしょう。
ウクライナ軍は瞬間火力の高さや、けん引砲としては異常なまでの機動性をうまく活用しているようであり、今後も数は少ないながら活躍が期待できます。
古臭い榴弾砲でも、ドローンの導きによって、最新鋭の装甲車を破壊することができるのです。
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