レーザーをも恐れぬ空の鉄壁 IRIS-T SLM

開戦後から断続的に行われる巡航ミサイル攻撃は、ウクライナのインフラにダメージを蓄積させていました。

一回のダメージはさほどではないものの、短期に復旧することが難しいインフラもあり、電車が止まると兵站にも遅れが出ました。


さらにロシアは自爆ドローン攻撃も行ったため、迎撃難易度が上がっていきます。

短〜中距離のミサイルを必要としていたウクライナは各国にそれを要求し続け、ドイツによってその一つが供与されます。2022年10月のことでした。


IRIS-T SLM……最高クラスの地対空ミサイルが届いたのです。


IRIS-Tは、2005年からドイツで使われている空対空ミサイルです。戦闘機から発射し、空中の目標に当てるためのミサイルです。

射程25km、最大速度マッハ3、赤外線誘導の短距離ミサイルとして開発されています。


広い交戦角度、赤外線画像誘導、尾部動翼、推力偏向ノズル、発射後ロックオンといった最新の機能をてんこ盛りにしており、文句無く高性能と言えるミサイルになっています。

それぞれどのような機能か、見ていきましょう。


まず、広い交戦角度。

これは敵を追える角度が広いということです。IRIS-Tの場合、具体的には約90°となっています。


つまり、左右45°の範囲にいる敵に目(シーカー)を向けることができます。

ですが、これだけでは旧世代のミサイルと同じくらいです。IRIS-Tの真価は、発射後ロックオンを使用することで発揮されます。


発射後ロックオンは、ミサイルを発射した後に敵をロックオンする技術です。

これを利用した場合、前述の交戦角度がほぼ倍にまで広がります。


真横の敵をロックオンし、ミサイルを発射した後にミサイル本体がその敵をロックオンできるという能力で、特に格闘戦時において無類の強さを誇ります。

ただ、発射後ロックオンを使うにはヘルメットに装着するディスプレイが必要です。


赤外線画像誘導は、新世代の赤外線誘導方式です。

単に赤外線の放出源を狙うのではなく、それを画像として追うことで、より精度よく狙うことができます。


画像として見ることができるので、妨害手段である「フレア」への対抗能力は非常に高く、大量にまかれてフレアの幕でも作られない限り騙されません。

IRIS-Tはシーカーで得た赤外線情報を長さ128ピクセルの線として読み込み、シーカーを動かすことによって上下左右に広い赤外線画像を得ています。


128ピクセル(画素)と言うとかなり粗い画像ですが、あまり大きくしすぎると処理すべき情報が増えてしまい、更新頻度が減って当たらなくなってしまいます。

ちなみに、2005年のデジカメ「キャノンEOS 5D」が1000万画素超え、2020年代ともなると、同クラスで4500万画素、比較的安い商品でも2000万画素を超えます。


スマホですら2022年にもなると1億画素を超える機種があり(そもそもレンズが小さいので無駄に大きいだけですが)、実用範囲内で考えても第三世代空対空ミサイルとは隔絶しています。

IRIS-Tは更新頻度や耐久性、冷却性能を重視したセンサーを搭載していると言えるでしょう。


尾部動翼もまた、新しい技術です。

文字通り、稼働する翼を後ろに持っていっただけなのですが、先端にあるセンサー部やその情報を処理する電子機器とは離れた場所に動翼を配置するというのは中々に大変です。


単純に、そこまでケーブルを伸ばさなければいけません。重量と値段はかさみ、ケーブルが切れやすくなります。

そうした問題が「無視できる」レベルになったということで、技術の高さが伺えます。


推力偏向ノズルは、ミサイルが燃料を燃やしている時にしか使えませんが、恐ろしいまでの機動力を得ることができる技術です。

なにせ発射した瞬間に真横へ飛んでいくのですから(IRIS-Tは一秒で60°旋回します)


ノズルの向きを変えることにより、噴射炎の向きを変え、ミサイルを強制的に回転させます。

単純なように見えますが、高温高圧の噴射炎を受けても壊れないノズルやモーターが必要であり、基礎技術の高さを伺わせる一品です。


この機能によって発揮される旋回能力はなんと60Gもあり、速度がのったIRIS-Tから逃れられる目標はいないでしょう。瞬間的には140Gを超えるとされています。

まごうことなき最新世代のミサイルとして生まれたIRIS-Tですが、この能力を空対空だけに留まらせておくのはもったいないと判断したドイツは、地上発射型を作り上げました。


それが、IRIS-T SLシリーズです。

SLシリーズはSLS、SLM、SLXの三種類があり、ウクライナに供与されたのは中距離防空型のSLMです。


IRIS-T SLMは専用の箱型発射機にブースターを付けたIRIS-Tを格納し、垂直に射撃することができます。

射程は40kmと短めですが、元が高機動なIRIS-Tの射程を伸ばせると考えるとかなり強力です。


IRIS-T SLMはかなり凝った誘導方法を採用しており、まずレーダーで見つけた敵のおおまかな位置情報をミサイルにインプットします。

発射後、IRIS-TはGPS座標へ向けて飛翔します。この時、先端には空気抵抗を低減するためのコーンが付いています。


GPS誘導で短時間飛行したのち、指令誘導に切り替わります。

地上のレーダーは捉えている目標の位置を無線でIRIS-Tに伝え、IRIS-Tは方向を調整しながら目標に向かいます。


最終段階ではコーンが外れ、赤外線画像誘導に切り替わります。

IRIS-Tの本気の誘導性能が発揮され、ドローンから爆撃機までを叩き落とします。


この方法はずいぶんとまどろっこしくて、ミサイルの値段を上げる要因になります。

しかし、レーダーの種類を捜索用に限定できるというメリットがあります。


GPS座標やレーダーで捉えた目標の位置を伝えるのは非常に簡単です。

特別な車両は必要とせず、非常に小さなシステムで済みます。最大で3両です。無線通信ができるため、発射機はレーダーや指揮所から20km離れた場所に展開できます。


発射機が止まってから撃てるようになるまでは10分ほどかかります。標準的な時間です。

高速で連続発射できるので、多数の目標とも交戦できます。


IRIS-T SLMは素晴らしい防空システムですが、完ぺきではありません。

まず、赤外線画像の取得方法が対空ミサイルとしていいとは言えません。


128ピクセルの線を取得して、線を動かすことで面の画像にするという方法は、精度では優れています。

しかし、線の情報を得るのは早くても、面の情報を得るのは時間がかかります。


自身も相手も高速かつ複雑に動き回る対空戦で、画像としての更新頻度が低いというのはいただけない点です。

IRIS-Tは128×8ピクセルの線を、毎秒128回更新して画像にしています。仮に128×128ピクセルの画像を作るなら0.26秒に一回という低頻度の更新になります。

(ただ、もっと範囲を小さくすることも可能です。その場合は急機動を行う相手への対処能力が低下します)


この辺りは、128ピクセル×128ピクセルとしてとらえる他の第三世代空対空ミサイルの方が優れています。


元が短射程のミサイルであるため弾頭が小さく、大型の目標を確実に撃破するような任務には向きません。

ミサイルそのものが高額です。同世代の中でもイギリスのものと比べておよそ倍、アメリカのと比べてもまだ高額です。


一発で6000万円が吹っ飛ぶのは、短距離の空対空ミサイルとしていかがなものでしょうか。

行き過ぎた官僚主義のせいで調達方式が特殊(アホ)になり毎回量産効果を得られない日本の第三世代空対空ミサイルと同額は、少々高すぎる気がします。


ですが、それでも守りたいものを守れるなら、安いと言うべきでしょう。

IRIS-T SLMはウクライナの地で、多数の巡航ミサイルを撃墜しています。


キーウ正面に配置されたIRIS-T SLMの巡航ミサイルの迎撃率は100%であり、性能の高さを見せつけたと言えるでしょう。

ロシア軍は対抗策として巡航ミサイルにフレアを搭載しましたが、赤外線画像誘導のIRIS-Tにどこまで効くかは疑問です。


簡単に移動と展開ができるため、巡航ミサイル攻撃で狩ることはほとんど不可能です。

巡航ミサイル攻撃を確実に行いたいのであれば、Kh-22のような巡航弾道ミサイルともいえる希少な高速大型ミサイルを使用するか、レーザーでも積んでミサイルのシーカーを焼き切るしかありません。


しかし、仮にレーザーを搭載できたとしても、補足の邪魔をする程度ではIRIS-Tを止められません。

IRIS-Tはレーザーに対抗する能力を持っているからです。


IRIS-Tは128ピクセルの線を何度も更新することで画像を得ていると言いましたが、これこそが対レーザー能力の一つなのです。

一度に大きな画像を得ないことにより、レーザーを見ないということができるので、レーザーによる目くらましの効果を避けることが可能です。


また、運悪くレーザー照射をモロに受けてしまっても、ホームオンジャム機能により照射源へ突っ込んでいきます。

IRIS-Tを確実に止めるなら、ミサイルを切ってしまうような宇宙人じみたレーザーが必要であり、今の人類技術では達成できません。


IRIS-T SLMは今後もウクライナの防空に大きく貢献し続けることでしょう。

射高20kmはあらゆる敵航空機を撃墜し、限定的ながら弾道弾への対応能力があることも示唆します。


中距離ミサイルですが、長距離ミサイルに似た効果を発揮する場面もあり、防空網の一員として非常に優秀です。

長距離のミサイルと共同して、敵の航空機を落とし、地面近くまで引きずり下ろせます。


巡航ミサイルやドローンへの対応能力の高さは、すでに証明されています。

IRIS-Tでも止められない相手は数の少ない大型高速のミサイルだけであり、ほぼ隙がありません。


各国の防空ミサイルと協力すれば、恐ろしく多機能で質の高い防空網を形成できるでしょう。いえ、すでにそうしていますね。

弾切れの危機にさらされることが多いようなので、ドイツには更なる量産と細やかな補給をしてあげてほしいと感じます。今望むのはそれだけです。

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