壁をぶち抜け! マタドール

解説する前に、読者の皆様に一つ質問です。

敵がコンクリートで出来たトーチカに立て篭もっていた場合、どうするべきでしょうか。


もちろん銃弾は効きません。近づけば一方的に攻撃されてしまいます。

手榴弾も効きません。あれは破片で攻撃するものです。


はいアメリカくん早かった。なになに?航空攻撃?爆弾落とせば解決?

正解です。最も正しい答えです。しかし、ウクライナではそう簡単にできません。なかなか航空優勢が取れないからです。


空軍に頼んでも無理な場合、どうするべきでしょうか。

はい日本くん。砲撃によって破壊する?正解です。トーチカがやたらめったら固い場合を除き、砲撃で破壊できます。


しかし、砲兵はトーチカに構ってる場合では無いこともあります。

まあ待てば良いのですが、待てど暮らせど一向に支援してくれない時はどうすれば良いでしょう。


自分たちで何とかしなければならない時、どうすれば……?


対戦車ミサイル、というのは一つの手です。しかし、トーチカ相手に撃つには勿体ないです。

支援無し、予算を考えろとがんじがらめの状態で戦場に放り込まれたあなたは憤慨するでしょうが、現実どうにかしなければなりません。


さてここでもう一つ「最悪」を追加します。トーチカが無数に立ち並ぶ場所へ、あなたは突撃しなければなりません。

そう、市街戦の始まりです。家やビルはトーチカそのものです。支援があろうがなかろうが、四方八方から撃たれて打ちのめされます。


冒頭からここまで、何を言ったって条件を付けられ否定されましたが、それは現実に起こりうる戦闘です。

こんな地獄をどう切り開きましょうか。知力?体力?筋肉?


もちろんそれらは必要ですが、もっとスマートに解決することも可能です。

これを一発ぶちかましてください。マタドール!


MATADOR(マタドール)は2000年から使われているロケット弾発射機(無反動砲)です。

ドイツ、シンガポール、イスラエルが共同開発し、軽装甲車両と建物を主な目標としています。


ドイツはともかく、アメリカやロシア、中国といった軍事大国に比べれば知名度で劣る二カ国ですが、技術は軍事大国に勝るとも劣らずな一面があります。

どちらの国も周りが海と敵対国に囲まれ、いざ戦争となると市街地の戦闘が多くなる特徴を持ちます。

歩兵が効率的に建物を破壊する手段が生まれるのは必然と言えるでしょう。


……ドイツ?後で独自に対戦車用の弾頭を開発しているあたり、共同開発なら開発費用が安くなると踏んだんじゃないですかね……。ヨーロッパではよくある話です。

マタドールを開発する際に参考となった無反動砲を持ち込んでいるので、単にのっかっただけではないですが。


マタドールにはいくつか面白い特徴があります。

弾が風の影響をほぼ受けない事、狭い室内からでも発射できるようになっていること、直径が90mmという珍しい大きさであること、同クラス最軽量であること……。


ですが最も大きな特徴は、とにかく建築物をターゲットにしている無反動砲だということです。

他国にも無反動砲はあり、建築物を目標にした弾種を持っています。しかし、あくまでついでの仕事です。


マタドールは逆に、建築物が主目標で装甲車や戦車を破壊するのはついでの仕事だと位置づけています。

弾頭は三種類ありますが、全て対建築物です。


軽装甲の装甲車に対して「破壊できるはず」という書き方をされていますが、コンクリートやレンガに対しては0.5m程度の穴を開けることが明記されています。

弾頭は粘土のように張り付いて爆発する「粘着榴弾」というタイプであるため、当たった場所の裏側が強烈な勢いで吹き飛びます。

漫画などで衝撃を裏側に伝えて敵を倒す○○拳みたいなのがありますが、それを爆薬で行っているイメージです。


他の無反動砲は単なる榴弾(表面で爆発する)や、対戦車榴弾(表面で小さな爆発+ジェット噴流で細長い穴)なので、建築物を破壊するのにはあまり向いていないのです。

ただしマタドールも先端の棒(プローブ)を伸ばすことで対戦車榴弾に早変わりし、貫通力を一気に上げることができます。


ちなみにこれはマタドール-MPという弾頭のお話。

マタドールは三種類あると書きました。あと二種類も見ていきます。


マタドール-WBは更に対建築物能力を上げた弾頭で、壁をリング状に切り取ります。

これによってできる穴は最大1mにもなり、通路を作ることができます。


マタドール-ASはマタドール-MPの強化型と言ったものです。

爆発反応装甲に対応したタンデム弾頭で、対装甲、対建築物両方の能力が上がっています。

爆圧が上がり、弱い建築物なら爆風で倒壊させることもできるようになりました。

また、ソフトターゲット(装甲のない目標)とハードターゲット(装甲のある目標)を自動で判別、プローブの長さを変えてくれます。


それと……実はもう一つあります。ティッカーと呼ばれるマタドールで、正式名称をRGW 90と言います。

ドイツのマタドールです。こちらには対戦車を意識した弾頭があるほか、射程を伸ばしたもの、直径を60mmに落として持てる数を増やしたものがあります。

ウクライナに供与されてるのは、RGW 90の方です。


マタドールは市街戦を強く意識した面白い無反動砲ですが、それゆえの強い欠点もあります。

一番は、ウクライナで多く行われる対戦車戦闘には不向きだということです。


対戦車ミサイルのようには撃破できず、射程も500mと短いため撃つにはかなりのリスクを背負わねばなりません。

使い捨てなので、発射機と弾頭という組み合わせで持っていく数を増やすことができず、一人の兵士が持ち運べる数が限られます。


使い捨てにすることで軽くすることには成功しています。一発当たりの値段も安いでしょう。

しかし市街戦用に特化するためにあえて古臭い方式を採用したため、その分は重くなっています。


いくら最軽量級とはいえ、9kgの太い筒を何本も持ち歩くのは苦痛です。マタドールはもっと軽くできたはずです。

ドイツはこれらの欠点を嫌ったのでしょうが、高価になるか威力が低くなるかの道を辿りました。


こうした欠点はありますが、その悪影響は市街地において極小となります。

市街地で500m以上先が見通せる場所は少ないです。短い射程でも十分と言える性能です。


移動距離の少ない市街地では、一本9kgであれば十分な数を持ち運びできます。

古臭い方式ですが、結果的に狭い部屋から射撃することができます。ガスを利用した無反動砲では難しい芸当です。


ドイツが欠点を嫌ったのは、市街地戦が比較的少ないヨーロッパの平野で戦うことを考えたからであり、設計通りに市街地で使う分には非常に優秀と言えるでしょう。

なにより、壁を遠くからすぐに破壊できるというのは大きな魅力です。


今のところ(2022/12/21)、残念ながらウクライナ軍はマタドールを平地で運用しています。

仕方のないことです。マタドールが供与された時には砲兵合戦に移行しており、市街地戦がほとんどなくなっていたのです。


一番おいしい場所で運用できていないのが現状ですし、ロシア軍は市街地を砲撃で耕しています。

が、今後は激しい市街戦が発生するかもしれません。可能性が大きいのはバフムートです。


ロシア軍はバフムートを占領しようとしており、ウクライナ軍は迎え撃つ準備を整えています。

もしロシア軍がバフムートになだれ込んだ場合は大規模な市街戦となり、マタドールが得意とする状況があちこちで生まれるでしょう。


またロシア軍の砲撃は次第に低調になってきており、北朝鮮やイラン、ベラルーシから供与を受けていると思われるものの、いつまでもは続かないでしょう。

ロシア軍は、侵攻を続けるのであれば否が応でも市街戦をしなければならなくなる……その可能性が日々高まっています。


マタドールの活躍の場は、遅れてやってきます。世にも珍しい対建築物特化砲として、今後は大活躍するかもしれません。

期待と勇気を一身に背負い、牙を研いでいるのです。

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