アメリカ陸軍最強にして最後の砦 MIM-104パトリオット+コラム「パトリオットはロシア製防空システムに劣るか?」

パトリオットはアメリカが1981から使用している地対空ミサイルシステムです。

中長距離の防空を担うミサイルとして開発され、今は西側諸国に広く展開する弾道ミサイル防衛用のシステムとして知られています。


長く運用されたせいで名前が少々ややこしいのですが、一つずつ整理していきます。


パトリオットはシステム全体の名称です。最低4台、必要に応じてミサイルランチャー、レーダー、再装填車両を付け足すことができます。

これらすべて「パトリオットシステム」です。


パトリオットはそのレーダーとミサイルが特に強力です。


レーダーはAN/MPQ-53から始まり、ハイフンの後ろが変わって65と65Aの三種類があります。

とりあえず三種類あると覚えてください。古い順に書いています。


この三種類のレーダーは全て、敵の捜索からミサイルを誘導するための電波を放射するところまでを行えます。

味方と敵の区別も付くし、電子妨害に対抗できるし、ミサイルに指示を出すこともできます。


通常のミサイルシステムが複数のレーダーを必要とするところ、パトリオットのレーダーは一台で完結できるのです。

この時点で優秀ですが、全てがフェーズドアレイレーダーと来ています。


フェーズドアレイレーダーは板の上に小さなレーダーがたくさん並んでいるレーダーです。

個々のレーダーは出力が弱く機能も限られますが、組み合わせることで強力かつ多機能なレーダーになります。


おまけに、レーダー本体を動かす必要がありません。

電子的に電波の向きを変えて放射するので、常に広い範囲を見渡すことができます。


広い範囲を見渡せますが、個々のレーダーは狭い範囲を見ています。

なので精度が高く、常に目標を追い続けることができ、しかも複数の目標を同時に追うことができます。


個々のレーダーの放射は弱いので、敵に見つかり辛く、レーダー警報装置にも引っ掛かり辛いです。

なのに色んな種類のレーダーを放射できるので、小さな目標やステルス機も見つけられます。

(ただし、ステルスではない戦闘機に対してステルス機を見つけられる距離は大きく下がるので、優位に立てるというわけではありません)


これだけでもチートじみた強力なレーダーですが、アップグレードされる度に精度が上がっています。

特に、同じフェーズドアレイレーダーでもAN/MPQ-53はパッシブ式で、AN/MPQ-65からはアクティブ式に変わっています。


パッシブ式が放射する波長は一つです。一度に一つしか放射できないため、例えば100種類の電波を放射したいなら100回レーダーを動かさなければなりません。

AN/MPQ-53は一秒間に数千回も放射できるため、あまり問題にはなりません。しかし、一度に何種類も放射できるのであれば、その方がより強力です。


アクティブ式は一度に複数の電波を放射できます。

AN/MPQ-65が具体的に何種類放射できるかは不明ですが、一度に20種類であれば100種類放射する場合5回で済みます。

このため、上記の機能が一層強化されています。


AN/MPQ-65Aは小さくなり、メンテナンスコストが半減しています。

それでいて、上記の機能が更に強化されています。


また、2017年にはLTAMDSというレーダーが追加されています。

これはドローンや巡航ミサイルを強く意識したレーダーで、小型高出力ですが上下方向の角度が限定されています。


パトリオットシステムで使うミサイルは「MIM-104」です。

MIM-104は一両の発射機に四発搭載できます。


MIM-104の初期型(A、B型)は弾道ミサイル防衛はできません。

マッハ2.8、射程70kmと、当時からしても一般的な長距離防空ミサイルでした。

この二種類のMIM-104をまとめてPAC-1と呼びます。


MIM-104Cからは短距離の弾道ミサイル防衛ができます。これをPAC-2と呼びます。

GEM(ゲム)改修というものを受けたC型はMIM-104D、PAC-2/GEMと呼ばれます。


さらに改良されたものはMIM-104E、PAC-2/GEM+となります。

D、E型は長ったらしいので、日本ではよくGEM弾と言われます。オタク用語なので使うときは注意してください。


PAC-2はステルス性に配慮した目標にも対応しています。

射程も160kmとなっており、速度はマッハ4.1です。


F型になると完全な別物になっており、弾道ミサイル防衛に最適化されています。これがよく聞くPAC-3です。

一両の発射機に16発搭載することができ、30km以内に落ちてきた中距離弾道ミサイルを破壊することができます。(弾道ミサイルは非常に速いので、迎撃できる距離が狭くなります)


近くで爆発して破片で破壊する近接信管ではなく、リーサリティエンハンサー弾頭というものになっています。

これは48個のタングステン(重金属)の破片をばらまくことで、弾道ミサイルの進路上に罠を作り、突っ込んできたミサイルを破壊するというものです。


誘導もレーダーから情報を得るだけでなく、ミサイル自身がレーダー波を出して、反射源に向かって自分から突っ込んでいきます。

スラスターも付けて、姿勢を高速で微調整することができます。

どの弾道ミサイルが本命で囮なのか、どの航空機が有人で無人なのかを見分けることもでき、非常に高性能です。


これらの特徴により、PAC-3はPAC-2と比べて5倍の確率で弾道ミサイル防衛を成功させます。

しかし、逆に航空機や空対地ミサイルへの対応能力は低くなっており、大抵はPAC-2も一緒に搭載しています。


そのほか、データリンクシステムも一新され、最新の軍用ネットワークに接続できます。

地味に重要な変更点です。ネットワークが無ければ、せっかくの能力も十分に発揮できません。


PAC-3はMSE改修を受けた型があり、より機動性が高く、ロケットモーターの出力が高くなっています。

弾道ミサイルに対する射程は倍の60kmに伸びており、超高速大質量の大陸間弾道ミサイルにも対応しています。


このようにパトリオットは大変高性能なミサイルシステムですが、まだまだ未熟な部分も存在します。


ミサイルを一発発射するのにかかる値段は、それまでの整備や人件費などを含めると一発4~5億円です。

システム全体では1000~1500億円にもなり、イージス艦に迫る値段となります。

核弾頭が着弾するよりはるかにマシとは言え、かなり高額な部類の兵器ですし、弾道ミサイル防衛を考えるならイージス艦の方がコスパが良いです。


PAC-2とPAC-3で得意とする相手が分かれており、発射機に組み合わせて搭載する必要があるなど中途半端です。

PAC-3でも弾道ミサイル防衛は難しいもので、二発発射することが基本となっています。


レーダーは精度と扱いやすさと出力に優れるXバンドという波長を主に使用しています。

ステルス機は主にXバンドに対応しているため、フェーズドアレイレーダーの特性を活かしてもステルス機を遠距離で捉えることは難しいです。


一説には、通常の航空機相手で300kmの検知範囲があっても、ステルス機には30kmにしかならないとされています。

これを解決するには、巨大で重く、精度も悪くなるのを覚悟して別のバンドのレーダーを追加しなければなりません。


ミサイルを発射する際は斜め上に撃つ必要があります。

垂直に発射するシステムに比べて場所を取りますし、低空からいきなり現れた目標に対して対処するための時間が余計に必要です(瞬間交戦応力が低いという言い方をします)。


でも、逆に言うと目立った弱点はそのくらいでしょう。


弾道ミサイル防衛はそもそも難しいので、ちゃんとやろうとすると高価になることは避けられません。

他の目標への対応能力が低いのはいただけませんが、そのおかげで規模の割に高性能なミサイルとなっています。


レーダーがステルス機に弱いのは当たり前の話です。だってステルス機はレーダーをなるべく無効化しようとしているのですから。

別バンドのレーダーを使えば遠距離でミサイルが当たるか?というとそれはまた別の話なのです。

位置を知りたいだけならパトリオットシステムに組み込む必要はないわけで、別の部隊で扱ってもらった方が良いでしょう。


ウクライナで問題になりそうなのは、斜め上に向けて撃つシステムでしょう。

恐らく、ウクライナ軍は弾道ミサイル防衛だけでなく巡航ミサイル防衛もしたいと考えるはずです。


その際、瞬間交戦能力に劣るシステムでは若干扱いにくい場面が出てくるかもしれません。

混ぜて搭載する必要があるのも、良くないですね。もしかするとアメリカはPAC-2の供与を多くしPAC-3はあまり送らないかもしれません。

でもレーダーが優秀なので、ほとんどの場合は十分だと思います。


愛国者の名前を持つパトリオットは、ウクライナを守り、ひいてはアメリカへ貢献するために供与されます。

その性能はウクライナが長く使ってきたS-300を超えるものです。PAC-2で長距離防空、PAC-3で弾道ミサイル防衛を担ってくれるでしょう。


ウクライナの防空網はますます厚く強固になり、ロシア軍は航空優勢を取れないままになるでしょう。

巡航ミサイルの撃墜率100%を記録する日も近いと思われます。


パトリオットはその最先鋒となるのです。ロシア空軍を散々に引っ掻き回し、低空に落とし、巡航ミサイルを見つけてそれも撃墜、連絡して他のミサイルを最高の状態で待機させる……役割は様々あります。


イランから来た弾道ミサイルが発射されても、PAC-3があれば都市部の大半が守られるでしょう。

(ただし破壊した後の燃えカスが降ってくることはあるので、避難と復旧は大事です)


多機能で、長射程で、優秀なレーダーを備えたパトリオットは、米陸軍最強のミサイルシステムとして参戦するのです。




ちなみに、パトリオットよりも高度なミサイルシステムであるTHAADもありますが、こちらはPAC-3以上に弾道ミサイル防衛に特化しているため、多機能性を考えて「最強」と煽らせていただきました。





Twitterで「キンジャールやツィルコンを撃墜できない」「パトリオットはS-300以下」という言説が広まっていますが、9割9分間違いです。

キンジャールやツィルコンはマッハ10になる(キンジャールは性能盛りまくり疑惑がある)ミサイルですが、PAC-3が対応している中距離弾道ミサイルはマッハ10以上になります。


PAC-3は低高度迎撃が苦手ですが、それでも高度50mより上であれば機能しますし、高度1000〜3000m付近で横方向の射程が最大になります。

キンジャールやツィルコンはこれ以上の高度で飛びますので、撃墜できます。


安定して撃墜できるか?というのは疑問が残りますが、それは弾道ミサイルでも同じことが言えます。速いものの迎撃は難しいのです。

そしてS-300では無理です。V型のみが可能性を残しますが、これはPAC-3のように弾道ミサイル防衛に特化しており、パトリオットのようにミサイルを混載することができません。


最新のPAC-3 MSEなどは総合的にロシアのS-400(S-300の次世代システム)と同等以上と言えます。

そしてS-400はMSEほど配備が進んでおらず、パトリオットを上回るだろうS-500に至ってはほとんど配備できていません。


基本性能の他に使いやすさや運用コスト、取り回しの良さも大切な要素で、これに関しては完全にパトリオットの方が優れています。

そもそも「強い、弱い」という二元論で片付けるのは、分かりやすいですが良くはない……というのは念頭に置いておきたい前提です。


無理やり「強い、弱い」と分けるにしても、どうして強いのか、どこが弱いのかを理解していなければ、本当にただただ幼稚で意味の無い比較をすることになります。

だから私はいつも「なるべく分かりやすく〜」なんて言いながら2000文字を超えるような長々とした解説を書いています。


この兵器は強い、弱いで済むならこんなに簡単なことは無いです。もちろん、そう分けることもできます。M109は弱くて、ハイマースは強い。

じゃあみんなさっさとM109なんか捨ててハイマースを買うはずです。でも、現実そうなってない。


そこで、なんで?と考えることが大切です。

考えるための素材を並べ、組み合わせてその兵器の全体像を示し、どうして良いのかを導く。


料理です。私は適当に焼いた肉を出して満足したくは無い。

フルコースとはいかなくても、満足できるランチを、見せながらお出ししたい。そう考えています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る