新時代の榴弾砲 カエサル

榴弾砲は攻撃力に優れる兵器ですが、その防御力と機動力は低い水準にあります。

そこをなんとかしようと、各国はトラックや装甲車両の車体に榴弾砲を載せることで補いました。


トラックに載せた榴弾砲は使いづらかったため、時代が下るにつれて姿を消していきます。

装甲車や戦車をベースにした榴弾砲はパワーに余裕があり、装甲も十分だったため重宝されました。


しかし1980年代、90年代を過ぎると状況が変わります。

軍縮が進み、通信速度や電子機器の能力が飛躍的に向上。空中の砲弾を捉えて発射地点を割り出す対砲迫レーダーにより榴弾砲部隊は監視されるようになります。


射撃後、最速30秒で反撃が飛んでくる状況では、鈍重な榴弾砲は的になりました。

これに困った各国は、榴弾砲から装甲をはぎ取ることにしました。


結果、トラックに載せた榴弾砲が復活することになったのです。

機動力の高さで勝負するトラック榴弾砲は、反撃を上手く避けながら攻撃を叩き込めます。新技術により使いにくさは緩和されました。


そんなトラック榴弾砲のはじまりとなったのが、カエサル自走榴弾砲です。

ローマの軍人カエサルの名前を取ったカエサル自走榴弾砲は、フランスが2004年から生産を開始した榴弾砲です。


1990年代に、上述の理由から榴弾砲の高機動化が必要だと考えたフランスは、国営の武器メーカーと開発を進めました。

よくある中型または大型トラックの荷台に、榴弾砲をポンと載せた形をしています。


路上では最大100km/hで移動でき、また空輸できるため素早い展開性(必要な時に戦場にいられる能力)を手に入れました。

弾薬はトラックの空いている場所に詰め込んでいるため数は少ないですが、射程42kmのフルボア弾(発射する火薬の圧力を効率よく受け止める砲弾)や50kmのロケットアシスト弾を使用できます。


カエサルは軍のシステムに繋がっているため、砲撃のために展開してすぐに撃つことができます。

移動中も敵の座標が分かり、どの角度でどれだけ炸薬を入れて撃てばよいかをコンピューターが計算し続けるため、止まった後に面倒な計算をする必要はありません。


発射速度はあまり高くないので、攻撃力は普通です。

車体がトラックなので、見劣りしないだけでも良しとすべきでしょう。


カエサルはアップグレードの真っ最中です。

エンジンを変え、コンピューターを新しくし、小銃弾を受け止める装甲を追加できるようになります。

また大型トラック車体に載せたカエサルもあり、持ち運べる砲弾の数と安定性が向上しています。


カエサルは強力な榴弾砲ですが、他の兵器と同様に欠点もあります。

全体的に、現場の兵士としては使いにくいだろう兵器です。


まず、(多くのカエサルは)装甲がないので仮に反撃を受けてしまった場合、大きな損害を覚悟することになります。

数人の歩兵が隠れて狙ってきただけでも、貴重な砲兵が死んでしまいます。砲もむき出しなので、ちょっとした攻撃で壊れてしまいます。


トラック車体は軽くて幅が狭く、発射時の反動を受け止めることには向いていません。

キャタピラ式の装甲車両に載せた方が精度は高いでしょう。


また、トラック車体は砲の旋回を限定します。

自由に横を向けて撃つようなことはできず、前方の限られた範囲にしか向けることができません。


トラック車体は反動を受け止めることに向いていないので、車体をしっかりと固定するためには不整地である必要があります。

アスファルトに固定用の爪を食い込ませることはできないのです。柔らかい地面に爪などを刺し、固定します。

路上を高速で移動できるのに、射撃に適した場所は土の上……チグハグですよね?


砲に自動装填装置はないので、砲弾をこめるのは人力です。人力にしては早いのですが、機械には敵いません。

もし長時間撃ち続けるなら、攻撃力は低下していくでしょう。


このように、現場の兵士から見るとこれまでの榴弾砲よりグレードダウンしたような印象を受けると思います。

しかしその回避能力は確かに高く、トラックであることを活かした長距離高速移動は戦場のテンポを早いものに変えます。


こちらのテンポが早ければ、主導権を握れます。攻撃は奇襲となり、敵の奇襲は強襲となります。

こちらの被害を減らし、相手の被害を増やせるのです。


戦闘という小さな単位で見ると能力は高くないのですが、戦術という大きな単位で見た時に、カエサルは旧来の自走砲とは一段違う戦闘力を発揮します。

いきなり敵の頭上に砲弾を降らし、反撃が来る前に移動、怒った敵があちらで反撃してきても、素早く動いて迎撃できる。


実際の数が少なくても、まるで全戦線に榴弾砲を配置しているかのように攻撃と防御を行えます。

相手からしてみれば、まるで魔法のようです。正に新時代の榴弾砲なのです。オマケにロシア軍はこの手の榴弾砲の開発に乗り遅れました。


カエサルはウクライナの地を走り回っています。その回避力は上々で、今まで反撃の砲撃で破壊された事例は無いようです。

自爆ドローンにはやられてしまいましたが、それでも他の榴弾砲より時期は遅く、やはり回避力が光っています。


細かく大胆に移動できることの強みは、中々見えてこないものです。戦後にどのような動きをしていたかは明かされるでしょう。


砲の数が少ないウクライナ軍にとって、強力な助っ人となります。

色んな場所で、攻防の手助けをすることでロシア軍の損害を増やし、翻弄できるはずです。


ハルキウ攻勢のような大反撃の時には、その移動力を存分に発揮します。

カエサル自走榴弾砲は、ウクライナの反撃と防御を、これからも支え続けてくれるでしょう。



2023/5/4追記

一両のカエサルが撃破された画像がアップされました。これだけなら特にいうことは無いのですが、キャプションには「装甲版により兵士は無事だった」とあります。

つまり、ウクライナのカエサルにはすでに装甲版が追加されたものが使われているということです。素晴らしいですね

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