歩兵思いの装甲車 ブッシュマスター

ブッシュマスターは1997年からオーストラリアに配備されている装甲車(機動車)です。


1990年代、各国では民間車両に毛が生えた程度のジープか、装甲車のどちらかで歩兵を運んでいました。

ジープのような車両は防御力が低く、しばしばゲリラやテロリスト相手に大きな損害を出しました。

装甲車は重くて高価で、軍縮によって予算が減り続ける中では非経済的でした。


また、即席の地雷であるIEDが猛威を振るっていました。

IEDは現地の武装勢力が即興で作った地雷で、手りゅう弾を埋めたようなこけおどし程度のものから、戦車を消し炭にするデタラメな威力のものまで様々です。


規格化というのがまるでされていないので、威力も形状もまちまちですが、だからこそ確実に戦車を吹き飛ばせるようなIEDを作ることもできます。

現地の武装勢力は土地勘があり現地住民とつながっているか、現地住民の心情など考えず暴れまわるかのどちらかなので、こうした地雷の除去は困難です。


手で掘り起こそうとすれば銃撃され、爆薬を使えば建造物に被害が出て、常に地雷除去用の車両を連れて回ることはできず、まさか航空攻撃で排除するのはお金がかかりすぎる……。


お金をかけないようにすれば兵士が死に、お金をかけても死んでしまうことがあるので予算を増やす意味も薄く、世論は兵士が死ぬことを許さない。

この状況には大国アメリカも困り果ててしまいます。


そこで、高価ではないけど地雷に強い車両をつくろうとなり、いくつかの国が率先して試験を行います。

その中に、ブッシュマスターはいました。


ブッシュマスターは10人乗りの車両ですが、乗せられる人数に比べてかなり大柄です。

例えばハイエースのワゴンタイプ(デイサービス等でよく使われる)は10人乗りで全長5m、全幅1.9m、全高2.3mの約22m3の中に収まります。

ブッシュマスターは全長7.2m、全幅2.5m、全高2.6mの47m3近くあります。倍以上です。


軍事車両だから大きくなる、というわけでもなく、自衛隊の高機動車(上で言う、ジープに毛の生えたような車)は10人乗りで約23.6m3です。

ハイエースよりほんの少し大きいくらいですね。


なぜこうなっているのかというと、地雷への防御力を上げたからです。

ブッシュマスターは車体底面が地面から離れていて、浅いV字を描いています。

このV字が爆風を横方向へそらし、それた爆風は大きな空間から出ていくのです。


また、それなりの装甲もついています。旧ソ連圏を始めとして多くの国で使われる銃弾に耐え、装甲車を破壊するレベルの地雷に対しても乗員の保護を約束します。

ブッシュマスターは装甲の厚さを増やすことができ、最大まで厚くすると500m先、左右30°以内から飛んでくる25mm砲弾を受け止めることができます。


25mm砲弾は多くの装甲車を貫通し、人に当てれば身体の一部が蒸発するほどの機関砲弾です。

何発も撃ち込まれれば無事では済まないでしょうが、少なくとも初撃を耐える装甲を持てるのはすごいことです。


ブッシュマスターはあくまで軽装甲車として設計されているので防弾ガラスの面積が多く、ここは硬さに限界があります。

それでも上述の銃弾には耐えるので、テロリスト相手ならほぼすべての攻撃を防ぐことができます。


もし貫通されても、乗員が火災で死ぬことはまれでしょう。

燃料と油圧につかう油は乗員区画の外側に設置されており、座席に火が回りにくい構造です。


ブッシュマスターはその実績と使いやすさから広く使われるようになり、改良を重ねています。

装甲を増やせるようになったのも、改良による改善です。


上部に機関銃を設置して攻撃できるのですが、ここは装甲を付けることが難しく、弱点でした。

そこで無人のリモコン銃搭を付けることができるように改良されました。


快適性のために飲料水の冷却装置が装備されました。

軍用車両に快適性というと、なんともチグハグな要求に思えるかもしれません。しかし戦地に付いた時、乗せている歩兵がへとへとで戦えなければ困ってしまうのです。

それにオーストラリアは乾燥しています。水の設備は他国以上に大切なのかもしれません。


電子妨害装置が取り付けられました。詳細は不明ですが、遠隔起爆型のIEDに対応したものだと思われます。

大きな改修せずブッシュマスターに積めるほどの大きさの装置で出せる出力は限られていますし、ブッシュマスターの設計理念からしても説明がつきます。


特定の電話番号に発信すると爆発するIEDは広く使われており、これにトルコ軍の戦車が破壊された例があります。

こうしたIEDを無効化するために、妨害装置の装備が一部の国で進んでいます。


そのうえで、更に地雷除去を確実にするため、車体前方にローラーを取り付けることができます。

より爆発の衝撃を緩和できるように改良され、乗員の生存性が上がりました。


ブッシュマスターは地雷に対して高い生存性を誇ります。

こうした車両をMRAP(エムラップ)と言います(本来MRAPはアメリカ軍の耐地雷車両のことなのですが、名前がまんま過ぎて一般名詞的に使われています)


ブッシュマスターはMRAPという種類の装甲車の先鋒となりました。

MRAPは耐地雷性能が総じて高いのですが、そのために欠点も多い車両です。


まず車高が高く、見つかりやすいです。戦場では悪目立ちするので、攻撃の対象になりやすいのです。

縦長なので横転しやすく、泥や砂に弱いです。


地雷にも銃撃にも耐える装甲は重く、これまた悪路での走行性能を悪くしています。

その装甲も、対戦車兵器に対抗できるほどではありません。戦車や対戦車ミサイルに見つかれば終わりです。


こうした欠点から、対テロ戦争向きではあるものの、ウクライナ戦争のような「正規戦」に向いているかは疑問です。

実際にMRAPは泥濘に足を取られ、戦場を走ることに苦戦しています。ただ、平地が多いので特に狙われやすい印象はありません(背の低い車両でも見つかりやすいので違いが出ない)


正規戦に向いているかは疑問です。しかしロシアは、一般常識的な正規戦ではやらないだろうことをやりました。

ロケット砲で地雷を大量にばらまいたのです。自軍が進めなくなるほど、大量に。無差別に。


このような状況ではMRAPが力を発揮します。

地雷を排除しつつ、MRAPで移動。爆発しても損害は最小限で済み、一部は修理されて戦線復帰。

むしろMRAPの少ないロシア軍の方が、混乱した際に自分の地雷に引っかかって……ということが多いように見えます。


MRAPはあちこちで地雷に破壊されていますが、その多くは兵士を守り切っています。

ブッシュマスターもまた、同じです。


ブッシュマスターはMRAPの一つとして、ウクライナ軍の強力な反撃を支えるでしょう。ロケット砲でばらまかれなくとも、常に地雷の危険はあります。

使いどころを見極めて投入されたブッシュマスターは、兵士を守りながら攻撃に参加しています。


これからも、一人でも多くの命を守るために、ロシアの侵略に対抗するために、尽力してくれるでしょう。

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