早すぎた新時代 M777

M777は2005年にアメリカとイギリスが共同で開発した新型の榴弾砲です。


榴弾砲は大きな砲弾を高く長く飛ばすことに長けています。

最大射程付近では垂直に近い角度で落ちるため、戦車のような重装甲目標も破壊できます。


しかし精密に狙うことは難しく、また機動力や防御力に欠ける兵器です。

大きくて重い砲弾を長く飛ばすための高い圧力に耐える砲は長くて重く、火力はあるが柔軟に戦場を移動できるわけではありません。


一方、ヘリコプターは火力が低いですが大抵の地形に着陸でき、高山帯を除いてほぼすべての地形を飛ぶことができます。

悪天候には比較的弱いものの、もっとも柔軟な機動力を持つ兵器でしょう。


さて、榴弾砲にも自走式とけん引式の二種類がありますが、特にけん引式は機動力が劣悪です。

しかし軽くて安く作れるため、各国で重宝されています。


このけん引式の榴弾砲をさらに軽くしてヘリコプターに吊り下げ、破格の機動力を持たせたら強そうですよね。

大量の榴弾砲が一夜にして大移動を果たし、ありえないところから奇襲的に砲撃したら敵軍は大パニックです。


それを実現すべく作られたのがM777です。

M777は中型のヘリでも吊り下げられるほどに軽量です。


例えば、中型ヘリのUH-60が吊り下げられる重さは5t程度です。大型ヘリのCH-47は10tほどです。

西側各国のけん引式榴弾砲は10tほどもあり、中型ヘリでは浮き上がらず、大型ヘリでも余裕が無さ過ぎて実用的でないとされています。


一方M777は4tほどに抑えられており、ヘリでの輸送を可能にしました。

軽量けん引榴弾砲の名前の通り、非常に軽く作られているんですね。


これによりM777はヘリによって200km/h近くで飛び、設置されたら数の暴力で敵を粉砕、またヘリに吊り下がって次の場所へ移動できるわけです。

自走することはできませんが、ヘリがタイヤとエンジンの代わりというわけです。


さらに必要な人員も旧型の榴弾砲と比較して減っており、大量に作るだけでなく大量に配備できます。

けん引式なのでトラックでも運べますが、より小型の車両でもけん引することができます。


軍の情報システムに繋がって攻撃ができるため、攻撃場所を特定するまでの時間が短いです。

また誘導砲弾も使えるため、精密射撃ができます。

複雑ではないため使いやすく、訓練の時間も短いです。


しかし軽くするための代償として、砲身寿命が短く発射速度も低いです。

単体の攻撃力は旧式の榴弾砲が勝ります。そこを数で補うわけです。


ただの榴弾砲としてみると、時代相応に進化はした部分はあれど能力は低い、という感じです。

やはりヘリと連携しなければ高い能力を発揮することができません。


さて、アメリカ軍はM777を使い、とある演習で自衛隊の99式自走砲と熾烈な撃ち合いを行いました。

99式は旧来の榴弾砲ですが自走ができるため、高い機動力を持っています。もちろんヘリで移動するM777ほどではありません。


M777はヘリの機動力で99式を振り回し、見事勝利……しませんでした。

逆にその場から全くと言っていいほど動けないM777に対し、99式はちょこまかと移動を繰り返して反撃を避けつつ連続で砲撃を叩き込んだのです。


ヘリで連携するには吊り下げる時間が必要で、99式はその時間を与えませんでした。

毎日復活するという設定でしたが演習期間中はほとんど一方的に叩かれて全滅してしまい、手も足もでなかったとされています。


対テロ戦争、ゲリラ相手にはヘリで機動し榴弾を叩き込んだM777でしたが、立派な自走砲を持つ軍隊相手には相性が悪かったのです。

この演習がどれほどのショックを与えたのかは分かりませんが、以降アメリカ軍は凍結されていた自走砲の開発計画を再始動したり、装甲ジープのハンヴィーを自走砲化させる計画を上げてみたり、はたまた対空砲にも使える榴弾砲を考えて見たりと迷走することになります。


M777は素晴らしく機動力の高い砲ですが、他の榴弾砲に反撃されると脆いという特徴が炙り出されてしまいました。

悪いのはあくまで時代の流れですが、少々さみしい結果ですね。


M777は100門以上がウクライナに供与され、使われています。

しかしヘリで運ぶことも無く車両でけん引されるM777は強みを活かせず、損耗率は10%以上です。


はっきりとした強みは確かにあるのですが、時代のあだ花となってしまいました。

一方数があることは大事で、ウクライナ軍では最もよく使われ活躍している西側榴弾砲でもあります。


時代を先取りしすぎた、でも使いやすさはいつでも健在なM777は、今後も使われ続けるでしょう。

そこにない強力な兵器より、とりあえずでもそこにある兵器の方が、現場としては重要なのです。

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