不名誉なあだ名を背負った強者 T-72ウラル

T-72は旧ソ連で1973年から生産開始された戦車です。


小柄で軽量なのに、強力な125mm砲とぶ厚い装甲、良好な機動力を備えたT-72は最強との呼び声高い戦車でした。

走攻守をバランスよく備えているT-72は、戦後の戦車のトレンドをしっかりなぞっています。このような戦車を、主力戦車(MBT)と呼びます。


T-72は第2世代MBTであり、現在主流の第3世代MBTに比べれば劣りますが、当時は怪物のような存在でした。

欧米諸国にはT-72に勝てる戦車は無く、もし全面戦争になったら戦車戦では敗北するとされていました。


しかし時の流れというのは残酷なもので、1991年の湾岸戦争以降、T-72の名前は「恐怖と畏怖」ではなく「こっけいなやられ役」として定着していくことになります。


T-72の基本的な考え方は、なるべく小さくすることです。小さくすれば被弾面積は減り、厚い装甲を載せても軽くて済みます。

軽ければエンジンも小さくて済み、砲の威力は上げられます。小さくすることで成功した戦車です。


一方、欧米諸国の戦車の考え方は真逆と言っても良いほど違います。

車内に余裕を持たせ、大きくなっても良いから弾薬と人員を離しました。


この違いは、T-72が旧式化するほどに大きく現れるようになります。

最も大きな差として現れたのは、弾薬庫の配置です。


T-72は小さくするため、弾薬庫を車体下部に置きました。誘爆した際は乗員も車体も吹き飛んでしまいますが「そもそも誘爆しない」設計でした。

ぶ厚い正面装甲に守られ、車体深くに隠れている弾薬庫まで到達できる砲弾は無かったのです。


欧米の戦車は、砲塔の後ろに弾薬庫を設けました。弾薬庫に砲弾が当たった際は容易に貫通してしまいますが、誘爆しても隔離された砲塔後部が爆発するだけで済みます。

おまけに、上下はわざと壊れやすいパネルにして爆風が逃げるよう設計されていました。


どちらが良いというわけではありません。吹き飛ぶ映像の多いT-72は人命軽視と言われることがありますが、むしろ逆です。

どんなに対策しても、誘爆すればそこには危険が伴います。爆風を逃がすはずの欧米戦車も、上手くいかず吹き飛んだ例はあります。


誘爆すれば危険、なら誘爆しないよう装甲で守ればいい。当たり前の発想であり、当時はこれ以上なく上手くいっていたでしょう。

しかし、欧米戦車は急速に進化し、ソ連は崩壊して軍事予算が削られ、戦車戦は主な作戦ではなくなりました。


T-72は正面装甲を貫通されるようになり、また柔らかい側面や背面を攻撃されるようになり、誘爆しないはずの弾薬庫はしばしば砲塔を吹き飛ばしました。

そのもっともいい例が湾岸戦争で、イラク軍の使っていたT-72が意図的に性能を落としたモンキーモデルだったこともあり、高い確率で吹き飛ぶか全燃するかという散々な生存性を晒したのです。


こうしてT-72は「びっくり箱」という不名誉なあだ名を付けられることになりました。

T-72は何度も改良を重ねられてきましたが、この弱点は一切変わっていません。


ロシア最新のT-72B3が対戦車ミサイルなどに破壊され、大爆発する映像が何度も流れました。

その姿は「びっくり箱」の通りであり、T-72という戦車に不名誉を塗り重ねました。


しかし、設計思想が間違っているわけではありません。

何発も対戦車ミサイルを受けながら動き続けたT-72も存在します。弱点が車体深くに隠れているという事実は変わりません。


自分より強い戦車と戦わず、事前に対戦車兵器を狙い撃ちしておけば、非常に強力な戦車となりえます。

弱点を装甲車の機関砲に貫通されるかもしれない西側戦車は、砲塔こそ吹き飛びませんが戦闘力は喪失します。

T-72は、機関砲に貫通されるほど柔らかい場所はほぼありません。装甲車から見れば弱点がないのです。


ウクライナに送られたT-72の大半は旧式であり、戦車戦を行えば容易に破壊されてしまうでしょう。

しかしドローンや砲撃により混乱した陣地に突撃すれば大きな戦果を期待できます。


なにより、戦車としての役割は十分に果たせます。重装甲の車両が損害覚悟で突っ込み、防衛線を突破して戦線を押し上げる。

これはできるのです。戦車として最も重要な仕事を、T-72はちゃんとできるのです。


T-72は東欧諸国から供与され、ウクライナ側の大規模な攻勢作戦に投入されてきました。

型式は様々で、強いT-72も弱いT-72もあれど、戦車としての仕事は果たしています。


T-72は軽い戦車です。ウクライナの泥濘に負けず、進むことが出来ます。

重たい欧米の戦車では、こうは行かないでしょう。強力かもしれませんが、ウクライナで戦車の仕事を果たせるかは別問題です。


対戦車ミサイル、ドローン、砲兵、地雷……たくさんの兵器に負け、吹き飛ばされたT-72ですが、攻勢作戦の主人公となった強い戦車でもあります。

今後も、少なくともしばらくは、T-72がウクライナの勢いを支えてくれることでしょう。


死屍累々なれど、彼女が道を切り開くのです。

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