最強の自動「やり投げ」 FGM-148ジャベリン

ジャベリンはアメリカで1991年に開発された、歩兵が携行できる対戦車ミサイルです。

対戦車ミサイル自体は第二次大戦後からはありふれていますが、開発当時のジャベリンには世界唯一の機能が付いていました。それは「撃ちっ放し能力」です。

ミサイル自体が目標を捉え、その目標に向かって勝手に誘導される……これは速度の遅い対戦車ミサイルにとって、素晴らしい機能でした。


対戦車ミサイルは、ミサイルの中では小型で貫通力が高いです。一方速度は遅く、マッハ0.6程度のものも多いです。旧式の対戦車ミサイルの中には、新幹線に追い抜かれてしまうものもあります。

なので、数キロの距離を進むだけでも時間がかかり、誘導を行う射手は長い時間リスクに晒されます。戦車砲弾はマッハ4〜6で飛んでくるので、敵前に姿を晒す時間は少ない方が良いのです。


しかし撃ちっ放し能力を持つジャベリンは、目標を捉えて射撃すれば、あとは自動で命中してくれます。誘導用のレーザーを照射することもないので、相手の警報装置も反応せず、射手はその場から逃げることができます。

おまけに、戦車の弱い上面の装甲に向かって飛んでいく「トップアタック」という攻撃方法が使えます。これにより、大きさと重さの制限から来る威力の低さを補うことができます。


例えば、ロシア軍主力戦車のT-72B3は正面が1000mmという厚い装甲に守られています(本当に1000mmあるわけではなく、基準となる鉄板1m分の硬さと言う意味です)。

対戦車ミサイルの方は、同時期にアメリカで開発されたTOW-2の貫通力が900mm、ロシアのコンクールスは800mm、少し時代は進みますが、ドイツとフランスが1998年に開発したHOT-3に至っては1250mmにもなります。

HOT-3は貫通しそうですが、他は難しそうですね。


ジャベリンは大きさと重さに強い制限があるので、600mmしかありません。でも薄い上面装甲に向かって飛べるので、十分なのです。T-72B3でも、上面は100~550mm(45°の角度をつけて見た場合)のところがほとんどになります。ほぼ確実にダメージを与えられそうです。

しかも貫通した場所の直線上には、だいたい弾薬庫があります。ロシア軍の戦車は車体の下に弾薬庫を置いているので、ジャベリンは非常に相性がいいんですね。


これだけ強力なのに、2kmの射程があります。戦車砲の射程は3kmですが、2km以内に入ってくるのをじっと待てばよいのです。見つからなければ、ほぼ確実に攻撃成功です。


もちろん弱点もあります。発射する前に戦車に見つかれば、確実な死が待っています。対戦車ミサイルの速度は遅く、射手を守る装甲は無いからです。

逃げ足も徒歩なので、最後の反撃を食らって相打ちということもあります。


人命は無理やりお金に換算すると大変高価であり、ジャベリンもまた高価です。数億円の戦車を破壊することはできますが、数円の銃弾にやられることもあります。

しっかりと偵察や事前攻撃をしてくる相手には、大変コストパフォーマンスの悪い兵器です。


ジャベリンは発射後に逃げることはできますが、発射まで時間がかかります。赤外線を捉えるミサイルの目は、よく冷やさなければいけないからです。

冷やすおかげでエンジンを切った車両も狙えますが、冷やすのに三分ほどかかります(昼の緊急時であれば、10秒でも大丈夫です)。冷やすためのバッテリーも無限ではなく、四分の間に射撃する必要があります。敵のスナイパーに頭を押さえられると、その間にバッテリー切れ、なんてこともあり得るわけです。


でもこれらは細かな欠点の話です。ジャベリン含めた対戦車ミサイルの弱点は、土地を取り返せないってことです。

奪われた土地を取り返すためには、動く必要があります。敵の防衛線を突破し、押し返さなければなりません。

ジャベリンは重く、徒歩では速く長く動けません。車両に乗れば見つかりやすく、ぐだぐだ展開している間に大きな被害を受けてしまいます。

防衛用であって、攻撃用ではないのです。


しかしロシア軍は上述の対策を怠りました。偵察は不十分、事前攻撃はほとんど無く、歩兵と連携せず、道路の上を分かりやすくぞろぞろと並んで進みました。わざと撤退して反撃を誘うこともしませんでした。

こうなればジャベリンの本領発揮です。複雑に入り組んだ街並みの中で身を潜め、戦車を一方的に狩ります。最高のコストパフォーマンスを見せつけ、ロシア軍を苦しめました。


ロシア軍は非常に素早く進撃しましたが、必ず莫大な損害を出し、たった数日で足を止めたのです。

これはジャベリンなくしては不可能だったでしょう。強い意志と勇気で立ち向かい、持っている兵器の力を存分に引き出したウクライナ軍は上手に戦争をしました。


これが、圧倒的格下であったはずのウクライナ軍の、伝説的な反撃の始まりです。ジャベリンは土地を取り返しませんが、ロシア軍による大包囲を諦めさせたのです。

ジャベリンはウクライナの半分以上の国土を、最も大事な首都を、ゼレンスキー大統領を、反撃の芽を、護ったのです。これが守りの兵器の威力だ。


どうでもいい話ですが、Google翻訳にかけると「やり投げ」と表記されます。やり投げはロシアの戦車を破壊しました。

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