20.混沌

「まずは貴殿からだ」

「あー........話し合いでどうにかその物騒な得物を収めて貰えないだろうか.....」

「それは1度殺してから考える。」

「それじゃ意味無いよね?」


この絶妙に話の通じない感じからして、相当キマっちゃってるんじゃないか?異世界ってこわいなあ〜。

俺は今周りで起こっている現象がなんなのかを知りたいだけなのに。

もしかして元凶コイツなのか..?


「覚悟しろ」

「ちょっ待った待った待った、一旦落ち着こうな?考えれば分かるだろ?ってうおっ」


ヒュンッ


耳元で空を切る音が聞こえる。

あっぶねー....

咄嗟に避けてなかったら完全に首チョンパされてたわ


「大丈夫かユカリっ!! っくそこの檻ビクともしねぇ!」


精巧に磨かれた格子はトレッドの馬鹿力を持ってしても破壊できないようだ。


「大丈夫だトレッド..死ぬかと思ったけど...」

「うむ....今の動きにも反応できるか....やはりお前が番人か」

「番人ってなんだよ....」

「あくまでもシラを切るんだな、全く厄介だ」


ヒュンッ

ストラップの力なのか、多少反射神経が良くなっていて斬撃をかろうじて目で追うことはできる。

しかし次々と襲いかかる斬撃、急いで距離をとろうにも、戦闘経験皆無の俺じゃあ斬撃を間一髪で回避するので精一杯だった。

そして槍のリーチが長いため、こちらからなにか攻撃をしようにも完全に間合いの外だ。


「反応速度は認めるが、攻撃の余裕が無い。この程度ならば、鎧も必要無いな、─守護石よ、串刺しにしろ サファイアバレット─」


「気をつけろ!魔法だ!!」

「なんだっ!?うっ」


騎士の鎧の一部から何かが飛び出した。

グサリと音がして腹部を見ると、鉱石の礫が刺さっていた。



なんじゃこりゃああああああ



その後焼けるような痛みが全身を襲い膝から崩れ落ちる。

体のあちこちに刺さった、青く輝く鉱石は、血を吸って徐々に赤黒く染まっていく。

そして意識が朦朧としてくる。だめだ、ここで意識を失ってはいけない。


「ユカリっ!?」

「さあ立て。番人ならばこの程度ではないはずだ。」

「【魔力障壁】」

「っ!?」


空色の騎士が喉元を掻き切ろうとした時、槍の切っ先に魔力障壁を設置して攻撃を防いだ。土壇場だったがなんとかスキルの発動に成功したようだ。

騎士が仰け反った一瞬の隙に痛みを押し殺して立ち上がり、自分の攻撃が入る間合いまで近付くと、騎士に思いっきり蹴りを食らわせた。


「うぉらっ!」


全然聞いていなさそうだったが、騎士は民家の花壇に倒れ込んだ。

そしてそのまま距離を取ろうとする。出来ればこのまま逃げてしまいたい。


「─串刺しにしろ サファイアバレット─」

「ぐっ..またか!【魔力障壁】!!」


飛んできた礫を魔力障壁で弾くと、サファイアの檻に閉じ込められたトレッドの方に向かう。トレッドと2対1なら騎士を何とかすることが出来るかもしれない。


「大丈夫かトレッド!」

「オレよりも自分の心配しろよ....見てるこっちが痛えよ。」

「俺はまだ動ける...この檻どうにかならないか..?」

「さっきから色々やってんだが無理だ。まじ硬ぇ」

「この檻を壊す方法は....?」

「オレにはわかんね......ユカリ!後ろだ!」


振り返るとちょうど目と鼻の先に槍が飛んできていて、コンマ0.01秒でそれを交わす。

槍はそのまま後ろの檻に弾かれて、天高く飛んで行った。


「聞き間違いかと思っていたが、まさかの無詠唱を使いこなしているとは。まったく.....興味深いな。」


次は何が来る...!?

俺が身構えると、騎士はこちらに走り出していた。

走りながら一瞬の動作で懐からナイフを取り出した。

次の攻撃は短いナイフを使った近接攻撃だ。

手元に注意しなくては...!


「視線で丸わかりだ」

「ごふっ...!!」

「ユカリいいいいいいいいい!?」


とても強い蹴りだった。

俺はそのまま100mほど吹っ飛ばされて、街を流れる川の中に落ちた。


「しまった。強く蹴りすぎた。」

「てめぇ!!ユカリに何しやがるっ!」


うがーっと唸るトレッドを横目に、空色の騎士はユカリが落ちた川の方へ走っていった。



「おい!待ちやがれ!! おい!.........クソッ!なんだってんだ!」


ユカリがアタマのおかしい奴と必死で戦ってるっていうのに、加護持ちのオレが魔法の檻に閉じ込められて、全く身動きが取れねぇなんて不甲斐ねぇにも程がある。

何とかしてこの檻を壊さねぇと.....


「...........ん?」


グシャガアアアアアアア


「なんっっだあのとんでもないバケモンは..........」



◆◆◆



あああー

どうしましょう



「たすけてくれぇぇぇぇぇぇ」

「きゃああああああ」

ガッシャーン!!



まずいですよねー

この子達、全然ぼくの言うこと聞いてくれないし、なんならぼくに襲いかかってくる子もいたり。

街中大パニックです。

ぼくもパニックです。


完全にやらかしてしまいました。



とりあえず始末しますか。

出てきたうちの何匹かはどこかに言ってしまいましたが、手当り次第面倒なことを起こす前に殺ってしまいましょう。


しょんぼり、後でご主人様に何と説明すれば....

ホタル、今から名誉挽回のため、本気出します。


「行きますよ、ずわずわ。」




◆◆◆



「はぁ........」

「うかない顔ね、どうしたの?」


「っ!?これはシャイン様、失礼いたしました。本日はどういったご要件ですか?」

「そこまで畏まらなくていいって言ってるじゃない。わたしとクラリーの仲でしょ?」

「はい、分かりました....」

「分かりました?」


そんな調子でギルドの看板娘クラリーを問いただしたのは、カウンターで肘をついて深紅の長髪をたなびかせるシャインと呼ばれる鎧姿の美女だった。


「.......分かったわ、これでいい?」

「ふふん、それでよし」



「わたしはこの手紙をマスターに届けに。はいこれ。」

「あ、どうも。渡してきます。」



「んで、そっちは何があったの??」

「それが.....水源調査の依頼なんだけど、誰も受けて貰えなくて。」

「水源って、鮮血の森にあるんでしょ?それは無理があるわね」

「最近、流れてくる水におかしなものを入れられている痕跡があって、今はまだ何も起こってないけど、このままにしておく訳には行かなくて...」

「トレッドには頼んだの?」

「ついさっきね、でも全く取り合ってくれなかったわ。無理なもんは無理だーって。」


「だからかぁ。ふーん」

「なにニヤニヤしてるんですか、かなり真剣な話なんですけど」



「おい、誰か、あ...アレを、何とかしてくれ!!」



昼前の1番ギルドが空いている時間帯。受付のカウンターで2人が立ち話をしていると、1人の若者が青い顔をしながらギルドに駆け込んできた。


外を見るとなんだか騒がしい。

嫌な予感がする。

「私、見てくる!」

「えっ、クラリー?」



クラリーはカウンターに休憩中の札を置くと、ギルドを出ていってしまった。


「どうなさいましたか?」


他の受付嬢が若者の対応をする。


「魔物が、街に、突然現れて...」

「魔物.......」

「えっ、街中に魔物ってどういうこと?」

「マスター呼んできます!」



しばらくすると、ギルドの奥からマスターが出てきた。


「バーミリオン殿、いらっしゃったのですか」

「ご無沙汰しております」

「何があったんだ」

「どうやら街の中に魔物が表れたようで」

「魔物だと? 外の喧騒はそれが原因か。どのような魔物だ」

「そ、、、それが、何体も、中にはとてもおおきくて、ううぅ、、」

「えっ!?クラリーが危ない!!」

「クラリー?クラリーはいないのか?」

「先程飛び出していきました....」

「こんな非常事態だと言うのに....一体何を考えているんだ......」

「わたしも行ってくる...!!」

「シャイン様!?危険です!ここで待機を...!」

「わたしは大丈夫だから!」


「バーミリオン殿であれば大丈夫だろう、わしらも早く準備するぞ。そいつは介抱してやれ」

「かしこまりました」

「ギルドに残ってる連中は全員強制参加だ!!街の魔物を掃討してやれえええええええ!!」




◆◆◆




「はぁ、はぁ、はぁ」


若者のあの表情、ただ事じゃなかった。

そう感じたクラリーは、脊髄反射でギルドを飛び出し、街の人達が逃げるように走ってくる道を逆流して登っていく。


「そ.....そんな.....」


グルルルルルルルルル


そこで待っていたのは、巨大な狼だった。

全長は5mほどあり、真っ黒な体からは紫の禍々しいオーラが溶けだしていた。

それは静かにうなりながら辺りを観察している。


「ありえないわ.....こんなこと」


グル?


ギロリと赤い目が動いたかと思うと、クラリーの方を見て止まった。

目が合った。

あの巨大な黒い体、血のようにどす黒い赤い目。

間違いない。あれは歩く厄災、カオスフェンリルだ...!!

ギルドの魔物評価基準では、推定Aの上位の魔物。

この大きさならもしかするとそれ以上も.....


「そこの姉ちゃん!逃げろ!」

「きゃあ!?」


ズドンッ

ものすごい衝撃波がクラリーを襲う。





.....あれ?


.....でも痛くない?



「何とか....まにあったね」

「シャイン!?」


見上げると、そこにはカオスフェンリルの爪撃を剣で受け止めるシャインの姿があった。



「見ろ!聖騎士様がきてくれたぞ!」

「おお!聖騎士様が来てくれたなら安心だ!」

「聖騎士様?だれなんだそれは?」

「おまっ、知らねえのか?」



「よっ....と」


暖かい光が辺りを包み込んだかと思うと、カオスフェンリルは苦しそうに雄叫びをあげ、後ろにステップした。



「領主の娘にしてこの街最強の剣士。その美貌と才能で16歳の時に、鮮血の森進行部隊の騎士長を勤め

て前線を大きく押し上げた事が評価され、赤の王から聖騎士爵を賜った天才だぞ???」



「よかった。きみ、闇属性でしょ、ならわたし、やっちゃうよ」


シャインの持っている剣が白く輝き出す。

カオスフェンリルがその光に反応して、体を揺すると、カオスフェンリルの周りに禍々しい霧が現れ、霧はいくつもの棘に変形してシャインを襲う。


「ほっ、よっと、あっ、ふぅ」


それをシャインは華麗なステップで交わしていく。

続いてカオスフェンリルがシャインに飛びついて接近に持ちかけるも軽くあしらわれてしまう。


「こんぐらいかな」

「強い...強すぎる....あんなバケモンと互角に戦ってやがる...」

「そりゃあ....だってなぁ....」


「いくよ」


次の瞬間シャインが繰り出したのは、凄まじい連撃だった。

10、30、50と、輝く細剣がカオスフェンリルの体に突き刺していく。


「ほーい、これが私の聖剣100連突き、ふふん」



キャイイイイイイイン


全身串刺しにされたカオスフェンリルは、なすすべなく倒れ、黒い霧となって消えた。




「うおおおおおおおお」

「さすが聖騎士様だ!!」

「彼女が街の連中の希望の光、シャイン・バーミリオン聖騎士爵様だからな!」





◆◆◆





─封印の祠にて─


ギャオオオオオオオオオ.....


微かに香る芳醇な血の匂いに誘われて、1匹の魔物、ブラッディグリフォンが祠の中に忍び込んでいた。


グギャ!?


グゲラァァ!!ゴアぁ? うぐぎ、gyall....


再び静寂が訪れると、石碑の前には大量の血液だけが残っていた。

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