19.困惑

「...っ!」


夜の街で突然の眠気に襲われ、そのまま意識を失ってから、体感ではほんの一瞬、再び意識が覚醒して目を覚ますと、宿屋の質素な木製の天井が視界に入った。

体には暖かい毛布がかかっていて、背中に低反発のやわらかいベッドの感触がする。寝返りを打とうと、体を横に倒すと、目の前に銀髪美少女の顔面がスライドインしてきた。

............近くない?

その距離僅か10cm。お互いの息がかかるほどの至近距離でホタルの顔が鎮座していた。ホタルは すぴー と気持ちよさそうな寝息をたてているが、そもそもこの子、なんで俺のベッドに潜り混んでるんだ?俺とホタルで別々のベッドが用意されていたはずなんだけどな。細くしなやかな銀の髪から爽やかな甘い香りが漂ってくる。

にしてもこれは気まずい。なんだかんだでホタルとは数日間行動を共にしてはいるものの、まだお互いに日が浅い。同じ時間をループしていると思われる俺はともかく、ホタルの方からすれば、俺と過ごした時間は2日程度に過ぎない。ちょっと無防備過ぎるんじゃないか?



ホタルのおかげで狭くなったベッドから、のそのそと起き上がる。体に少し倦怠感を覚えて、肩と腰を回しながら、頭を整理させる。


部屋の中は、小さな窓から朝日が差し込みほんのりと明るくなっていた。十字に組まれた窓枠に、分厚いガラスがはめ込まれた窓は、白く曇っていて外の様子を見ることは出来ない。

鮮血の街に滞在して4日目の朝が来たようだ。

夜中に街で倒れて気を失ったはずの俺は、何故か宿屋のベッドで目が覚めた。俺のいた場所が勝手に移動している。

これもタイムスリップと関係性があるのだろうか?それとも何者かがここに俺を運びこんだのかだろうか...。


ベッドから離れて、ホタルに毛布をかけ直してからうーん、と背伸びをする。

【ウォーター】で水が注がれたコップを生成しながら、簡素なイスに腰掛けて、ぼーっと水を飲む。



夜の街で襲ってきた鎧の男の姿は見当たらない。

鎧の男。恐らく3日前の昼に、食事処で金髪金眼の青年に吹っ飛ばされてホタルにげんこつをくらった空色の騎士(仮)だと思う。

あの日以降、ループする2日間のあいだに、唯一起こらなかったイベントで、姿を見せることも無かった、イレギュラーな存在の彼ら。俺の中でずっと引っかかっていた人物の1人が、ここに来て姿を表した。彼なら、タイムスリップする現象について何か知っているかもしれない。

まずは街の中にいるはずの彼を探し出して、なんとか話を聞けないだろうか。

そしてループする現状から抜け出さなけだす方法を見つけなければ。



─ゴーン─


鐘の音が聞こえてくる。

鐘は朝と昼と夕方と夜の4回、6時間おき鳴る。今は朝の鐘のなので、午前6時ぐらいだろうか。朝の鐘は初めて聞いたな。


「......んぅ....おはようございます、ご主人様。」


鐘の音で目をさましたホタルが、眠そうに目を擦って言った。


「おはよう」

「ご主人様は朝が早いのですね」


にへっと笑うホタル。

ホタルにとっては最初の朝、俺がホタルより早く起きていれば当然の反応だろう。

実際は、昨日までの三日間はホタルが先に起きて、頃合いをみて俺を起こしくれていた。今日はたまたま早く起きれただけだ。

しかし三日間の出来事を目の前のホタルは覚えていない。

ホタルとともに過ごした三日間は、俺の中にしか存在しない。時間という空虚な溝が作り出した2人の僅かな温度の違いに違和感を感じさせる。


何も知らずに純粋な笑顔を浮かべるホタルを見て、今日も1日頑張らないとなぁ、と静かに心の底で決心したのだった。


「たまたま早く起きただけだ。

それとホタル、寝癖がついてる」

「え....、っ!?失礼しました!今治してきますね!」


顔を真っ赤にしてあわあわと洗面所に向かうホタル。そこまで慌てなくても....寝起きなんだから寝癖ぐらいつくのは当たり前だし、と思いながらも、本人のやりたいようにやらせる。見守りモードでホタルに様子を観察する。

ホタルは頭のてっぺんに生えたアホ毛を、なんとか治そうと四苦八苦している。しかし、水をつけて髪を慣らしても手を話すとぴょこんと、戻ってしまう。どうしよう〜、なんて言いながら、頭をぽんぽん叩いて、焦っていた。




◆◆◆




「ホタル、予定を変更させてくれないか?急遽用事が出来たんだ。観光は明日にしたい」


宿屋に併設された食堂で、特製サンドイッチを片手に今日の予定について話す。

ブラッディボア定食(日替わり)は肉の味が濃く、このまま食べ続けたら飽きてしまいそうだったので、今日は趣向を変えて手軽なサンドイッチを頼んでみた。


「私は構いませんが、何をされるのですか?」

「人探しをしようと思ってな。」

「.....人探しですか?」

「そうだ。この街にいる空色の鎧を着た騎士を探したいんだ。」

「青色の鎧....と言いますと、ミスリル製の鎧でしょうか...?それほどの高級品を身につけているとなると、とても身分の高い御方か、凄腕の冒険者ですかね....。他にはなにかありますか?」

「う〜ん....あとは、若い男だったかな...?誰かさんがゲンコツで鎧を粉砕した時に見たから....確か青髪だったな。それ以外は分からないな。」

「それだけ分かれば十分です!これを食べたら、早速探しに行きましょう!」


「ああそうだな、二手に分かれて捜索しよう。」



「えっ...」


「......ん?」


ホタルの透き通った紫紺の瞳が、激しく揺れた気がした。



◆◆◆



「空色の鎧を着た凄腕冒険者ですか....少々お待ち下さい」


そう言うとギルドの受付嬢は、後ろの資料棚の方へ歩いていった。


ホタルと別れ、別々の場所を捜索する事になった俺は今、冒険者ギルドにやって来ている。

もし空色の騎士が冒険者なら、ギルドで聞けば1発で分かる。

あとは個別に依頼をしたいなどと適当な理由をつけて呼び出せば、彼とコンタクトが取れるはずだ。


「残念ながらそのような冒険者がこの街に来ているという情報はありませんでした。」

「そうか....ありがとう」


どうやら冒険者では無かったようだ。


「今後そのような情報が届きましたら、連絡させて頂きます。」

「分かった、俺は中央道り沿いの宿屋に泊まってるから、何かあったら頼む。」

「かしこまりました」


受付嬢に宿の場所を教えて、カウンターを離れる。


冒険者でないとすると、あとは貴族街の方だな。

貴族街にはホタルが向かっているので、俺はこの辺りを探し回るしか無さそうだな.....


「だーかーら!その依頼は受けたくねぇって言ってんだヨッ」


ドンッと机を叩くような音に驚いて振り返ると、一番端のカウンターで、金髪の青年と受付嬢が言い争っているのが見えた。


「ん....?あれは...」


金髪、見覚えがある。


「おーねーがーいー!この依頼が受けられるのはアナタぐらいしか居ないのよ!」

「いくらオレでもそれは無理だ!命がいくつあっても足りねぇって。」

「1度でいいから!この街のためだと思って行ってきて!トレッドお願い!」

「お願いされても無理なもんは無理だっつーの。あの森に1度入ったら出てこれねぇよ。そんなに緊急なら、他所から呼んで来ればいいだろ!?」

「それじゃあとても時間がかかるのよ...最近は通信魔道具の調子も悪いみたいだし、他のギルドから強い冒険者が来てくれるまで待ってられないの....」

「大変なのは分かった。でもオレには荷が重すぎる。悪ぃが他を当たってくれ」

「そこをなんとか...!!」


「うぐぐ...しつこい奴だな.......... そうだ!そこのオマエ!!」


あの金髪、やっぱりあの時のやつだよなぁ...

遠巻きにチラチラと2人を観察していたら、金髪の青年トレッドに獅子のような金眼で覗かれてしまった。


「あっ....俺?」

「そう!オマエ!!」


「貴方は...?」

「丁度いいところにいるな!たしかオマエ、空色の騎士っていう変なやつを探してんだろ?」

「何故それを知っているんだ?」

「さっきそこで話しているのを盗み聞きさせて貰ったからな!」

「堂々と言い放つんだな..」

「おう!それでよ、オレも手伝ってやるよ。その騎士探し」

「ちょっと、まだ話は終わってないんだけど」

「え?手伝う?まじで...?」

「マジマジ!困った時はお互い様だろ?」

「私も困ってるんですけど!」

「それにオレも、空色っていうワードにピンと来ちまったわけよ。」

「心当たりがあるのか?」


「そうだ!心当たりがある!だから着いてこい兄弟!」

「ちょっと...!!どこ行くのよ!」

「ってことでクラリー、オレはこれから人助けをしなくちゃいけねぇから、またな!」

「えっ!依頼は!?ねえ...!」


もうっ..!と頬を膨らませて怒る受付嬢のクラリーを尻目に、金髪の青年トレッドはスタスタとギルドを出ていってしまった。




「おい、良かったのか?」

「あぁ?別に良いんだよ、アイツとは長い付き合いだしな」

「やけに親しげだったな」

「そうかぁ?別に仲が良いわけじゃねーよ?ただの幼馴染っつーかなんつーか.....親同士が仕事柄たまに顔を合わせる立場だから、会いたくなくても会わなきゃいけねぇっていう....腐れ縁みたいなヤツなんだよな」



そう言って眉をひそめながら空を見上げるトレッド。

身長は俺より少し低いか、同じくらいで、金色の短髪を風に揺らし、二本のギザギザした触覚が垂れ下がっている。赤を貴重とした軽装の鎧を身につけていて、白のアソートカラーと、金がアクセントになっている。緑の石がはめ込まれた茶色の手袋と、青い石がはめ込まれた茶色のブーツ。

背中には、大きな白い大剣を背負っている。


「ああすまねぇ、自己紹介がまだだったな。オレはトレッドだ、よろしくナ!」


にひっ、っと無邪気に笑う彼の姿には、野性的な出で立ちとは対照的にどこか気品があり、育ちの良さを感じた。


「よろしくトレッド。俺はよすが・ゆかりだ」



◆◆◆



ぼくは今、少しだけへこんでいます。


なんとあのご主人様に別行動しようと言われてしまいました。


ご主人様のおとなりを片時も離れることなくいついかなる時もお守りするという使命があるのにも関わらず、ぼくはただいま単独で人探しをしているのです。



あぁ、ご主人様は今頃何をしていらっしゃるのでしょうか.....



はっ....!!!



もしかして、ご主人様はぼくのことを遠ざけたかったんじゃないでしょうか...!?


ぼく.....嫌われてるのかな?


使命を受けて2日目、早くもクビの危機!?


こうしちゃいられない!1秒でも早く彼の男を見つけて、ご主人様に見直してもらわなければ....!!



「そうと決まれば人海戦術です!!【守護神獣降臨魔法ガーディアンズゲート】」



ゴゴゴゴゴゴ...!!



これでよしと。

おや、僕の子猫ちゃん達が出てきましたね。



ギャアオオオオオオオオ

グシャガアアアアアアア

グルルルルルルルルルル

キエエエエエエエエエン

ぶくぶくぶくぶくぶくぶ



あ....あれ...?こんなのでしたっけ...?

おかしいですね、もっとこう、可愛くて..間違ってもこんなおぞましいものが出てくるはずないんですけど....

どうしたんでしょう




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!魔物だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「助けてくれええええ」

「え何何何何何何何何なにあれ!?」

「うわぁぁぁごっふぁ...!!」




召喚した守護獣達が街の人々を襲い始めてしまいました。


.....あっ


よく考えたらが全く溜まっていなかった.....



「もしかして....失敗しちゃった....??」




◆◆◆



「ところで、さっき言ってたピンと来たってやつ、一体なんのことなんだ?」


「あぁ、その事だがなぁ.........これだ!」


トレッドは腰に着けた小さなバッグから、ごそごそと何かを取り出して見せる。

トレッドの手に握られているそれは綺麗な青色の人形のようなものだった。

よく見ると精巧な模様が刻まれていて、手や布の形や質感までもがよく再現されている。

しかし何故か顔だけは横に潰れていて、耳がとんがり、顔がねじ曲がっていた。

そういうものなのだろうか。


「......なんだこれ?」

「なんだと思う?」


「......ケツに挟むy」

「ちげぇよ!!意味わかんねぇよ!!」

「....なんかの人形か?」

「そうだよな!そう見えるよな!だがな.....実はオレもこれがなんだか分かってねぇんだよな」

「じゃあなんで聞いたんだよ」

「でもこの人形、ユカリの言う空色の騎士となんか関係あると思うんだよなー、青いし。」

「んまぁ、確かに同じような色をしていたような....? トレッドは空色の騎士について何か知らないのか?」

「.....なんも知らねぇ。ただ、なんか引っかかるんだよなー、なんかこう、どばばばばーっときて、ガツーンとやって、ごちーんときたような..?」

「すまん全然分からない」



─俺の最高傑作を理解できないとはとても残念だな。時代が俺についてきていないようだ─



「....ん?トレッドなんか言ったか?」

「あ?オレじゃねえぞ?」

「所詮は凡人、ただの小細工に易々とひっかかる。」

「「っ!?」」


突然、俺たちの背後にゾッとするほどの殺気。


「─我が土の守護石よ、大地の恵より彼の者を閉じ込めよ、サファイアジェイル─」


振り向くとそこには1人の青年が立っていた。

そして魔法の詠唱が終わると同時に、トレッドの手に持っていた人形が変形し触手のように伸び、トレッドを丸呑みにした。

そして半透明な青色の球体になったところで、変形が止まった。


「んだこれっ!!クソ硬ぇ...!!」

「壊そうしても無駄だ。それはお前でも簡単に壊せぬよう、特大の魔力を練って作った特製の檻だ」

「いきなり何しやがるっ!!」

「お前をどうにかしようとするつもりはない。用があるのはそっちの男だ。黙って見ていろ。」


「なんだよ急に....怖いぞ....?」





「まずは貴殿からだ。」



そう言うと目の前騎士は、鋭い槍をこちらに向けて、喉笛を狙うように構えた。


空色の騎士、案外簡単に見つかった。


そして俺、ピンチ。

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