18.違和

次の日────



「ご主人様ー....あさですよー

.........おきてくださーーい......

もしかしてご主人様....朝は弱いんですかね......なかなか起きない........

まあそんなところも.......」

「またかホタル」

「はぅ!?」


目を覚ました俺は、目の前に迫るホタルの頭をがしっとつかんだ。初めて触れた彼女の髪は、ふわふわとしていて気持ちがいいなぁ、と思ってしまったが、心頭滅却。これはただの細胞だ。頭皮で生成された細胞の死骸なんだ。そんな物が気持ちいいはずが無い、細胞の死骸に触れても気持ちいいのは、カナタのサラサラな茶髪だけだ。そう自分に言い聞かせて、真顔で言った。


「おはよう」

「お...おはようございますご主人さま.....」

「朝から元気だな。」

「はい!暖かいベッドで寝られて心も体もスッキリです!」

「そりゃ良かった。」

「はい!」

「それとホタル」

「なんですか?」


「近い。」

「近い??」

「お前が俺にまたがってるのはなんでなんだ。そして近い」

「むぐぅ、それはもちろん、ご主人様の美しい寝顔をお守りする為ですよ。」

「それ昨日も聞いたっての。

どいてくれ、顔を洗ってくる。」


「かしこまりましたー.....っと。」


一瞬ホタルが 、昨日...?と首を傾げたように見えたが、すぐに気を取り直してベッドから降りるホタル。

外から爽やかな光がさしていて、窓の縁に置かれた透明な花瓶が、まるで海の中に居るようにまだらな光の模様を床に作り出していた。




1階に降りて、朝食を食べるため食堂へ向かった。日替わりのブラッディボア定食を頼む。


昨日も、同じものを食べた気がするな....

日替わりメニューって書いてあったけど、3日おきぐらいに変わるものなのかもしれない。毎日メニューを変えるのは大変だろうからな。見たところ文明のレベルも低いようだし、食材の仕入れも俺がいた世界よりかは不便になっているのかもしれない。


周囲を見渡してみると、武器の手入れをするスキンヘッドのオッサンがい居たり、魔法の道具っぽい何かをいじくる女の人居たりする。今日の朝刊を読んでいるおじさんや、スマホを触る若者等は見かけられず、そこからも現代の日本とは全く違う場所に来てしまったことが伺える。


「ご主人様、どうかなさいました...?」

「あぁ...いや、なんだか新鮮だなぁと思ってさ。」

「新鮮ですか?ご主人様にとっては珍しい光景なのでしょうか?」

「そりゃそうだろ、あんなでかい剣、人前でなんか出してみろ、銃刀法違反で捕まるぞ普通。」

「とても物騒な世界なのですね」

「逆だよ逆」

「えっ」

「えっ、ってなんだよ。」

「武器が出せなければどのように魔物と戦うのですか....?まさか、ご主人様の居た世界の人々は素手で魔物を皆殺しにできるほどの......」

「まてまてまて、逆だっつてんだろ、平和なんだよ、平和。魔物もいない。戦争もない。そういう世界だ。」

「そのような世界があるのですか....それはまた、僕の常識の及ばない未知の世界ですね...」

「俺にとってはこっちの世界の方がよっぽど非常識だよ、くだらないことで殴り合いの乱闘騒ぎになったり、突然店の壁が吹っ飛ばされたり。

あぁそういえば、ホタルはこっちの世界のことは詳しいけど、俺のいた世界のことは全く知らないんだな。蛍石の中に入ってたなら、それなりに日本のこと知っててもいいと思ったんだが。」

「記憶が全く無いわけではないのですが、ほとんど覚えていないのです、その理由は僕にも分かりません。」

「なるほどなぁ」


まだ分からないことはたくさんある。それをこれから少しずつ解明できればいいんだけどなぁ、と思いながら、ぱさぱさしたパンにかじりついた。



昨日のホタルげんこつ事件があった後、俺達は街の大通りで買い物をして宿に帰った。

そして今日は、図書館で魔法について勉強しようと思っている。

魔法、それは男のロマン。俺も中学2年生の頃はものすごく憧れたなぁ。左手から炎を出し、右手に漆黒の剣を持って敵と戦いたい。そんな幼き日の夢が叶うかもしれないと思った途端、心の奥にしまい込んでいた少年魂に火がついたのだ。

俺の使っていた変なスキル達は魔法と呼ぶには少し違う物だと思っている。第一スキルだし。効果も魔法っぽく無くて、どちらかと言えばお役立ち機能、って感じだし。しかし、魔力を使うあたりは、魔法と似ているよなあ。



「今日はこれから...」


図書館に行こう、と言おうとした時、ホタルが妙な事を言い出した。


「観光ですよね!観光!僕がご案内致します!」


目を輝かせて言うホタル。予想外なことを言うホタルに目を丸くする俺。


「....ん?観光?」


観光は昨日したよな...?なんでまた観光?ホタルはそんなに観光が気に入ったのか?


「はい!観光です!昨夜、ご主人様が明日街を観光しようと仰ったじゃありませんか」


どうやら昨日、俺の方からまた観光に行こうと言い出したらしい。そんなこと言っただろうか...?


「そうだったか....?」

「覚えて無いのですか?この世界をもっとよく知るため、街を見て回りたいと。」

「あぁ、確かに言ったな。」

確かに言った。一昨日。


「ならば、早速船着場へ参りましょう。」


うぅん。これは何かおかしいな。

どうも話が噛み合ってないが、その原因がなんなのかも分からない。取り敢えず俺は、ホタルに言われるがまま船着場へ向かった。

どうせ図書館には行くだろうし、ついでにホタルの観光にも付き合ってやればいいか。その中で謎の食い違いを修正していけばいい。そんなことを考えていた。



◆◆◆



「ありました!船着場です!」



船着場につくと、船頭らしきおじさんが話しかけてきた。



「舟を頼みに来たようだね。乗客は2人でいいかい?」




「なんだ、昨日のおっちゃんじゃねーか。」

「んん?兄ちゃんのことは知らねえな。すまんが人違いじゃあないか?」

「いや、そんなことは無いと思うのだが、昨日アイス食っただろ?」

「アイスってなんだ?うめぇのか?」

「えぇまじかおっちゃん...もうボケてきてんのか...?」

「まだボケとらんわ!ほんとに知らねえんだよ!んで!どこまで乗るんだ?」

「あぁ.....2人でプルシャン公園まで頼む。」





舟にのんびりと揺られ、ホタルは流れる景色を堪能していた。

暖かい日差しが心地よく、時々吹き抜ける風が涼しくて非常に快適であったのだが、俺は今日起きてからのことに、少し違和感を感じていた。

昨日、目当ての観光地は全てまわったはずなのに、もう一度観光に行こうと言い出すホタル。

そして先程、昨日のアイスの1件をすっかり忘れていたおっちゃん。おっちゃんは俺と初対面だったのだ。

勘違いかもしれないけれど、これはまるで、昨日のことをそのままなぞらえているようだった。

そう考えると、朝のホタルの挙動や、2日連続同じメニューの日替わり定食なんかも、怪しく思えてくる。

つまりこれは、俺がタイムスリップをしているかもしれない、ということだ。


「なあホタル」

「なんですか?まさかひざまくr」

「違うわボケ」

「うぐっ」

頭をがしっと掴まれたホタルは、上目使いで聞いてくる。

「ではなんでしょうか...?」

「昨日、何したっけ?」

「昨日と言っても、色々ありましたよね?何と言われましても....」

「昨日の俺とホタルの行動を、順を追って答えて欲しい。」

「...ご主人様に何かお考えがあるのですね、分かりました。

そうですね、昨日は確か、熊に襲われていたご主人様をお助けして...」

「もういい、ありがとう」


うん。これはほとんどアタリと言っても過言ではないな。昨日のことがすっぽり抜けてる。少し悲しいけど、認めるしかないようだ。


「早くないですか!?それだけで良いのですか?」

「あぁ良い、ありがとな」


そう言って、ホタルの頭を撫でる。


「なはぁ!?」



船を降り、船頭のおっちゃんにお代と、アイスをあげた。


「なぁこれ、銅貨2枚払うからもう1つくれないか?もっと食べてえ」


やっぱり言動が同じだ。


「そうなのか....!?それじゃあ仕方ねーな!また船を利用する時は言ってくれや!安くしとくぜ」


同じ行動をとると、昨日とほとんど同じような言葉が帰ってくる。


「まいどありー!」


だとしたら、昼過ぎの定食屋での事件も、同じように起きるかもしれない。偶然性が高い出来事なだけに、それが起きれば俺がタイムスリップしていたという推理は、さらに現実味がおびてくる。




それから、昨日と同じ順路で観光して図書館でも調べものをしたあと、例の定食屋「トレントのいぶくろ」へ足を運んだ。


なるべく同じ時間帯に来るようしたが、まだ事件は起きていないようだった。てか、壁治ってるし。

まるで昨日のことが起きてないみたいだ。

やっぱり、タイムスリップ説は正しいかもしれない。

と思っていたのだが。



「.....来ないな」

「モグモグ....どうしたんですかご主人様?料理なら全部来ていると思いますが」

「いいや...そっちじゃなくてな.....まぁ、いっか」

「今日のご主人様は、昨日とは様子が違いますね...?」

「そ..そうか?そんなことはないとおもうぞ?そんなことはあるとすれば....そうだな、俺はトマトがあまり好きじゃないんだよ、だからこのサラダにトマトが入ってて少し焦ってただけだな。」

「そうだったのですか...!気付くことが出来ず申し訳ありませんでした.....今すぐサラダからトマトの存在を抹消しますね!」

ホタルがトマトに向かって手を広げると、バチバチと何らかのエネルギーが集結する。

「待て待て待て!別に謝る必要もないから!そして早まるな!ここで魔法を使うなよ!」

「食べます!パクッ」




タイムスリップのことはホタルに言っても良いのだが、なにせ自分でも考えがまとまってないからな、もう少し、状況が整理できたら話そう。



結局、壁が破られることはなかった

もうとっくに時間は過ぎているはずなのに、事件は起きなかったのだ。

タイムスリップというのはただの俺の勘違いだったのだろうか...?となると昨日の1日はどうなる。

俺の妄想、もしくは夢だったのか?

あの後もう一度、ホタルに昨日の行動を聞いたのだが、ホタルは一昨日の出来事を口にする。

どうしても腑に落ちない部分があるな。

2時間粘っては見たものの、例の2人が壁を突き破って姿を表すことは無かった。

ホタルに怪しまれないように2時間も定食屋で暇を潰すのは、なかなか大変だったんだけどなぁ。



◆◆◆


そして不安のまま迎えた翌日。────



「ご主人様ー....あさですよー

.........おきてくださーー」


「起きてる」

「わふっ!?」


「ホタル、俺の嫌いな野菜がわかるか?」

「ご主人様の嫌いな野菜...?........ナタスゴスですか?」

「なんだよそれ。」



正解はトマトだ。ホタルは昨日定食屋で話した内容を覚えていないのだろうか。


鮮血の街滞在3日目。どうやらまた、時間が巻き戻っているようだった。

今日も1日、同じように街を観光する。

日替わり定食は相変わらずブラッディボア定食のままで、船頭のおっちゃんとは3度目の初対面をして、図書館で調べ物をする。

そして時計塔に寄り、昼過ぎに店で食事をとって、買い物をして帰る。

何も収穫がないまま夜になってしまった。



タイムスリップの原因は分からないが、どのタイミングで時間が巻きもどるのかを調べるために、今日は徹夜をすることにした。


ホタルが寝息を立て始めた頃、俺は部屋を出て街の探索に出かけた。


夜の街は昼の賑わいが嘘のように静まり返りとてもしんみりしている。明るいうちは大都市のように栄えていても、ここは辺境の街、暗くなれば人々は眠りにつき、山奥の農村のような静寂が訪れる。時々虫の鳴き声が聞こえてきて、家の明かりは数える程しか無い。辺りは真っ暗だ。月の微かな明かりを頼りに、人気ひとけの無い街を歩いていた。



──ゴーン──



深夜の0時頃だろうか、時計塔から鐘の音が聞こえてきた。深く、重厚で静かな音色は、人々を眠りに誘う。



──ゴーン──



数える程だった家の明かりが、ぽつ、ぽつ、と消えていく。 ん...?なんだか俺も、眠くなってきた...



──ゴーン──



足音が近づいてくる。誰だ?暗くてよく見えないな。そして眠い、すげー眠い。



──ゴーン──



足音が消えた。次の瞬間、目の前に感じる強烈な殺気。何かが攻撃をしてくる。そう思った俺は、咄嗟に何かを避けた。



──ゴーン──


未だ消えない殺気、次々に殺気の塊が押し寄せてくる。視界が効かない中、感覚だけで体を動かす。



──ゴーン──


避ける避ける避ける。一旦距離をとるが、すぐに距離を詰められ、また避ける。避ける。



──ゴーン──



避ける避ける避ける。避ける。すぐ傍で空気を切るような音がする。にしてもよく避けられてるな俺。そしてすごく眠い。と思いながら避ける。



──ゴーン──



「....お前、誰だ?」

このままでは拉致があかないと考えた俺は避けながら人影に尋ねる。



──ゴーン──



無言。相手は何も言わなかった。

やばい、なんか頭がフワフワし始めた.....



──ゴーン──


バタッ

もう眠すぎて無理....

力が入らなくなった体を無理矢理動かして頭を上げ、目の前に迫る殺気を睨む。



──ゴーン──



一瞬、目の前の人影に月明かりがさし、水色に輝く鎧がキラリと光った。その姿は、見覚えがあった。



──ゴーン──



「まさか......この前の.....」


バタッっと、目の前で人が倒れる音が聞こえたのと同時に、俺の意識も途切れた。

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