17.人形
「喧嘩はご主人様のいない場所でやってください!」
ぷんすかと怒って言うホタルだったが、当の本人達は気絶していて話を聞いていない。
「いいですか、次、ご主人様の前でこのような危ないことをしたら、げんこつでは済みませんからね。覚悟してくださいね。」
「....はぃ」
仲裁に入ったはずのオッサンが、何故かホタルの忠告を聞かされていた。
違うホタル、そっちじゃない。
それとオッサンも返事しなくて良いから。
「僕からは以上です。」
それだけ言うと、ホタルは満足したのか、スッキリした顔でこちらに歩いてきた。
「失礼致しましたご主人様。お食事が冷めてしまいますね。」
「あ...あぁ....」
ホタルに言われるまま席に座って、俺が恐る恐る食べ始めると、ホタルもちょこんと椅子に座り、上品にサンドイッチを食べ出した。
その後、駆けつけた衛兵達が、気絶した2人を運んでいった。そして事態を把握するため店にいた人々に話を聞いて回っている。
当然彼らの仲裁に入ってげんこつ1つでその場を収めてしまった
こんなことになるなら、穴の空いた店内で呑気に食事なんかとってないで早く出ていくべきだった。
おかげでめちゃくちゃ怪しまれてしまった。
「ご協力、ありがとうございました。」
「あぁ、お勤めご苦労様で....」
衛兵に挨拶を済ませようとした時ふと、昨日ホタルが街に落としたワイバーン(?)のことが気になった。
畑の方に落ちたと門番が言っていたが、怪我人は出ていないだろうか。
「すいません、昨日のドラゴンはどうなったのか知らないか?」
「ドラゴン?なんのことですか?」
「畑の方に落ちたって聞いたんだが、ドラゴンじゃなくてワイバーンだったか?」
「申し訳ありませんが、そのような話は聞いておりません。」
「そうだったか。」
うん。これは...
もしかしたらワイバーンが落ちることは、そんなに珍しくないのかもしれない。それなら街の衛兵に話が伝わって居なくてもおかしくない。
もしくはその反対で、一般市民に話してはいけないような極秘情報だったのかもしれない。街の混乱を防ぐため、と言ったところか。
どちらにせよ、これ以上聞くのは野暮だな。
そう思って、俺たちは店を後にした。
◆◆◆
「すまなかった。迷惑をかけてしまって本当にすまない。店の修理代とトレッドの治癒魔法代は弁償する。これぐらいで足りるだろうか?」
深く頭を下げて、衛兵達にピシッと礼をすると、ドサッ、とセレストは金貨が大量に入った袋を2つ、机に置いた。
部屋にいた衛兵たちは皆、袋を見て驚いている。訝しげな目でセレストを睨んでいた衛兵たちは、セレストの素直な謝罪と大量の金貨を見て、穏やかな表情に変わったのであった。
「ず...随分と素直じゃないか。青年。こんな大量の金貨、どこで手に入れた。お前は何者だ。」
「俺はセレストだ。その金貨は俺がこの手で、真っ当に働いて稼いだ金だ。受け取るといい。」
「そうか....。しかしな、いきなりトレッドに襲い掛かるなんて、命がいくつあっても足りないんじゃないか?なんで喧嘩なんかふっかけたんだ。」
「なんだ?貴殿はトレッドを知っているのか?」
「知ってるも何も、トレッドは街のちょっとした有名人だぞ?街のCランク冒険者でさえ手も足も出ねぇっていう、化け物じみた怪力の持ち主だぞ?俺も以前、酒に酔った勢いで偶然居合わせたトレッドに殴りかかったら、危うく殺されるところだったぜ。」
「それは貴殿が悪いのでは....」
「まあそうやって、街のやつは誰もトレッドには逆らえなくなるんだが、それを知らないとなると、お前さんはよそ者か?」
「そうだ。俺はキーレグリムから来た。確か街に入る時も、門でそのような事を話したはずだ。」
「首都からきたのか、それはご苦労なことだな。後で確認しておく。しかし、なんのためにこんな辺境の街に来たんだ?」
「観光だ、休暇を貰って時計塔を拝見しに来た。しかしあの時計塔は、とても不思議な存在感があるな。」
「そりゃあ、街の守り神みたいなもんだからな。何かしらとてつもねえパワーがあるんだろうよ。」
「まあ良い、今回は相手が相手だったってことと、現場に居合わせた謎の観光客のおかげで大事にはならなかったことと、お前の金でお咎めなしだ。さっさと出ていきな。」
「ちょっとオーカーさん、それはいくらなんでも。上に報告して指示が出るまでは拘束を...」
オーカーという衛兵の男が、話を切り上げようとした時、何やら書類にメモを取っている隣の衛兵が心配そうな顔で言っている。
「良いんだよ別に。同じトレッドにコテンパンにされた者のよしみだ。なはは!それにこいつは悪いやつじゃないと言ってるんだ。さっさと解放してやれ。」
「は、、はぁ」
そういうと心配そうな顔の衛兵は、トレッドの腕を拘束していた魔道具を解除した。
「ほら行きな、セレスト。もう調査は終了した。あとこの治癒魔法代、要するに迷惑料なんだろう。」
「さあな。数を正確に数える暇が無くてな。もしかしたら少し多めに入っているかもしれない。今回はこのような温情、大変感謝する。それでは失礼。」
最後にもう一度礼をすると、セレストは部屋を出ていった。
「いいんですかオーカーさん....後で怒られますよ」
「大丈夫だ、これだけ臨時収入が入れば上も黙るだろうよ。それに言っただろう?あいつは悪いやつじゃない。心配すんなって。堂々と構えてれば何も怖くない。お前は神経質になりすぎだ。考えるだけ損だぞ?」
「結局お金じゃないですか! もう.....いいです。分かりました...」
「それよりも俺は、あの強者2人の喧嘩を止めたっていう、例の2人組の方が怪しいと思うぞ?」
「例2人組...ですかぁ...」
「あ...メガネっ!!」
「トレッドか」
建物を出ると、トレッドと鉢合わせた。
どうやらトレッドも解放されたようで、別の出口から出てきたようだ。
「てめぇ、さっきはよくもっ」
「すまなかった」
「......あ?」
本日3度目、深く頭を下げるセレスト。
セレストの突然の謝罪に、目を丸くするトレッド。
「どうやら勘違いしていたみたいだ。倒すべき敵は他にいる。突然殴りかかってすまなかった。」
「相変わらずメガネ、変な奴だな.....わけが分からねえ。」
「それは許してくれるということか...?」
「んまぁ...反省してるんならな。それに、こんなやべえ奴にわざわざ話しかけた俺も良くなかったな。今度からは相手を選んで声をかけることにするぜ。変なメガネをかけている奴は特に注意だな。」
「そうか、感謝する、トレッド。謝罪と言ってはなんだが、お前にこれをやる。」
「ん?なんだ?金ならいらねえぞ?」
ゴソゴソと、セレストは服の内側から、青く輝く何かを取り出した。
「俺の鉱物生成魔法で作った、ゴブリンのフィギュアだ」
受け取った刺々しい塊を凝視すると、なんとも歪な形を形をした狂気の人形であった。
「...ん?ありがとよ....絶妙に気持ちわりいな!ゴリンのフィギュアってなんだよ!もっとマシなのあるだろ!例えばドラゴンとか!」
「それは俺が作ったフィギュアの中でも比較的品質が悪い方の物でな。他にもいくつかあるから欲しかったらもっと持ってっていいぞ?」
懐からさらに歪なゴブリンのフィギュアが何体か出てきた。かろうじてゴブリンだと分かるが、その顔はどれも崩壊している。
「いや怖えぇよ!全部ゴブリンじゃねえか!しかも失敗作を俺にくれるなよ!メガネお前バカにしてんのか!?」
「失敗作ではではない。そして俺はメガネではない、セレストだ。」
「そこは今関係無くねえ!?」
「まあそう言うな、要らなかったら質屋にでも売れば良い。腐っても
「腐ってもって自分で言いやがったコイツ!失敗作って認めてんじゃねぇかっ!」
「まぁ貰っておけ。」
「んなぁもう!訳わかんねぇコイツ!分かったよ!貰っておいてやるよ!じゃあな」
「あぁ、また会おう。」
「誰が会うかこの変人メガネっ!?クソッ」
トレッドは不機嫌な顔で街を歩いていった。
その後ろ姿を、氷のような冷たい群青の目が見つめる。
俺が倒すべき相手は他にいる。
そう、俺達を一撃で気絶させたあの銀髪の女。奴が今、この街で1番強い、おそらくあの女こそが真の番人だろう。
そのために俺は、これから準備をしなくてはならない。
あの規格外の女を、殺すために。
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