12.過去(1)

────「ふぁ〜あ、ねむいな」


「ん?なんだこいつ」

俯きがちなおれの視線に、草むらから飛び出しアスファルトの大地を闊歩する漆黒の細長生命体が映り込む。その細長い漆黒は、左右に無数に足のようなものを有しており、進行に合わせてうねうねと波打っている。

「うっ気持ち悪」

オレンジ色の触覚を生やし、べっ甲のような光沢感がなんとも異質であった。

明らかにほかのものとは違う存在だと思ったおれは、こいつにシンパシーを感じた。おまえも色々な生き物から虐げられてそこを歩いてるんだろ。俺と同じだな。ただ歩くだけでおれに気持ち悪がられて。いったいおまえが何したって言うんだ。おまえに心当たりなんてものはないだろうけど、仕方ないよな。そんなのあいつらにとっちゃ関係ない話だ。それにかたちのないものですら、突然降りかかる災難がある。だからおまえもこうなる運命なんだよ。


ぶち


そういっておれはアスファルトに波打つ黒い希少生命を踏み潰した。


「うっ、悪いな。」


こいつの胴体半分は潰れてしまい。上半身がおれの運動靴に噛み付こうと必死にもがいている。


「こうやって人は誰かを犠牲にして自分だけきもちよくなるんだよ。」



「おっはよー!ゆかりー!」


ランドセルを背負って眠そうに通学路を歩いていると、カナタが叫びながら走ってきた。カナタの大声にあてられて、思い出したように痛む頬のあざを擦りながら、カナタに挨拶を返した。


「おはようカナタ」

「おわあぁぁぁぁ!!」

「うるせーよっ!なんだよ急に!」

「どうしたのその顔!?痣!?大丈夫!?」

「あぁこれ?昨日帰り道で転んだんだよ」

「どう転んだら顔にそんな痣ができるのよ!」

「頭から派手にいったんだよ!言わせるな!」

「ぶふっw ゆかりって結構ドジなのねw お大事にw」

「お大事にw、じゃねーよ!1ミリも労いがこもってねーよ!」

「心配はしてるのよ?結構腫れも酷いみたいだし、その....足元はちゃんとみてね」

「誰が煽れっつったよ!もう二度と転ばねーから!」

「煽ってないし、良いのそんなこと言っちゃって?そんなフラグ立てたらまた.....ほらそこにおっきな...」

「その手には乗らねーから!そんなすぐにフラグ回収するわけねーだrぐべぼっ」


何かにつまずいて、おれは頭から盛大にズッコケた。


「そこにおっきなリクガメが歩いてるって」

「なんでだよっ!」

「だから足元見ないとーって言ったのに」

「足元見るとかそういう次元の話じゃないだろ....

まずなんでリクガメが通学路にいるんだよ!」

「ゆかり、この世はね、摩訶不思議アドベンチャーなのよ」

「そうだな、掴もうぜ!ドラ〇ンボール!って意味わかんねーよっ!説明になってねぇから」

「今のツッコミは7点」

「いちいち採点すんな!恥ずかしくなるだろ」

「ちなみに100点満点中」

「いや低っ!!もうちょっとくれてもいいだろ」


「今日はこの辺にしてあげるわ。

そんで大丈夫?立てる?」

「いててて....あぁ大丈夫、立てる立てる」

「膝、擦りむいちゃってるじゃん。」

「ほんとだ。学校に着いたら保健室寄らないとな。」

「とりあえずばんそこあるからこれ貼っとくね。

はい。ぺた」

「ありがと、これで歩ける」

「いいのよ別に」


「仲良いねきみたち」

2人の一部始終を目撃した通りすがりの同級生が、すれ違いざまに野次をとばす。


「うるせーー!!」「別に仲良くないしっ!」


カナタと話していたら、いつの間にかおれのなかに燻っていた生々しい感情はどこかへ消えていた。



◆◆◆



『ぐうううう』


腹が.....減った......


2時間目の授業中、おれは空腹で死にそうになっていた。なにせ朝から何も食べていないのだ。

給食まではまだ時間がある。しかしなんとかして空腹を紛らわせなければ。

今朝保健室で擦りむいた場所を消毒してもらい、ついでに当ててもらった頬のガーゼをいじる。

その時思った、もしかしてこのガーゼ、食べれるんじゃね...!?


『いてっ』


頭になにかを投げつけられた。

見ると、飴玉だ。

いちご味の、美味しそうなやつだ。

だれが投げたのか、辺りを見回すと、斜め後ろの席に座っていたカナタだった。


『お腹減ってるんでしょ?あげる』

『おまえは.....女神か?なんで分かった』

『お腹の音ゆかりでしょ。なんとなくゆかりにアメをあげないと危ないような気がしたの。』

『エスパーかよ』

『それに昨日知らないおじさんからもらったアメが余ってたの。だからあげる。』

『いやそんなもん俺に渡すなや!...って言いたいところだけど今はめちゃくちゃありがたい...ありがとな!』


「そこのお前らー、私語は慎むようになー」

「「はいすいませんっ」」


その後、こっそりと飴玉を口に入れて、いちご味を堪能したのだった。

うん、うまい。

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