10.老人
ぼんやりと照らされた時計塔の整備室で、恍惚とした目でこちらを見つめてくる老人。
衰弱の色を隠しきれず、今にも消えてしましそうな儚さと同時に、何か達観したような高尚な佇まいを併せ持っている老人だった。
「怪我をしておるようじゃのう、少し待っておれ、今呪文を唱えるでな。」
「貴方は.....一体...」
「先程マリーゴールドじゃと言ったはずじゃろうに。
時にお主、マリーゴールドとは老いぼれの儂にはちと華やかすぎる名じゃと思わんか?
もっと美しく気品のある女人に与えられるような名のような気がしてならんのだ。せめて儂のことをゴールドと呼んでくれ。」
「別に変ではないと思うけど....むしろ俺は愛称で呼ぶならゴールドよりマリーの方が良いと思ったんだがな、マリーの方が1文字少なくて呼びやすいいんじゃないか?」
「そうかのう......確かに理にはかなってはいるのか..?
まあ良い、好きに呼べばよい。呪文をかけるぞ。
─時の流れよ、無限の輪廻より彼の者の傷を癒せ、ナチュラルヒーリング─」
マリーが呪文を唱えると、張り付いていた鋭い痛みがすっと消えていき、徐々に傷口が塞がっていく。
貧血で回らなかった頭も、スッキリしてきて、体調がゆっくりと回復していく。
「どうじゃ、これで少しは話せるようにはなったじゃろう。あくまで応急処置じゃから、先を急いで無闇矢鱈に動くものではないぞ」
「あ...ああ....助かった....ありがとう...ございます」
「にしてもまさかここに人間がやってくる日が来るとはのう....」
「....俺も今日やっと人と会えたよ」
「そうかそうか.....
しかし儂は人間ではないからのう、お主の望みが叶うのはまだ先じゃ...」
「人間じゃないのか.....
話せるだけまだマシだけどさ....取り敢えず....状況を説明してくれないか...」
「まあ待て、お主はまだ若いんじゃから時間なんていくらでもあるじゃろうに、老い先短い老いぼれの話を聞いてからでも遅くはないじゃろう。」
「分かった.....」
「すまないのう、もう何百年も話し相手が居らんかったもんで、儂も浮かれておるのじゃ。」
「何百年?随分と長生きだな」
「そうじゃろそうじゃろ、何百年と言っても、普通の時間の流れの中での話じゃがな。実際はもっと長いかのう.....頭がボケてしまって、正確にどれぐらい独りであったか、もう分からないのう。
そんな中でお主が現れたのは、儂にとっては天の恵みともいえる幸、これは神に深く感謝せねばのう.....おお神よ。神は儂に恵みを下さったのでございましょうか、大変感謝申し上げまする。中身を搾り取られた老いぼれに救済などもってのほか。しかし生きる物全て平等に救いを与えるのが神。進行すべし対象は人それぞれ違くとも、己の心に芯となるものさえあでばそれで良いのかもしれぬなあ..
.......え違う?これは天災ですと?確かに由々しき事態ではございましょうが、儂は今天にも昇る程の幸福を感じておりまして....成程これは恵みと災害が同時に生まれるという摂理をわし自らが体感しているということでありましょうか..!!」
「いるはずもない誰かと喋り始めちゃったよ」
途中から俺の存在を忘れて1人で勝手に喋りだすマリー。何百年も人と話さないとこうなるのだろうか....
一人芝居を続けるマリーを無視して、時計塔の整備室らしきこの部屋を観察する。
螺旋階段を登った先にあるこの広い空間では、ぼんやりと黄金に光る魔力の結晶のようなものを中心にして、様々な機械と、歯車が入り組んで周囲の壁を囲っている。光る石という文脈で考えると、俺が持っている蛍石と何か共通点があるのかもしれない。
しかし時計塔に設置されている結晶は、俺のストラップよりも遥かに大きい。
そしてこの空間で最も異質なのが、目の前に腰掛けているマリーだ。
長く白い髪と髭を生やし、金色の目を恍惚に輝かせ今も楽しそうにおしゃべりをしている。
首から肩にかけて重そうな黄金のぶっといネックレスのようなものをかけていて、よく見ると色とりどりの大きな宝石が沢山着いている。手首や足首にも同じような装飾の着いたものを着用している。
まるで歩く財宝箱や!
と言いたくなるぐらいの。
「おおしまった、いつの間にか独りごちてしもうたわい、これだから歳をとるといかんのう。自分で歯止めをきかせられなくなってくる。
さてそこの若人よ、お主はやらねばならん事があって来たのじゃろう?
まずはどうやってこの
「明日...?それはどういう....?」
「その様子だと覚えておらんようじゃのう...
見る限り彼奴の影響は受けておらんと思っておったのじゃが、思い違いであったか。
しかし彼奴も随分と大胆な真似をしおるよのう。
本当ならば山ごと吹き飛ばしてしまいたいところじゃが、儂に残された魔力も僅かであるし、それに彼奴の力は儂も利用させてもらっている身である以上、あまり手出しは出来んかのう.....」
「彼奴とは誰の事だ?」
「お主ならばいづれ分かる。もしかしたら覚えていないだけでもう気付いておるのかもしれないのう」
「覚えていない?俺は何かを忘れているのか?
忘れるも何も、まだここに来てから2日も立っていないのだから、忘れようがないと思うんだけど....」
「そうかの? 儂なんかしょっちゅうものを忘れるぞ?本をどこにしまったのだとか、鼠の数を数えていたら途中で数を忘れてしまって、また最初から数え直しになったりだとか。
1日経ったと思ったら、うっかり20年経っていたこともあったの、もしかするとお主も、2日だと思っておったものが実はそうでなかったりするかもしれんぞ?
まあ若くて頭の回るお主のことじゃ、そんなことはないかもしれんし、もしあったとしても何か手がかりを残しておるんじゃないかのう。
例えばその、右手のポケットには何が入っておる...?」
怪しげに光る金色の目を向けてポケットを指さし不気味に笑うマリー。
さっきから怪しさ全開なんだけど、怖いんだけどこの人。
「ポケットに入っているのは、ストラップですけど...............ん?」
ポケットを探り、ストラップを中から取り出した時、一緒になって白い紙切れがポケットから出てきてふわりと落っこちた。
こんな物いつ入れたっけ....?
拾った手触りから、異世界に飛ばされた時に持っていたティッシュの切れ端だということがわかった。
よく見るとインクで何か書いてある。
俺は整備室の中央で光る結晶に近ずいて、明かりを確保する。
「ほう...見た事のない絵面じゃのう....」
するとマリーが覗き込んできた。
杖をついて近寄ってきたようだ。
当然だけど歩けるんだこの人。
ティッシュの切れ端を見る。
これは絵面なんかじゃない。文字だ。
そこには日本語でこう書かれていた。
───鑑定を使え───
滲んで読みづらいが、俺の字だ。
しかしこんなのもの描いた覚えは無い。
鑑定を使えとは、ストラップに使えということだろうか。
それしか無いか。
「【鑑定】」
そしてストラップの情報を確認する。
...........あぁ
そういうことか。
これで合っているか?昨日の俺。
「【
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