9.黄金
「うっ!....あ゛あっ!」
壁に打ち付けられて身動きが取れない状態で、次々に攻撃が飛んでくる。
ろくに防御も出来ず、全ての攻撃をもろに食らう。
痛みで意識が飛びそうになったが、歯を食いしばってなんとか耐える。
「く....くそ......がはっ!!」
攻撃を受けるたび、背筋が凍りそうな危機感を覚える。脳がやき切れそうな鋭い痛み。
俺は今、死の瀬戸際に立っているのだろうか。
熊に襲われた時よりもずっと実感がこもっている。
今回はホタルの助けも借りられそうにない。
背中から血が失われていくような気がする。
もう....ダメか...?
脳裏にカナタの顔がよぎる。
最後に少女を救って消えてしまった彼女の笑顔。
あれほど勇敢でたくましい最後を迎えた彼女に対して、俺はこんな所で何も出来ずにくたばろうとしている。情けない。
違うだろ。
カナタから預かったストラップ。
あぁ、最初から言われていたじゃないか。
あそこまで過保護な加護を与えられて、分からないはずがない。
死ぬな
そうだ。
ここで死んでたまるか。
やっと始まったばかりなんだ。
新しい世界に足を踏み入れたばかりなんだ。
光を.....掴むんだ。
光に群がる低脳な虫どものように。
他のことなんてどうでもいい。
醜くても、哀れでもいい。
痛みなんてもっとどうでもいい。
こんな奴等、無視して進んでしまおうじゃないか。
心のどこかに、決して揺るがない固い信念が腰を下ろした。
湧き出る充足感。
がむしゃらなやる気。
覚悟。
生への執着。
「やってやるよ........」
漆黒の騎士が静かに剣を持つ右手を挙げた。
また斬撃が飛んでくる。
今度こそ防御を成功させる!
「【魔力障壁】っ!!」
すると目の前に透明な光の壁が生成され、その直後に飛んできた赤黒い魔力の刃を受け止め無力化する。
ガンッと固いもの同士がぶつかったような鈍い音が聞こえ、双方が魔力の粒子となって消える。
1度防ぐと消えてしまうのか、いや、今は咄嗟にスキルを発動したため十分な魔力を込められなかったのだ。
「【魔力障壁】!」
今度はゆっくりと、少し多めに魔力を使って光の壁を生成する、先程のものに比べて色味が濃く、全体が青緑がかっている。
魔力の操作は、イメージでなんとなく分かるようになっていた。
ゆっくりと歩きながら斬撃を連続で飛ばしてくる漆黒の騎士。
それらを全て魔力障壁で受け止める。
それでも光の壁が消滅することはなかった。
騎士の攻撃を防ぎきれているうちに立ち上がり、からだにかかった細かい瓦礫を払う。
相手は集団で、今現在敵対しているのは目の前の一体だけのようだ。
近付けばほかの奴等からも攻撃を受けることになるだろう。
しかし引くことは出来ない。時計塔は漆黒の騎士達が集まる広場の先だ。迂回して行けないかと考えたが、複数の騎士がこの先の道を歩いているのをみると、状況は同じだろう。
だから時計塔へ行くにはここを通るのが最前だと判断した。
今持っているスキルでなんとかここを突破しなくては。
しんしんと音もなく降る雪に紛れ、静かに近寄ってくる漆黒の騎士。
剣を空中で薙ぎ払うと、その剣筋をなぞるように赤黒い魔力の刃が生成され前方へ射出される。
それを魔力障壁で受け止めたあと、すぐに射線から逸れるように横へ走り出す。
「【魔力障壁】!!」
飛んでくる斬撃を防御するため走りながら魔力障壁を展開する。
すると遠距離攻撃が効かないと理解した騎士もこちらに向けて走ってくる。
「鬼ごっこか?上等だっ!!」
円形に広がる広場を大回りに走る。
視界の端に映る騎士が、ものすごい速さで接近してくる。
まじか!
ほかの騎士も気付いたようで、こちらに音もなく接近してくる。
何体かは弓を持っていて、魔力で強化された赤黒い光線を放ってくる。
武器持っていないので攻撃する手段が無い。
幾つかの攻撃を魔力障壁で防いだが、防御範囲外から飛んでくる斬撃や近接攻撃をもろにくらってしまう。
「がはっ!!」
凄まじい衝撃で吹っ飛ばされ地面に転がる。
深く鈍い痛みが身体中に走っている。
雪で白く染まった地面に血が滴り落ちる。
どこを怪我したのか分からない。
確認している時間が無い。
今は早く、この場から抜け出さなくては。
「うっ」
肩に騎士の放った弓矢が刺さる。
激痛とともに、刺さった部位が少し痺れてくる。
麻痺毒が塗られていたのか......
抜いている時間はないのでそのまま放置する。
「ハァ、ハァ......【魔力障壁】っ!!」
近ずいてきた騎士の剣を間一髪で避けたあと、魔力を大量に、濁流のように流し込んで、全方位に無数の魔力障壁を展開する。
いつの間にか囲まれていた漆黒の騎士から、様々な攻撃を叩き込まれるが、障壁はびくともしない。
魔力を大量投入したことで、完全な防御に成功している。
そうか、魔力の量を調節することでスキルの効果を増減させることができるのか。
それならばと立ち上がる。
「【アイス】【アイス】【アイス】」
魔力を通常の100倍ほど注ぎこんで、超巨大な氷の塊を空中に3つほど生成し、騎士達を押しつぶす。
倒すことが出来ているのかは分からないが、今ので全体の3分の1程をまとめて無力化することが出来た。
なかなか使えるじゃないか。
ただのネタスキルかと思ってたぞ。
対処法が分かれば、あとは簡単だ、魔力障壁を展開した状態でゆっくりと歩きながら、漆黒の騎士の頭上に氷の塊を落としていく。
「ハァ....ハァ....【アイス】【水属性魔法反射】」
アイスのスキルはどうやら水属性魔法に分類されているようで、自分の頭上に落とした氷の塊を反射のスキルで吹き飛ばすことが出来るようだ。
それを応用して、前に立ちはだかる、大盾を持った漆黒の騎士に向けて氷の塊を飛ばしていく。
さすが盾の騎士。氷の塊を1度は受け止め耐えている。
しかしそれも、2度3度とぶつけると防御は崩れ氷の塊と一緒に建物の方へ飛ばされていく。
「【アイス】【アイス】【水属性魔法反射】【魔力障壁】!!」
赤黒い弾幕に負けじと、こちらも氷塊を飛ばしながら進んでいく。
無力化には成功するものの、時間が経つと復帰してくる。なんと真面目な騎士たちなんだ。
大人しくしていればもう痛い目に会うこともないというのに 。
コイツらには俺をこの先には行かせまいとさせる並々ならぬ意思すら感じさせる。
意思と意志のぶつかり合い。
音もなく立ち上がり、ゆっくりと斬撃を繰り出してくる姿は不気味だが、お前ら、実はアツイ奴だったのか?
「かかって来いやあぁぁぁぁぁ!!」
悠然と降る白い雪を掻き乱し、一切の無言を貫いていた街に、殺伐とした戦闘の音が鳴り響いていた。
◆◆◆
「ハァ....ハァ......やっと......着いた......」
そうして攻防を繰り返していくうちに、時計塔の前までたどり着くことが出来た。
漆黒の騎士達をあらかた吹っ飛ばして、かなりの魔力を使ったのだが、降っている雪を何故か少量の魔力に換算することが出来たので、まだ戦える魔力は残っていた。
目の前にそびえるのは年季を感じさせる苔の生えた石の巨塔。
質素な創りで建物の一切の装飾を省き、見上げるとその省いた装飾を全て集中させたような、巨大で豪華絢爛な時計が圧倒的な存在感を放ち佇んでいる。。
時計の針は12時を指した状態でピタリと止まっていて、動く気配が無い。
隣には大聖堂が隣接していて、時計塔の内部に入るには大聖堂を通らなくてはならないようだった。
あちこちに矢が刺さり、雪を被り血だらけになっているからだを引きずって、ぽたぽたと水を垂らしながら大聖堂に入っていく。
曇天はいっそう暗くなり、輝きを失った祭壇のステンドグラス。
均等に配置された巨大な柱と大きな窓。
がらんとした聖堂内の適当な椅子に座りこんだ俺は、体に刺さった矢を強引に抜いていき、傷口に【ウォーター】で生成した水を雑にかける。
聖堂の中は外よりもほんのりと暖かい。
凍えそうだったからだを少しづつ温めてくれる。
温もりを感じたのは昨日ぶりだった。
太陽は沈みはじめ、聖堂に残る光も残り僅かとなっていた。
ここには漆黒の騎士も来ない。
つかの間の安寧。
血が止まるまで休んだ後、時計塔の内部に入った。
怪我をして重くなった足を無理矢理上げて、螺旋階段を登る。
この先に何があるのかは分からない。
何もないかもしれない。
しかしここまで来たからには最後まで歩き続けるしかない。
ホタルは、街の人々はどこに行ったのか、それを突き止めなければ。
朝から感じていた違和感は、時計塔に近づくにつれ徐々に強くなり、内部にいる今は身体中に鳥肌がたつぐらい不気味で強力な違和感に包まれている。
階段を登る事で血行が良くなり、止まっていた血が傷口から再び流れ出す。
ぽたぽたと階段に血の跡を残しながら、目の回る頭を無理矢理正常な方向に固定して、一歩一歩着実に踏み出していく。
コツコツと、階段を登る音だけが響く、暗闇の中で、ただ上に上がることだけを考えて壁をつたいながら進んでいく。
どれくらい登っただろうか。
ようやく、階段が終わり、目の前に壁が現れた。
「........【蛍の光】」
暖かく、憂いを帯びた青緑の光が浮かび上がり、辺りを照らしてくれる。
目の前に現れたのは壁ではなく扉だった。
その扉にゆっくりと手をかけ、ゴクリと唾を飲んだあと、体重をかけてみる。
開いた。
「よく来たのう.......
どこからかそんな声が聞こえてきた。
扉の先の広い空間は、無数の歯車が噛み合いながら空間をおおっており、中心には黄金に輝く巨大な魔力の結晶が設置されている。
見ると黄金の装飾を身につけた老人が、結晶の前の歯車に腰掛けていた。
「儂はこの街の番人、マリーゴールドじゃ」
こちらに友好的な視線をむけると、老人は白ひげを触りながら、にっと親しみのある笑みを浮かべてそう言ったのだった。
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