38.新しい部屋

あれからもライラは毎日お見舞いに来てくれた。

だが、常にランスが一緒なので、結局この世界のことに付いては詳しく聞くことが出来なかった。


二週間ほど過ぎて、やっと救護室を出ることが決まった。

だが、そうなると新たな不安材料が持ち上がる。


新しい俺の寝床ってどこ?


騎士って言ってたよね、俺の新たな職。

なんかとっても嫌な予感がするんだよね。また野郎だらけの部屋なんだろうなあ。

しかも、みんな騎士とか戦士なわけでしょ? 当たり前だけど。

筋骨隆々のなかに、ヒョロヒョロの俺が一人・・・。

あー、嫌だ嫌だ、絶対浮くよね、俺・・・。


そんな不安で頭を抱えていると、ランスが俺を迎えに来た。


「部屋へ案内する」


ムスッとした顔で、部屋で待っていた俺を見る。


「あれ? 今日、ライラちゃんは?」


途端に頭にチョップが振ってくる。


「ライラ様! 姫様だ! 本当にいつまでもたっても無礼者だな! お前は!」


「本人がそう呼べって言ってんだからいいんだよ! 毎回殴るな!」


俺は頭を摩りながら、ランスを睨む。

相変わらず俺を睨みつけるが、チョップの力は前よりも弱くなってきている。

ランスもだんだん諦めてきたようだ。


「男ばかりのむさ苦しい場所に姫様をお連れできるわけがないだろう。ほら、行くぞ」


「え~、やっぱりむさ苦しいの?」


うは~、テンション下がるわ・・・。


「文句があるなら奴隷に戻れ」


「別にぃ、ありませんけどぉ」


俺は不貞腐れたように唇を尖らせながら、ランスの後を付いて行った。


救護室は城内の外れにある。

俺たちが向かう騎士団の寄宿舎は、その救護室とは真逆の方向に位置した場所だった。


別棟の立派な建物と闘技場のようなものが見えてきた。

近づくにつれ、闘技場からは勇ましい掛け声と、金属がぶつかり合う音が聞こえる。


その前を通り過ぎるとき、入り口から少しだけ、闘技場の中が見えた。


想像通りの風景が広がっていた。

筋骨隆々の騎士様達が、長い剣を持ち、二人一組になって打ち合っている。

も~、刃物を振り回すなんて、なんて物騒な・・・。


横目でそれを見ながらランスを追いかけた。


闘技場の隣の棟が騎士団の宿舎のようだ。

無言で入るランスの後に続く。


少し歩くと、一つの部屋の前で立ち止まった。


「ここがお前の部屋だ」


扉を開けると先に中に入るよう、顎で合図をする。

俺は素直に従って中に入った。


そこはとても狭く質素な部屋だった。

四畳半あるかないか・・・。そこに簡素なベッドと机と椅子。そして小さなタンスが一つ。


「え・・・、もしかしてもしかすると一人部屋・・・?」


俺は信じられず呆然と立ち尽くした。

てっきり、奴隷の時と同じように―――あそこまで大所帯じゃないにしろ、5、6人の相部屋と覚悟してたのに。


「・・・お前は一応、ライラ姫付きの騎士だからな。特別だ」


「マジっすか?!」


「ふん、本当ならありえんぞ。新米見習い騎士らと共同生活が妥当なところだ」


「俺もそうだと思ってた! すげー! 一人部屋! これもライラちゃんのお陰?!」


「そうだ。ライラ様の・・・。だから、姫様には心から感謝し、誠心誠意お仕えするように」


「おう!!」


俺は興奮気味に部屋を見渡した。

すごい、完全個室! 完全プライベートスペースだ!

部屋の中に小さな扉を見つけ、開けてみた。


「わー! バスルーム付きじゃん!」


そこにはトイレと簡素な湯舟がある。

信じられない! 今までの待遇から比べると天国だ!


「おい、有頂天になっているところ悪いが、少し話がある。そこに座れ」


「うへ~! すげー! これなら毎日風呂入れるじゃん!」


「おい」


「やべー! 騎士ってスゲーんだなー! 共同風呂に行かなくっていいなんてサイコー!」


「おいっ!」


ランスははしゃいでいる俺の首根っこを掴むと、グイっと持ち上げてベッドに放り投げた。


「何すんだよ! 暴力反対って言ってんじゃねーか!」


「人の話を聞かんか! ドアホが! ちゃんとそこに座れ!」


渋々ベッドに座ると、ランスは傍にある椅子に座った。

そして、呆れたように俺を見るとはあ~と長い溜息を付いた。

だが、つぎの瞬間には真剣な顔で俺を見た。


「何度も言うが、お前はライラ姫様付き騎士だ。それは特別なことだ。名誉なことだ。分かっているな?」


「あ、ああ」


急なランスの態度の変化に、俺も思わず素直にうなずく。


「名誉な事なのに・・・。今は、ライラ様付きは俺とお前の二人しかいない。以前は五人いたのだが」


「え・・・?」


「この廊下の並びの部屋はすべて一人部屋で五つある。ライラ様付き騎士用に用意された部屋だ。一つは俺の部屋。それ以外空室だ」


「・・・」


「ルゼ王国から俺以外に二人、そして、ヨナ王国から二人が姫様にお仕えしていた」


悔しそうに話すランスを見て、俺は何と言っていいか分からず、黙ったまま彼を見つめた。


「だが、姫様があのようなお姿になられてから、ルゼからの騎士二人は国に帰らされた。そしてヨナの騎士も姫様付きから外された・・・」


「・・・」


「・・・王子との婚約も破棄され、婚約者でもない。そのような者に過剰な警備は不要と判断されたのだ・・・」


ランスはギリッと唇を噛み、膝の上に握っている拳に力を込めた。怒りのせいだろう、微かに震えている。


「・・・でも・・・、一国のお姫様じゃん。いくらこの国の王子の婚約者じゃなくなったからって・・・」


俺はそっと口を挟んだ。


「そうなのだ! どんなお姿になろうともルゼ王国の姫君には変わりないのに・・・っ!」


ランスは怒りに任せ、机をドンっと叩いた。


「だが、ルゼ国王は姫様を見捨てられたのだ・・・!」

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