39.裏切りません

ランスは悔しそうに俯いて、強く握った拳でもう一度机を叩いた。


「ルゼ国王は姫様をお見捨てになられた・・・。騎士二人だけに留まらず、姫様付き侍女達まで帰国をお命じになられ・・・」


「え・・・」


俺はそれ以上言葉が続かない。


「侍女のルイーゼ殿は泣きながら姫様のお傍に居たいと懇願したが、叶わなかった・・・」


いい人だったんだな・・・、ライラちゃんの侍女って。


「本当に最後の最後まで・・・城の柱にしがみ付いて帰らないと喚いておられた・・・。無理やり引き剥がしても、次の柱にしがみ付いて・・・、それを剝がしてもまた別の柱に・・・、何度も何度も・・・」


「・・・そ、それは凄い執念・・・」


「連れて行かれることを止めることが出来ず、只黙って見ている俺に必死に助けるよう叫ばれていた・・・。だが王命だ・・・、手出しは出来ん」


「・・・」


「終いには、『ランスの馬鹿野郎! この木偶の坊が! 覚えてなさいよー!』と叫んでおられた・・・」


「・・・」


遠い目をしてハハハと乾いたように笑うランスに、さらに言葉を失う。

黙っていると、ランスはハッとしたように俺の方を見た。


「つまり、今の姫様は一人ぼっちなのだ。お可哀そうに・・・。だから・・・」


ランスは姿勢を正すと、しっかりと俺に向き直った。


「俺と一緒にしっかりと姫様を支えてくれ。お守りしてくれ。姫様はお前にはすっかり心を許しているようだ。どうか、裏切らないでほしい。これ以上裏切られたら姫様は・・・」


「おいっ! 裏切るって何だよ! するわけねーじゃん! 見くびるなよ!」


俺は思わず大声で叫んで立ち上がった。

拳を握り仁王立ちして睨みつける俺を、ランスは驚いたように目を丸めて見上げる。

そしてフッと表情を緩めると、


「そうだな。悪かった」


そう言って、ランスも立ち上がった。


「そもそも、お前は姫様のお陰で奴隷を解放されたのだ。その命を捧げるのは当然。裏切るなんぞ、許されん。余計なことを話したな」


では、とばかりにパンと手を叩くと、改めて俺と向かい会った。


「じゃあ、まずは着替えろ。これから、お前の実力を調べる」


「え・・・?」


「それによってこれからの稽古も考えねばならんな。お前、剣を持ったことはあるのか?」


「・・・」


「貧弱な体系だしな。大して期待はしていない。それでも多少の経験はあるだろう? 嗜み程度には」


「嗜んだことなんて一度もありませんよ?」


「・・・最近なんだろ? 奴隷に落ちたのは。それまで何をしてたんだ?」


「一般人として普通に暮らしてましたけど?」


「まさか、本当に未経験?」


「はい。本当に未経験。剣なんて触ったこともございません。それが何か?」


「そ、それなのに騎士任命? 過去にそれっぽい経験があったんじゃないのか?」


ランスは信じられないような目で俺を見た。


「ねーよ。だから俺もびっくりしたんじゃん。いきなり騎士って言われて」


「ありえん・・・」


「文句があるなら、ここの国王陛下に言ってくれ。そいつのせいだし」


「お前! なんて無礼なことを!」


ポカリとランスに頭を殴られた。

だが、よっぽどランスにとって衝撃的な出来事だったのだろう。全然力が籠っていない。


「陛下は何をお考えなのだ・・・? 剣も持ったこともない者を騎士など・・・。やはり、新しい陛下もライラ様の事を軽視されているのか・・・」


ランスは絶望的に呟いた。


「い、いや! 違うと思う! 単純にライラちゃんのお願いを過剰に聞いてくれただけじゃないかな? ハハハ! ライラちゃんのお気に入りと勘違いしてさ!」


俺は慌てて適当に繕った。


確かに、ライラの為というより、きっと俺の為だ。

親父は俺を奴隷から解放するために、ライラの懇願に乗っかったのだ。

だが、行き過ぎたのだ、騎士なんて。どんだけ階級すっ飛ばしてんだよ。


でも、決してライラを軽視なんてしてないはずだ。

むしろ、とても気の毒がっていたし。


「まあ、陛下との謁見が叶っただけでもすごいことだからな・・・。無理だと思っていたから」


ランスは呟くように言った。


「・・・そうなの?」


「そうだ! 陛下との謁見を申し込むなんぞ、どれだけ恐れ多い事か! それをライラ様は嘆願して下さったんだぞ!」


「・・・そこまでしてくれたんだ。ライラちゃん」


「そうだぞ! だから姫様にはどんなに感謝してもしきれんぞ!! ぜったい服従だ! 分かったな!」


いきなり勢いを取り戻したランスは無駄に俺にチョップをかました。


俺は頭を摩りながら、ライラの事を思った。

俺の為にそこまでしてくれたんだ。


それにしても、一国の姫君が謁見も恐れ多いって・・・。

親父って一体今どこに居るわけ?

雲の上にでも居るのか? どんだけだよ? ただの元リーマンのおっさんのくせに・・・。


「とにかく着替えろ! 剣を使えないとしても、どれほど酷いものなのか知る必要がある」


ランスは仁王立ちして俺を睨む。

え~~、やっぱり、そうなる?


「必要なものはすべてその棚に入っている。外で待っているからすぐに出てこい。いいな。チンタラするなよ!」


「えー、でもさー、ちょっと早くない? 背中の傷だって完治してるわけじゃないんだし~」


「甘えるな! 馬鹿もん!」


俺に一撃を加えると、ランスは乱暴に部屋から出て行ってしまった。

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