34.ハーレム
翌朝、ランスがいない隙をみて、ライラは一人で健太郎のいる救護室へ向かった。
本当なら一人で城の建物内は歩き回りたくはない。
何故なら人が多いから。
すれ違うすべての人―――身分ある王族関係者から貴族、騎士、そして使用人に至るまで―――の視線が怖いのだ。
同情を誘う瞳もあるが、ほとんどが奇異な目―――まるで忌み子でも見る様な目線がライラに突き刺さる。
ライラは元とは言え王子の婚約者で、隣国の姫君だ。
本来であればその様な不躾な態度が許されるはずなどない。
しかし、魔法にかけられ醜い姿になった今、誰も自分を姫として敬うことはなくなった。
声を掛けられることはおろか、挨拶すらされず、皆が皆、一瞥した後、目を逸らし、すれ違っていく。
その視線が辛くて、建物内は気ままに歩き回れないのだ。
だが、今日は敢えてランスのいない時を狙って救護室へ赴いた。
彼がいるとゆっくりと健太郎と話せないと思ったのだ。
厳しい視線を気丈にやり過ごし、救護室に辿り着くと、そっと扉を開けた。
中に入ると、ライラは目の前の光景に目を見張った。
「さあ、ケンタロウ様、あーん」
「いいえ! ケンタロウ様、こちらのお肉をどうぞ!」
「ケンタロウ様! こちらを向いて!」
4、5人の看護婦が健太郎の周りに群がり、奪い合いのように食事の世話をしている。
あまりの光景に声も出ない。
瞬きしたまま、じっとその様子を見ていた。
健太郎はチヤホヤされて嬉しいのか、鼻の下は伸び、デレデレとにやけっぱなしだ。
こちらに気付く様子もない。
「・・・」
暫く見つめていると、一人の看護婦がライラに気が付いた。
しかし、ライラを一瞥しただけで、また健太郎の方を向いてしまった。
流石のライラもその態度には怒りを覚えた。
冷たい目線や無視される屈辱に慣れ始めてはいたものの、彼女たちが接しているのは自分付きの騎士だ。
その騎士の主が来たのだ。その態度はあまりにも無礼ではないか!
ランスがいたら決してそんな態度を取らないのに!
万が一、取られたとしても彼の怒号で一撃できるのに。
ここに来て、一人で来たことを後悔した。
それでも、ライラは無言で健太郎のベッドに近づいた。
しかし、ライラに気が付いた看護婦達がさりげなく立ち位置を変え、健太郎からライラが見えないように視界を遮った。
まるで、汚いものを見せないようにガードしているようだ。
「さあさあ! ケンタロウ様! もっと召し上がってください!」
「食べ終わったら、先生をお呼びしますからね」
「はい、あーん」
さっきよりも声を一段と声を上げて、健太郎に世話を焼く。
その態度にライラはさらに怒りが高まり、声を上げようとした。だが、
「美味いっす! いや~、最高っすね! もっと肉もらっていいっすか?」
という健太郎の弾んだ声が聞こえ、思わず言葉を吞み込んだ。
看護婦の背中に隠れて姿は見えないが、嬉しそうな健太郎の声に、言葉を失ってしまった。
同時に憤りが小さく萎んでいき、その代わりに何とも寂しい思いが込み上げてきた。
ライラは無言で踵を返すと、部屋を出て行った。
静かに扉を閉め、戸にもたれ掛かった。
ポケットから包みを取出して、じっとそれを見つめた。
「・・・」
ライラは小さく溜息を付くと、包みをポケットにしまい、長い廊下を歩き出した。
★
「あれ・・・?」
俺は扉が開く音が聞こえて、部屋の隅を覗き込んだ。
周りに看護婦のお姉さま方が群がっているので、壁になって良く見えない。
でも、一瞬ちらりと白いコートが見えたと同時に扉が閉まった。
「え? ライラちゃん?」
俺は口をモグモグ動かしながら呟いた。
えー、来てたのか。なんだよ~、声を掛けてくれればいいのにー。
「あざーっす。ご馳走様でした~。もう腹いっぱいっす!」
俺は口の中のものを飲み込んで、お姉さま方に頭を下げた。そして、
「起き上がりたいんで、ちょっといいすっか?」
失礼にならないように看護婦達を避けながらベッドから降りると、靴を履いた。
うん、背中の痛みも、もうだいぶ楽だ。
「どちらに行かれるのですか? ケンタロウ様?!」
「まだ召し上がれますでしょう?」
「すぐに先生をお呼びしますわ。ベッドにお戻り下さい」
数本の腕が俺を掴み、ベッドに引き戻そうとする。
俺は、慌てて、
「い、いや、ちょっと、すぐ戻るんで!」
無理やり彼女たちの腕から逃れると、何とか部屋から飛び出した。
★
廊下に出て周りを見渡すと、遠くにフードを被った子供の後ろ姿が見えた。
やっぱり、ライラだ。来てたんだな。
俺は走って彼女を追いかけようとした。
だが、走ると意外と背中の傷に響く。地味に痛い。
「ライラちゃーん! 待ってよー!」
俺は黙って追いかけるより、彼女に立ち止まってもらうことにした。
静かな廊下に俺の声が響き渡るが仕方ない。
ライラは驚いたようにピョンと飛び上がり、俺に振り向いた。
「待ってよ! まだ、傷が痛いんだ。走るのキツイ・・・」
ちょっと大げさだが、俺は爺のように腰を曲げ、背中を摩りながら歩いた。
すると、ライラは小走りで俺の傍まで来てくれた。
「大丈夫か? ケンタロウ?」
「うん。大丈夫、大丈夫。でも走ると響くんだよ、地味に」
「そうか・・・」
ライラは心配そうに俺を見つめている。
「それより、何で黙って帰っちゃうんだよ。せっかく来てくれたのに」
俺は相変わらず爺のように腰を曲げながら、ライラの顔を覗き込んだ。
ライラはフイっと顔を逸らすと、
「食事中だったから・・・」
そう呟いた。
「まあ、食事中だったけど・・・さ・・・」
ああ、そうか。あのハーレム状態を見られたわけだ。
そりゃ、引くわな。
俺は気恥ずかしくなって、頭をポリポリ掻いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます