33.雲泥の差

「北の塔は魔女の聖域だ・・・。そう簡単には行くことは叶わないと思うが・・・」


「え? そうなの?」


一時の混乱から気合を入れ直した俺は、ライラにいきなり出鼻を挫かれた。


「でも、近辺を張り込むことは出来るよな・・・」


俺は顎を触り考え込んだ。

とにかく、騎士だろうが何だろうが、奴隷として家畜小屋と畑を往来するよりも数段にチャンスは増えるはずだ。

もちろん、家畜小屋も注視するとして・・・。


「よし! 早く傷を治さないとな! 救護室ここにいる限り、北のババアは釣れねーもん!」


「釣る・・・?」


「絶~対にババアを捕まえような! ライラちゃん!」


「捕まえる・・・とは違う気が・・・」


「おーしっ! やる気出てきたぞ!」


「・・・そうか・・・、ならばいいが・・・」


握り拳を天に付き上げ気合を入れたがいいが、ふと思い出したことがある。

俺はライラに向き直った。


「ライラちゃん付騎士ってことは、ライラちゃんは俺の主人になるわけだよね? やっぱり、お友達じゃなくなるんだ?」


なんか寂しいけど、仕方ないか・・・。


「じゃあ、これからはライラ様ですね。よろしくお願いしまーす! ライラ様!」


俺は姿勢を正し、改めてライラに頭を下げた。


「・・・だ」


「え?」


ライラの呟きがよく聞こえなくて俺は顔を上げると、ライラはそっぽを向いている。


「・・・だ」


そっぽを向きながら、また何か呟いたが、小さ過ぎてよく聞こえない。


「??? えーっと、ライラ様?」


俺は首を傾げてライラを見た。

ライラは俺に振り向くと、キッと睨んだ。


「え?」


「その呼び方は嫌だ!」


ライラは叫ぶように言うと、プイっと顔を背けた。


へえ~、相当「ちゃん」呼びが気に入っているんだな。

普段、呼び慣れていないから新鮮なのかもしれない。

俺は自然と口元が緩んだ。


「そうですか。じゃあ、今まで通り『ライラちゃん』でいいですね?」


「話し方も気に入らぬ!」


ライラはプイっとそっぽを向いたまま、怒ったように言う。


「分かった、分かった、ライラちゃん。今まで通りな?」


俺はむくれたライラが可愛くて、思わず頭を撫でた。


こりゃ、本当は思ったより我儘お姫様なのかもしれないな~。

老婆という仮面に隠れているけど。


こうして俺はライラへの呼び方も態度も変えないことにした。

当然、これはランスの怒りを買うことになる。

何度もド突かれる羽目になるが、最終的には奴が折れるのだった。





ライラが部屋から出て行き、病室に一人きりになった。

改めて自分の立ち位置を振り返ってみる。


奴隷から騎士・・・。


とりあえず、今の俺はもう奴隷じゃないんだ。

今までのような非人道的な扱いを受けることもなくなるはずだ。


いや、もうなくなってる・・・。

俺への待遇の急変が物語っているじゃないか。

医者もやたらと丁寧だったし、看護婦の態度の変わりようったら異常だ。


「そう言えば、騎士は身分が高いって言ってたな・・・」


ああ、そうか、そういうことか・・・。


立場が変わると、人間ってこんなにも簡単に手のひらを返すんだな。

まるで虫けらのように俺を見つめ、触れるのも憚るようにしていた看護婦が、まるで自分を売り込むように体を摺り寄せてきたことを思い出すと、背中にゾゾっと怖気が走った。


「人間てって言うか・・・、女って恐ろしいもんだな・・・」


俺は自分を抱きしめるように両腕を摩りながら呟いた。





女って怖い・・・。

そう思っていたんだけど・・・。


「ケンタロウ様! お食事をお持ちいたしました!」


昼飯時に4、5人の看護婦がワラワラと部屋に入ってきかと思うと、テキパキと食事の準備を始めた。

朝と同様、俺のベッドの上に簡易テーブルを置き、その上に豪勢な食事が並ぶ。


おお、また肉だ!と旨そうな食事に目を奪われていたが、ある違和感に気が付き、周りを見た。


何故か、看護婦は全員俺のベッドに座っている。

そして、皆がみんな、やたらと笑顔を振り撒いている。


えっと・・・、何か皆さん近いんですが・・・。


「ケンタロウ様。傷が痛みますでしょう? 食べさせて差し上げますね」


隣に座っていた看護婦が、俺より早くフォークとナイフを取ると皿の肉を切り出した。


「え? えっと・・・、手は使えるんで大丈夫ですヨ・・・?」


俺は肉を切る女に恐る恐る声を掛けた。

すると、反対側から、


「さあ、ケンタロウ様。スープをどうぞ」


そう声が聞こえ、振り向いた途端、口元にスプーンを突きつけられた。


「え・・・っと・・・?」


「さあ、どうぞ」


スプーンが更に口元に近づく。口を開けずにはいられない。

オズオズと口を開けると、優しく口の中にスープが流し込まれた。


「どうですか? 美味しいですか?」


看護婦は首を傾げて優しく笑う。

う・・・。この人可愛い・・・。


「美味いです・・・」


「では、もう一口どうぞ」


俺は無意識に口を開けた。と思ったら、反対側の肩を掴まれ、グルリと向きを変えさせられた。


「ケンタロウ様! お肉をどうぞ」


開けていた口に肉を指したフォークが突っ込まれた。


「いかがですか?」


にっこり笑う看護婦。ヤバい、この人も美人・・・。


「美味いっす・・・」


「ケンタロウ様。果物もどうぞ」


次は別方向から、剥かれた柑橘系の果物が口に放り込まれた。


「ケンタロウ様。パンをどうぞ」

「さあさあ、もう一口スープを」

「いいえ、ケンタロウ様。もっとお肉を召し上がれ」


いろんな方向から俺に食べ物が差し出される。

気付くと俺は口を動かすだけだ。

女性陣の距離もどんどん縮まってくる。


情けないけど、こんなにチヤホヤされて悪い気持ちになるはずがない。

自然と顔がにやけて止まらない。


ああ、これって俗に言うハーレムって奴?

こんなことが俺の人生に起こるなんて!

今までの酷い仕打ちを耐え抜いたご褒美だろうか?


神様、ありがとう!

騎士ってすげー!

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