32.いきなり騎士

大男がフンっと鼻息荒く、俺に向かって、やたらと大げさに胸を張っている。


え? 何? まさか俺に言ってる? この大男。 

ってか、何? 騎士って。


「・・・すいません。ちょっと何言ってるか分かんないです・・・」


俺はボーゼンと大男を見上げた。

そんな俺にランスは苛立ったように、ライラを押しのけて、ズイッと俺の前に立った。


「だから、姫様付きの騎士に就任したと言っている! いいか? これは破格の昇進だぞ! 奴隷から騎士なんぞ、本来なら絶対に有り得ん! 天地が逆転しても有り得んことだ!」


ランスは人差し指を立てて、俺の眉間に当てた。


「いいか! これはライラ姫様のお慈悲だ! 姫様が国王陛下に御自ら懇願して下さったのだぞ!」


ランスの一指に力がこもる。俺の眉間にヤツの爪が食い込んだ。


「奴隷からの解放のみならず、身分まで与えて下さった姫様に、生涯をかけて忠誠を誓え! お前の命は姫様のものだ」


ランスの手がゆっくり俺から離れる。


俺はまだ全然理解が追い付かない。

変わらず呆けた状態で二人を見つめた。


「・・・ケンタロウ・・・?」


ライラは黙ってしまった俺を心配するように、ランスの後ろから俺を窺っている。


「信じられん! 礼を言わんか! この上ないほどの名誉だというのに!」


バコーンっと頭に衝撃を受けたが、それでも尚、言葉が出てこない。

俺は頭を抱え、俯いてしまった。


「貴様ぁ!」


「止めろ、ランス!」


ライラが俺とランスの間に割って入った。


「ランス、席を外せ。私はケンタロウと二人で話がある」


「しかし、姫様!」


ランスが制するのを無視するように、ライラは俯いている俺に顔を近づけた。


「聞いてくれるか? ケンタロウ」


俺を覗き込むように見つめるその目は懇願している様に見えた。

俺は無言で頷いた。


「え? え? 無視ですか? 姫様!」


「ランス・・・」


「廊下で待機しております・・・」


ランスは寂しそうに肩を落とすと、スゴスゴと廊下に出て行った。

ランスが廊下に出るのを見届けると、ライラは俺に振り向いた。


「すまぬ。ケンタロウ・・・。お前の希望には添えていないようだな・・・」


ライラは申し訳なさそうに目を伏せた。

俺は慌てて首を振った。


「いや! えっと、その、なんだ・・・。ちょっと、驚いてさ! 騎士って何? みたいな?」


「・・・騎士はこの世では名誉ある職だ・・・。身分も高い」


「そ、そうかあ~! そうなんだぁ! あははは! ありがとう、ライラちゃん!」


「・・・」


「でも、ほら、俺、異世界人だしさ~。奴隷から解放してもらうだけで十分有難かったっつーか・・・」


「嫌だったか・・・?」


「いやいやいや! えーっと、その、身に余り過ぎるっつーか・・・」


「・・・気に入らぬか?」


「気に入るも気に入らないも、ホント、騎士って何? って感じで。あははは!」


「・・・」


「ごめんっ! 荷が重いです!!」


俺はライラに向かって頭を下げた。


「すまぬ・・・」


ライラは小さく呟いた。


謝らないでくれ! 俺の為にしてくれたことは分かってる!

でもね、騎士って、鎧着て剣持っているアレでしょ?

俺、剣道ですら学校の体育の授業でしかやった事無いんですよ?

無理っしょ? どう考えても!


「・・・だが、国王陛下がお決めになられたことだ。覆せぬ・・・」


「国王・・・陛下・・・?」


俺は顔を上げてライラを見た。

ライラは目を伏せたまま続けた。


「実は、私はお前の奴隷解放と城内の他の職を願ったのだ・・・庭師など・・・。だが、国王陛下が多大にお前を評価して下さった。どうせなら私付きの騎士にとおっしゃり・・・」


「・・・」


「騎士には十分な身分がある。私には上手く断る理由が見当たらず・・・」


「・・・」


「・・・」


親父かーっ!!





「すまぬな、ケンタロウ・・・」


「謝らないでくれ! ライラちゃん! ライラちゃんは何も悪くない!!」


俺はガバッと起き上がると、きちんと姿勢を正した。


「俺こそごめん! こんなにも良くしてもらったのに、変な事言ってさ。奴隷から解放されるなんて本当にありがたいよ!」


「ケンタロウ・・・」


「それにさ、ライラちゃん付きの騎士ってことは、いつも一緒にいれるってことだよね?」


「・・・そうだが・・・」


「じゃあ、一緒に魔女探しできるな!」


そうだ、そうだ! 驚き過ぎて肝心な事を忘れてた。

魔女さえ見つかれば何の問題もないじゃないか! ノープロブレム!

俺は何を真面目に騎士になることを受け入れてるんだ?!


さっさと元の世界に返してもらえばいいんだけじゃん!

そして、ライラだって元の姿に戻してもらえればいいんだ!


それで、ハッピーエンドだ!

あー、焦った!


「奴隷じゃなくなったなら、城の中を堂々と探索出来るだろ? よし! 一緒に北の塔に直接乗り込もうぜ!」

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