25.報告

目を覚ました時、周りはとても暗かったので、俺はどこにいるのか分からなかった。


「・・・どこ・・・? ここ・・・」


無意識にそう呟いた時、


「健ちゃん~~~!!!」


そう叫び声が聞こえたと思ったら、誰かが俺にガバッと抱き付いた。


「いでででっ! 苦し・・・っ!」


俺は無理やり起こされるように抱きしめられ、背中に激痛が走った。


「健ちゃん! パパだよ、お父ちゃんだよ~! 良かった~! 目、覚めて! 三日間ずっと寝てたんだよ~!」


「親父っ・・・!」


不幸の元凶に抱きしめられていることに気が付き、俺は怒りが沸いてきた。

思わず、離れようともがいたが、背中痛くて無理だ。


「もう、ダメじゃないかあ! 魔法の林なんか入っちゃあ! あの林は奴隷が逃げ出さないように、魔法の罠がたくさん仕込まれているって聞いたよ~!」


え? 奴隷が逃げないように? あれ、外部からの侵入を防ぐためじゃないの?


「何であんな危ないところに入ったの~~?!」


親父はオイオイ泣いている。


「・・・成り行き上、仕方なく・・・」


俺はボソッと言い訳した。

って言うか、あんたから逃げるためなんだけどね。


「仕方なくじゃないでしょ~!」


「うっせーなぁ! 分かったから、もう放せよ! 背中痛ーって!」


親父は渋々俺から離れると、ゆっくりと俺をベッドに寝かせつけた。


「それより、ここどこ?」


俺は横になりながら親父に尋ねた。


今は真夜中なのか、周りは真っ暗だ。

ベッドの横にあるテーブルに小さなランプが二つ置いてあるが、それは俺たち二人を照らすのが精一杯で、部屋の全体像は分からない。


「ここは救護室だよ。今、患者は健太郎しかいない。廊下にも誰もいないよ。人払いしてるからね。」


「ふーん・・・。俺、手当てしてもらえたんだ? 奴隷なのに」


「当たり前でしょうが!」


親父は驚いた顔をした。

そんな親父の顔を、俺は呆れたように目を細めて見返した。


「そうでもないぜ、親父。奴隷がどんな扱いか分かってる? 俺が今どんな生活してるか知ってるのかよ?」


「ん? 家畜小屋で働いてるんでしょ? 良かったじゃないか、酪農体験ができて。何事も経験だ。芸の、いや、人生の肥やしだよ」


親父は肩を竦めてにっこりと笑った。


「・・・死にそうな目に遭ってるのに?」


「だから、それは林に入ったからでしょうが。こんな大怪我しちゃって!」


「ちげーよっ! 奴隷生活で死ぬって言ってんだよ! 林のバケモンに殺されなくたって、どっちみち死んでるわっ!」


俺の叫びに、親父は目を丸めた。


「すげー劣悪な環境で、すげー重労働させられてんだからなっ! まともな飯も食わせてもらえねーし、衛生状態も有り得ねーほどひでえよ! マジで死人が出てもおかしくねーからな!」


「・・・本当か?」


「だって、俺、臭いだろ? 風呂は一週間に一回しか入れないんだぜ? 牛糞運んでんのにさ!」


「・・・いや、綺麗だが・・・」


「?」


俺は思わず、両手を見た。薄暗くてしっかりと見えないが、綺麗な手だ。

シーツをめくって体を見ると、着ている服が違う。

クンクンと体の臭いを嗅いでみても、糞の臭いはしない。


「そっか、治療するのに洗ってもらえたのか・・・」


俺は小さく溜息を付いた。

しかし、親父をキッと睨むと、


「だがなあ! 普段はなあ・・・!」


俺は苦情を続けようとした。すると、


「その話を最初から詳しく話しなさい!!」


親父が、俺よりもデカくて怒りを含んだ声で遮った。

めちゃめちゃ怖い顔をしている。小さなランプの光に照らされて、余計に怖い。


「健ちゃんが家畜小屋で、皆が嫌がる糞や堆肥を率先して運んでいるとは聞いていたよ。パパは偉いなあと感心していたんだけど・・・」


「率先じゃねーよ!」


「そうだったのか・・・。ああ・・・、よく見ると、頬がこけてる・・・」


「そりゃ、痩せるわ! マジで少量しか飯出ねーんだぜ? しかも激マズ! 俺、よく今まで、病気にもならずに生きてたわ!」


「・・・すまない、健太郎。とにかく、家畜小屋の・・・、いや、奴隷たちの生活状況を細かく話してくれ」





俺の話を聞き終えて、親父は頭を抱えて俯いた。


「・・・まさか、奴隷の環境がそんなにも酷いとは・・・」


「言っとくけどなぁ、知らなかったは言い訳にならねーからな! 親父は国王なんだろ? 知っておくべきだろうが! 責任者なんだからよ!」


「・・・そうだな・・・。でも、知らなかったんだもん・・・」


「フツーに『奴隷』ってだけでも、その状況に息子を置くってどうかと思いますけどっ!」


「パパだって、最初から健ちゃんを奴隷にするつもりなんてなかったよ~。もっと違うところに預けるつもりだったのにさ~、暴力なんて振るうから計画が狂っちゃったんだよ~」


親父は頭を掻きむしって、恨めしそうに俺を見た。


「なんせ、健ちゃんは王様を殴った囚人になっちゃったんだからさ~。頑張って助けても奴隷がいいところだったんだよ」


「・・・っつーか、そもそも、奴隷がいるってのもどうなんだよ?」


俺は親父を睨み返した。

親父は肩を竦めて溜息を付いた。


「パパもそう思う。平和な日本の暮らしからじゃ、考えられないだろう?」


本当だ・・・。

身に沁みて分かったよ、どれだけ平和なところで暮らしていたか・・・。


ああ、だから帰りたいんですけど! 今すぐに!


「これは、改善が必要だな。奴隷制度は無くせなくても、せめて環境は改善しなければ・・・」


親父は呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る