24.攻撃

俺は小脇に婆ちゃんを抱えながら、ジリジリと後ずさりした。


くそー! 隙を見せたらすぐに襲ってくるぞ。

いや、隙なんか見せなくても関係ない。睨み合いがいつまでも続くわけがないのだ。

すぐにでも駆け出さないと!


俺は、婆ちゃんから木をひったくると、槍投げのように蔦の根元に投げつけた。

と同時に俺は走り出した。


木が当たったかどうかなんて分からない。

一瞬でもヤツの気が削がれればいいと思っていた。

だが、背後からギュッギュッという何とも言えないうめき声が聞こえた。

きっと俺が投げた木が命中したのだろう。


とにかく、この林から出ないと!


俺は残った体力を出し切って、懸命に走った。

だが、蔦はすぐに追いついてきた。


「危ない! ケンタロウ!」


小脇に抱えたライラ婆ちゃんが叫んだ。

と同時に、俺の背中に激痛が走った。


「ぐ・・・っ!」


蔦が俺の背中にヒットしたのだ。

次の瞬間には、蔦が離れる。


「ぐわぁっ・・・!」


背中に刺さった幾つもの長い棘が、一気に剥がされるのは、刺された時より数倍苦しい。


「ケンタロウ!!」


耳元で婆ちゃんが悲鳴を上げる。


俺は膝を付いて、何とか後ろを振り向いた。

もう一度、長い蔦が上から振り落とされるのが見えた。

咄嗟に婆ちゃんを突き放し、俺も横に倒れ込んで、ギリギリこの一撃を免れた。


「婆ちゃん・・・、走れ・・・!」


俺は倒れたまま、婆ちゃんに向かって声を絞り出した。

それなのに、婆ちゃんは俺の元に駆け寄ってきた。

ダメだって! 逃げろって言ってんだよ!


婆ちゃんは俺の腕を取り、立ち上がらせようとする。


「いいから・・・、婆ちゃん、逃げろって・・・!」


「できぬ!」


その間も蔦は攻めてくる。


「ヤバいっ!」


俺は婆ちゃんを抱えて蹲った。

蔦はそんな俺の背中に容赦なく鞭を下ろすように、襲い掛かる。


「ぐはぁ・・・!」


長い棘が幾つも刺さり、そして勢いよく抜かれる。

焼けつくような痛さに俺は声も出ない。


「ケンタロウ! ケンタロウ!」


俺の腕の中で婆ちゃんの必死に叫ぶ声が聞こえる。

小さいその体が小刻みに震えているのが分かった。


「ぐっ・・・!」


再度振り落とされた蔦の衝撃で、俺はもう視野が霞んできた。

婆ちゃんの声も小さくなった。体の震えも俺に伝わってこない。


もう、終わった・・・。


そう思った時だった。


「姫ーっ!!!」


どデカい叫び声が聞こえたと思ったら、何者かが俺たちの前に仁王立ちした。

と思ったら、それは、俺たちを飛び越えた。


ギョエエエエー!!


世にも恐ろしい叫び声がしたかと思うと、頭上から、ポトポトポトポトと細かく切り刻まれた蔦の破片が降ってきた。


「姫様ーっ!! ご無事でございますかぁ!」


声の主は、俺たちの傍に駆け寄ってきたかと思うと、俺からライラ婆ちゃんを引き離した。

そして、事もあろうに俺をポイっと放り投げた。


え? 何? この仕打ち・・・。


雑に転がされても、俺には怒る気力も体力もない。

それどころか生命力も失われつつある気がする。


でも、助かったのか・・・な・・・?


赤いマントを羽織った男が、大事そうにライラ婆ちゃんを抱き起している姿がぼやけて見える。


バカでかい男だな・・・。


俺はコロンと転がされたまま、その男の後ろ姿をぼーっと見つめていた。

男に抱えられながら、ライラ婆ちゃんが俺に向かって手を伸ばしている。

何か叫んでいるようだが、よく聞こえない。


その景色は徐々に霞んで白くなっていった。

俺は目を閉じると、意識を手離した。





「ランス! 離せ! ケンタロウ! ケンタロウ!」


「姫様! 落ち着いてください! お怪我はありませんか?」


「私のことはいい! それより、ケンタロウを!」


騎士の姿をした大男の腕の中でライラは暴れていた。


「姫様。この男は奴隷ではないですか。お気になさるな」


騎士は地面に転がっている健太郎を、どうでもいいように一瞥すると、


「すぐに城へ! 救護室へお連れ致します!」


そう言い、ライラを抱えて歩き出した。


「ランス! ケンタロウも! ケンタロウも連れて行け! 早く手当てしないと死んでしまうっ! あれは私を助けてくれたのだぞ!」


「城の者なら姫様をお守りするのは当然のこと。ましてや奴隷など、姫様の為に命を散らすことができるなんて、この上ない名誉でありますよ」


ランスと呼ばれて騎士は涼しい顔をしたまま、歩みを止めない。

だが、次の瞬間・・・。


「いでででで・・・・! 姫様! ライラ様! 何を!」


ライラはランスのりっぱなもみ上げをギューっと力いっぱい引っ張った。


「ランスのバカ者! これは命令だ! ケンタロウを運ばないか!!」


「わ、分かりましたっ! 分かりましたから、放して、姫様! 痛いいいっ!」


ランスはライラを下ろすと、両手でもみ上げを摩りながら、健太郎の元に戻った。

そして意識を失った健太郎を抱え上げようとした。


「くっさっ! こいつ、くっさ!」


思わず、健太郎を手離し、鼻を摘まんだ。


「姫様、こいつ臭いですよ!」


「ランス!」


「・・・はい。分かりました」


ランスは顔を歪めながらも、健太郎を小脇に抱えて、ライラの元に戻ってきた。

そして、失礼とライラに許可を取ると、反対の手にライラを抱えた。


大男は両脇に一人ずつ抱えた状態だというのに、林の中をヒョイヒョイと軽快に走り出した。

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