22.止めとけって言ったのに!
「林は止めときなよ」
と、俺は忠告したはずなのに・・・。
翌朝、大量の堆肥を乗せたリヤカーをえっちらおっちらと引いて歩いている時、何気なく見た小川の小道に、愛馬に乗ったライラ婆さんが目に入った。
「あれ、今日はやけに早いな・・・」
俺は婆さんのもとに行こうと、リヤカーを置いた。
だが、婆さんは馬の歩みを止めない。それに、俺がいるであろう丘の上の方に目もくれない。
小川の横道をパカパカと軽快に馬を走らせて、先へ進んで行く。
え? ちょっと、その先って・・・。
俺は婆さんの進む先を見た。それはどう見ても林。
「やっぱり・・・。強情な婆ちゃんだなぁ・・・」
呆れたように呟くと、
「婆ちゃーん!」
と大声で叫んだ。
だが、その声は届かないようだ。
馬は見る見る小さくなっていく。
「あ~あ・・・」
俺はガックリと肩を落とした。
魔法の林と言われても、魔法自体がどんなものか想像つかないので、実は正直、そっちの方の危なさはピンときていない。
ただ、舗装されていない林や森は、年寄りが歩き回るには不向きだ。
山里に住み慣れているような老人なら話は別だが、ライラ婆さんはどう見ても違う。
「大丈夫かな。すっ転んだりしなきゃいいけど・・・。年寄りはちょっと転んだだけでも骨折したりするもんなあ」
だが、もう行ってしまった。
仕方がない。無事に戻ってくるのを祈って待とう。
俺は溜息を付いて、リヤカーを持ち上げると、畑に向かってゆっくりと歩き出した。
★
午前中、ライラ婆さんが戻ってくることはなかった。
そのくらいは想定していたので、俺もあまり焦ることはなかった。
だが、午後になっても、ライラ婆さんが小川の定位置で待っている姿は無い。
まさか、何の報告も無く、俺のところを素通りして城へ帰る頃は考えられない。
だから、まだ林から戻ってきていないのだろう。
午後も少し日が傾きかけ始めると、俺は焦りと不安が入り混じり、丘の上を通る度に祈る思いで小川を見ていた。
ライラ婆さんの姿は無い。
「大丈夫かな・・・。もうそろそろ夕方になる・・・」
午後になってから何度目の往復だろうか。
堆肥を積んで丘の上を上り切った時、上から小川を見下ろした。
「え・・・?」
俺は目を見張った。
いつもの定位置で、婆さんの愛馬が悠々と草を食んでいる。
だが、その近くにライラ婆さんの姿は無い。
注意深く周りを見渡しても、馬一頭のみ。どこにも人影が無い。
俺は嫌な予感がした。
リヤカーを投げ出し、馬に駆け寄った。
「おい! 婆ちゃんは?!」
俺は思わず、怒鳴るように馬に尋ねた。
馬は顔を上げ俺を見ると、ブルルっと鼻を鳴らした。
そして、林の方を見つめたではないか。
「おいおい! まさか婆ちゃんを置いてきたのかよ?! お前の主だろ? 何してんだよ!」
俺は馬に詰め寄った。
馬は相変わらず、ブルルっと鼻を鳴らしている。
「おい! 乗せろ! 林に戻るぞ!」
俺は馬の手綱を引き寄せると、鐙に足をかけた。
次の瞬間、馬は首を大きく振ったと思うと、前足を上げて立ち上がり、俺を振り払った。
突然の馬の反撃に成す術なく、俺はあっさりと飛ばされ、尻もちを付いた。
「痛ーな、おい・・・」
でも、まあ、驚くよね。すまん、馬・・・。
それに、俺、乗馬できなかった・・・。
俺は尻を摩りながら起き上がると、林に向かって走り出した。
★
林の入り口まで辿り着くと、俺は立ち止まって呼吸を整えた。
呼吸が整うと、外から林の中を窺った。
何か、妙に薄暗い。
もう夕方になりかけている。暗くても当たり前だか、日が当たらないだけではない暗さが林全体を覆っている気がする。
一歩足を踏み入れるのに、とてつもなく躊躇する。
それでも、この入り口で突っ立っていても仕方がない。
勇気を持って林の中に足を踏み入れた。
途端に、空気が冷たくなった。
確実に林の外と温度が違う。絶対5度くらい違う。
うわぁ・・・。薄気味悪・・・。
やっぱり、魔法って伊達じゃねーな・・・。
俺は用心深く奥へ進んで行った。
「と言っても、どこをどう探そう・・・?」
森ほど広くないんだから、適当に歩けば行き当たるかな?
それでもまあまあ深いよな・・・。
「何か目印でも落としてねーかな? 分かり易いヤツ」
俺は目を皿のようにして、周りを見渡した。
すると・・・。
「あれ・・・?」
見覚えのある布が低い枝に引っ掛かっている。
「嘘?! 早速発見?!」
俺は軽く叫んで、駆け寄った。
布を拾ってみると、やっぱり婆ちゃんのスカーフだ。いつも顔を覆っているやつ。
これで、ここを通ったってことは分かった。
近くに居ればラッキーだけど。
俺は思っていたよりもあっという間に手がかりを見つけたせいで、気持ちが一気に楽になった。
抱えていた恐怖心も警戒心も消えてしまった。
スカーフを丸めて、服の胸の中にしまうと、ズンズンと奥に入って行った。
道なき道を歩くと―――、
「いた!」
あっけなく本人を発見した。
「何してんだよ~、婆ちゃん!」
俺は呆れたように叫ぶと、婆ちゃんの元に駆け寄った。
「ケン・・・タロウ・・・」
婆ちゃんは、左右別々の片手と片足が蔦に絡まった状態で、身動きが取れずにいた。
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