21.当たりスポット
翌日も、そして次の日も、あれから毎日のようにライラ婆さんは俺に会いに来てくれた。
来てくれる時間はまちまちだったが、小川の川辺で合流すると、お互い、その日の成果を報告し合うようになった。
もちろん、毎日、お菓子を携えて来てくれた。
持ってきてくれるお菓子はクッキーだけじゃなかった。
マドレーヌやスコーンのような焼き菓子もあった。
わざわざ違うものを持ってきてくれる、ライラ婆さんの気遣いに俺は感謝した。
それだけじゃない。
俺は糞や堆肥まみれで汚れている。
毎日小川で体を洗っているし、婆さんから菓子を受け取る時も、その前にしっかり小川で手を洗っている。
しかし、俺から放たれる悪臭は相当のものがあると思う。
それなのに、婆さんは少しも嫌な顔を見せない。
まあ、顔はしっかりとスカーフで覆い、フードも目深に被っているので、本当のところの表情は分からない。
だが、俺に菓子を手渡した後も、すぐに距離を開けようとはせずに、俺の傍で食べ終わるのを見守っている。
その心配りが俺には嬉しかった。
「婆ちゃん、ごめんな。俺、臭いだろ? 風呂に入れるのは一週間に一回なんだ。そんなスカーフで覆っているくらいじゃ、全然臭うだろ?」
申し訳なさそうに呟き、婆さんの傍を離れようとする俺に、婆さんは首を振る。
「そんなこと気にするでない。それに、このスカーフだってお前の臭いを気にして顔を覆っているわけではない」
「そうなの? 俺が臭いからじゃないの?」
「違う・・・」
婆さんは俯いて首を振った。
だが、すぐ顔を上げると、話題を変えるように、
「今日も鶏小屋の方を見てきた。でも、魔女はいなかった・・・」
残念そうにそう言うと、肩を窄めた。
「うーん、家畜小屋にも畑にも来てないよ。北のババアって、今、城に居ないのかな?」
「ババアって・・・。魔女と言いなさい」
「いいんじゃね? 誰にも聞かれてないし」
悪びれない俺に、ライラ婆さんは呆れたように首を振った。
「まあ、いい・・・。それより、私は林に行ってみることにする」
「林? 畑の奥の? やっぱり行くの?」
「今日はもう夕方だから、明日・・・」
俺は林の方を見た。
森ほど広大ではないが、なかなか広そうだし、暗そうだ。
「大丈夫? 年寄りなのにさ~」
「・・・」
「林に何かあるの?」
「・・・あの林は防壁だ・・・」
「は?」
「あの林の奥から城への侵入を防ぐために、いろいろな魔法が仕込まれていると聞いている・・・。きっと定期的に魔女は訪れているはずだ・・・」
ええ? そうなの? 何だよ! それ先に言ってよ~!
それじゃあ、鶏小屋より可能性あるかもじゃん?
あれ? でも・・・。
「そんな林、危ないんじゃねーの?」
俺は思わず顔をしかめた。
「そうだよ、そんなとこ年寄り一人で行くなんてダメだよ! 無謀!」
「・・・年寄り・・・」
ああ、どうして年寄りになると、こうも危機意識が薄れてくるんだろう?
車が来ているのに、道路を平然と横切ろうとするのと一緒。
危険予知能力だって運動能力だって一段と鈍くなっていることに本人はまったく気付かない。
「俺は一緒に行けないんだからさ~。無理はダメだって」
「だが・・・」
ライラ婆さんは俯いた。
「だが・・・、一日でも早く解放されたいだろう? お前だって・・・」
ちょっと不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。
「そうりゃ、そうだ。でも、大怪我したら意味無いし。婆ちゃんだってそうだろ? どんな願いがあるのか知らないけど、怪我したら大変だって! 願いどころじゃなくなるぞ?」
「・・・」
ライラ婆さんは納得いかないみたいだ。
まだ拗ねたようにそっぽを向いている。
「拗ねんなよ~、婆ちゃん~、子供じゃないんだからさ~」
俺は呆れたように言うと、ライラ婆さんはピクッと肩を揺らた。
「当たりスポットは分かってるんだ。家畜小屋に鶏小屋に畑。ここには絶対に来る。しかも安全。無理に危険な所に行くことないだろ。どうしてもってなら、せめて城の中とか婆ちゃんの生活エリア内の安全な場所を探しなよ」
「・・・城の中は人が多くて、歩きにくい・・・」
「何言ってんだよ、林の中の方が足元悪くて、もっと歩きにくいだろー。ましてや魔法の林なんてさー」
「・・・」
「な? 林は止めときなよ、婆ちゃん」
俺は膝に手を置くと、腰をかがめてライラ婆さんを覗き込むように見た。
まるで子供をなだめているようだ。
観念したように小さく頷く婆ちゃんの頭を、俺はついついポンポンと撫でた。
ライラ婆さんは驚いたように目を丸めた。
「あ! ごめん、俺、汚かった!」
俺は慌てて手を引っ込めた。
婆さんはブンブンと顔を横に振った。
「・・・もう、戻る・・・」
婆さんはくるっと向きを変えると、小走りで愛馬の傍に行ってしまった。
う~ん、ああやって見ると、年の割には足腰しっかりしてるよな・・・。
それでも、馬に乗る時は一苦労だ。
一人で乗ろうと頑張るものの、最後には俺が持ち上げる。
俺は汚いので、触れて婆ちゃんの服を汚したくないのだが、乗れなければ帰れない。
今日も、せーの!と言う掛け声と共に馬に跨る。
「・・・礼を言う・・・」
毎回律儀だな。いいのに、礼なんて。
馬は小川の横の小道をゆっくり歩いて行く。
俺はその姿が小さくなるまで見届けてから、丘を上がって行った。
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