17.人違い

「お願いです! 俺を元の世界に返してください。魔女様!」


俺は頭を地面に擦り付けるほど下げて、大声で叫んだ。


「魔・・・女・・・?」


「魔女様ですよね?! 王室付きとか何とかの?!」


俺は顔を上げて、魔女を見た。

老婆は驚いたように目を見開いている。

その目は明らかに動揺していた。


「やっぱ、そうですよね?! あんたでしょ? 俺を連れてきたの!」


老婆の動揺が気まずさから来ているものだと思った俺は、急に怒りが沸き出した。


「そうだろ? 婆さん!? あんただろ?!」


俺は土下座したまま、地面の草をギュッと握った。そしてキッと魔女を睨みつけた。

婆さんは俺の凄みに尻込みしたかのように一歩下がった。

しかし、俺はグッと怒りを飲み込んで、もう一度頭を下げた。


「俺を元の世界に返してくれ! 頼むから! この通りです!」


俺はこれでもかと言うほど、額を地面に押し付けた。


「・・・あの・・・」


「あんまりだ! こんなのって! いくら親父に頼まれたからって!」


「え・・・っと・・・」


「だって、奴隷っすよ?! 俺、何にもしてないのに!! フツーの高校生なのに!」


「コーコーセイ・・・?」


「確かに! 確かに、親父は殴りましたよ? ええ、ええ! 殴りましたとも! でも、あれはあの親父バカが悪いんじゃねーか!」


「親父・・・」


「礼に何か欲しいってなら! 報酬がいるってなら、親父から何か適当にむしり取ってくれ!」


「・・・」


「お願いします!! どうか助けてください! 俺、このままだとマジで死ぬ!!」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


思いの丈をすべて叫んだあと、暫く沈黙が流れた。


「えっと・・・?」


俺は恐る恐る顔を上げて魔女を見た。

魔女は訝しそうに俺を見下ろしている。

そしてやっと口を開いた。


「お前は何者だ?」





魔女の言葉に俺はポカンとした。

また、シーンと沈黙が訪れる。


「・・・お前は何者だと聞いている」


「え・・・?」


「元の世界とは何だ・・・?」


「・・・」


俺は言葉に詰まった。


あれ? この婆さん、魔女じゃない? それとも別の魔女?


俺は背中に嫌な汗が流れた。


え~、どうしよう?

異世界の事を知らないってことは、この魔女の婆さんじゃないんだ。

それに親父が言っていたじゃないか。俺の素性を知っているのは魔女ともう一人だけって。

その魔女が俺を知らないわけがない。


「え、えっと、お婆さんって魔女様ですよね?」


俺はオロオロしながら魔女を見上げた。


ああ、そうだ! 

でも、この婆さんも魔女なら、例のすげー魔女を紹介してもらえばいいじゃないか!


消えかけた淡い期待がまた湧き上がる。

俺は気を取り直して、しっかりと老婆を見つめた。だが、老婆は目を伏せた。


「・・・私は魔女じゃない・・・」


「え・・・」


「残念だったな」


「・・・うそ・・・」


俺は全身の力が抜けていくのが分かった。

俺はボーゼンと婆さんを見た。


「それより、元の世界とは何だ? 帰りたいって・・・?」


婆さんは不思議そうに俺に聞いてくる。

俺はその質問に答える気力が無い。正座したままの体勢でゴロンと横にぶっ倒れた。


「何でもないっす・・・。忘れてください・・・」


俺はそう答えると手で顔を覆った。


「コーコーセイとは何だ? お前は奴隷ではないのか?」


婆さんは意気消沈の俺に執拗に聞いてくる。


「元の世界って・・・。連れて来られたってどういうことだ?」


ああ、どうでもいい人に、盛大に秘密事項バラしちまった・・・。

俺のアホ・・・。


「お前はその魔女に連れて来られたのか?」


しつけーな、この婆さん・・・。

もう、俺、無気力なの・・・。ちょっと黙ってくれない?


俺は顔を覆ったまま、黙っていた。


「お前も魔法をかけられたのか? コーコーセイというものから奴隷へ?」


ううん。ちょっと違う・・・。


俺は女子のようにプルプルと顔を横に振った。


「そうか・・・、魔法で奴隷になるというのも変だものな・・・」


婆さんは呟く。


「元の世界に返せって。お前はこの世のものではないのか?」


俺はピタッと固まった。


「もしや、北の塔の魔女に連れて来られたのか?」


北の塔の魔女!


俺はパッと顔から手を放した。

そして、ガバッと起き上がった。


「知ってんですか? その魔女!? 北の塔の!」


「・・・知っている」


老婆は頷いた。


「マジっすか!? 友達なんですか?」


そうだよな! 魔女も100歳越えって言ってたもん!

年齢近いじゃん! まさかの茶飲み友達??


俺は目を輝かせて老婆を見た。


老婆はバツが悪そうに目を逸らすと、


「知っているだけだ。友達でもないし、知り合いでもない」


そう答えた。


「なんだあ~~~」


俺はまたゴロンと横になって、手で顔を覆った。

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