14.早くも『偶然』か!

風呂から戻ってきた俺は、その時に手渡された清潔なシーツをベッドに敷き、その上にゴロンと仰向けに転がった。


「北の塔か・・・」


戻ってくる道すがら得た情報。

王室付きの魔女たちが住んでいるという場所。

そこは城の敷地の中でも、最も北に位置しているそうだ。


そして、そこは今俺たちがいる奴隷の宿舎とは真反対で、かなり離れているらしい。

ドーン建っている城に遮られ、視界にも入らない。


「あの城の奥か・・・」


奴隷の俺が、城を通り越して、奥の敷地までプラプラ歩いて行けるわけねえよなあ・・・。


「はあ~・・・」


俺は溜息を付いて目を閉じた。


やっぱり、徘徊しているところを偶然に捕まえるしかないのか?

そんな偶然ってある?

既にここに一週間いるわけだが、今まで、魔女っぽい婆さんなんて見たことないぞ。


「ああ!」


俺は頭を掻きむしった。

いいアイデアなんて浮かばない! どうすりゃいいんだ?


俺はクルっと体を回転させうつ伏せになると、シーツに顔を埋めた。

折角綺麗になったのに、また明日から糞まみれになる。そして一週間そのままだ。


「あ~、仕事したくねー・・・」


俺はバタバタと、まるでバタ足泳ぎのように、足で乱暴にベッドを叩いた。


「おい! うるせーぞ!」


上の段のベッドから怒鳴り声がする。


「すんません・・・」


ああ・・・、本当にどうしたらここから抜け出せるんだか・・・。





翌朝、俺の心とは裏腹に、快晴の青空。


心地よい爽やかの空気が、家畜の糞尿の臭いを柔らかく周辺に運ぶ。

そして、その香りはあっという間に俺を包み込む。


昨日と同様、山の糞をリヤカーで運ぶ。

糞を肥溜め移し終えたら、出来上がった堆肥の加工場へ移動。

同じリヤカーに堆肥を乗せるだけの入れ、次は城内の畑へ運ぶ。

畑の隅に堆肥置き場があるので、そこへ移す。


「ご苦労さん」


堆肥を届けると、畑の担当の奴隷が労いの言葉を掛けてくれる。

この人、いつもこんな感じで優しい。だから俺もつい笑顔になる。


「お疲れ様っす」


俺も元気に挨拶する。


「お、昨日は風呂だったのか? 綺麗になったな!」


「はい! やっと風呂の順番が来ました」


「よかったな~。俺は今日なんだよ!」


「いいっすね!」


そんな会話をしながら、リヤカーから堆肥を下ろす。

畑の奴隷たちは家畜小屋の奴隷たちより穏やかそうだ。


下ろし終えると、俺は空のリヤカーを引き、家畜小屋に戻る。

そして新たな糞を乗せ、堆肥加工場へ。そしてそこから畑へ。


家畜小屋から堆肥加工場はそれほど離れてはいないが、加工場から畑が離れている。

ちょっとした丘を越えなければならないのだ。

その丘を越えると、バーンと畑が広がる。

畑だけでなく、さらにその奥には林もある。

その奥の林の方から小川が流れ、畑を経由し、家畜小屋の方へ流れている


本当に城内なんですか? と疑ってしまいたくなる広さだ。


丘から眺める景色は綺麗だ。

行きは山のように積んている堆肥を運んでいるので、体力的にゆとりはないが、帰りのリヤカーは空なので、その時にこの風景を見ると、少しだけ心が和む。


実は一週間も経たないうちに、俺はここで少しの時間サボることを覚えていたのだ。


俺は道の途中でリヤカーを下ろすと、丘の中腹辺りまで下りて、ゴロンと寝っ転がった。


草の香りがする。

その匂いを嗅ぐと、自分にまとわり付いている糞や堆肥の臭いが少しだけ和らぐ気がする。

特に今日は、昨日風呂に入ったばかりで、まだ身綺麗だ。青い草の臭いがいつもより強く感じる。


俺はホケーッと青い空を見つめた。


空に流れる白い雲は自分の世界と何ら変わらない。

雲の間を横切って飛んでいく鳥たちも、俺の世界と同じだ。

それだけを見ていると、何にも変わらないのに。


それなのに、なぜ、こんなにも自分の環境は違うのだ?


そう思い、目を閉じた。

だが、すぐに目を開けた。


なぜなら、近くで声が聞こえたのだ。悲鳴のような泣き声が。


「え、何?」


俺はガバッと起き上がって、声の主を探した。


そこには小川の前で立ちすくんでいる小さな人物がいた。


「子供か? 女の子?」


フード付きのコートを羽織った少女らしき子が川に向かって立っている。

そうかと思えば、キョロキョロと辺りを見回し、長い枝を拾った。

そして、その枝を小川に伸ばす。


俺は枝先を見た。

そこには、丁度よく頭を出した岩に、何やら布らしいものが引っかかっている。

少女はそれを取りたいらしい。


俺はトトトっと駆け下りて行った。


「あれを取るの?」


俺は少女を見た。

だが、息が止まるほど驚いた。


だって、その顔。

少女じゃなかった。婆さんだ! しかもヨボヨボ!

どう見ても100歳超えた感じの!

ちょっと、ちょっと! もしかして、早速『偶然』来た?!


婆さんは驚いた顔をして、慌ててフードを被って顔を伏せた。


「俺! 取ります! 取らせてください! お婆様!!」


俺は躊躇なく小川に飛び込んだ。

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