11.奴隷
小屋の近くまで来ると、糞の臭いと獣臭に眩暈がした。
酪農体験なんてしたことない俺にとって、たくさんの牛や豚を目の前にするのは初めてだ。
ボーゼンと周囲を見回す。
その間に大男は一人の瘦せ型の男を呼び寄せた。
「おい! ジン。ちょっと来い!」
「はい! 親方!」
ジンと呼ばれた男はすっ飛んできた。
大男の前にしっかりと背筋を伸ばして立つと、帽子を取った。
「こいつは新入りだ」
大男は俺のことも見ようともせず、ただ親指で俺を指した。
痩せた男は、
「分かりました」
そう言って大男に頭を下げると、
「おい、お前、付いて来い」
今度は俺にそう言って、歩き出した。
もう、何なんだよ。いろんな人に引き継がれてんだけど?
俺は無言でジンという男に付いて行った。
男は真っ直ぐ小屋の中に入っていく。
そこには、俺と同じ格好の麻で出来た地味な上下の服を着た奴らが、何やら作業をしていた。
箒のようなもので床を掃いたり、鍬のようなもので藁を整えたりしている。
どうやら、家畜の寝床の掃除をしているようだ。
「ほらよ」
いきなりジンって男は俺に鍬を投げてよこした。
俺は慌てて受け取った。
受け取ったはいいが、どーすんの、これ?
俺はボケッと突っ立ていると、
「さっさと作業しろ! まともに働かなかったら飯は抜きだ! 初日でも例外はねえぞ!」
ジンは苛立ったように叫んで、俺のケツを蹴り上げた。
俺は前に転びそうになり、慌てて鍬で体を支えて何とか転倒を免れた。
冗談じゃねーよ! こんなところで頭からすっ転んだら、どうなると思ってんだよ!
だが、ここで反抗しても仕方がない。というより、命が危ない。
俺はキョロキョロと周りを観察しながら、見様見真似で作業することにした。
俺が渡されたのは鍬だから、藁を敷くのだろうと思い、藁を扱っている作業員を凝視する。
彼らは山になっている藁から、鍬で適量取ると、それを床に敷き詰めている。
そうか、そうか、あの山の藁を使うのか。
俺もその藁の山にザクっと鍬を突っ込み、グイっと引き上げた。
「うわっ!」
想像以上に藁を持ち上げてしまい、周りにバラバラとまき散らした。
「おいおい! 何やってんだ! てめえ!」
一人の男に怒鳴られた。
「すいません!」
俺は慌てて頭を下げた。
男は呆れたように俺を見たが、見慣れない顔と気付いたようだ。
少し声のトーンが和らいだ。
「新人か?」
「はいっ、新人っす!」
「一気に持ってこうとすんな! 馬鹿か?」
「はい!」
今度は周りを汚さないように、そっと藁に鍬を差し込んで、ちょいと持ち上げた。。
「そんなちょっと掬ってどうすんだ?」
「へ?」
「そんな量じゃ意味ねえ! アホか!?」
「すんません!」
「もっとしっかり鍬を持て! 腕だけじゃなく、腰使え! 腰!」
「はい!」
「そこにバラまくな! まだ掃いてねーぞ、そこは!」
「はいっ!」
「おいっ! てめー! 仕事増やす気かぁ!」
「さーせんっ!」
どれだけの怒号を浴びながら、どれだけの藁を運んだろう?
周りの人にギャイギャイ怒られながらも、何とか作業をこなしているうち、少しずつ形になってきた。
そして、気が付くと、日も暮れ、体はヘトヘトになっていた。
★
休憩は昼に一回きりだった。
身体の疲れなどほとんど取れないうちに、あっという間に労働再開。
気が付くと、俺はフラフラだ。
もう無理・・・。
もう知らん、このまま藁の山にぶっ倒れちゃおう・・・。
そうだ、もう気を失っちゃおう、それがいい。
そう思った時、大きな笛の音が響き渡った。
その音と共に、労働者の手は止まった。
ジンが、台の上から俺たち全員を見渡し、投げやりな感じに大きく手を振った。
もう上がれという合図のようだ。
労働者たちはぞろぞろと一定方向に歩いて行く。その先は物置のようだ。
それそれ手に持った道具を片付け始める。
俺も皆の後に続いて、ヨロヨロを倉庫に向かった。
「おい! 新人! あれも持ってけ!」
ちょっと偉そうな労働者の一人が俺を引き留め、誰も持って行かないバケツや箒を指差す。
え? あんた、今、俺、鍬を杖のようにしてヨロヨロ歩いてんの、見えてない?
だが、口答えする元気も勇気も無い。
俺は言われた通り、バケツや箒を持った。
そして、赤ん坊のようにヨチヨチと歩きながら倉庫に向かった。
その後は、労働者専用の住居に連れて行かれた。
そこには広いが、何もない簡素な食堂があった。
皆、お盆を持って一列に並び、飯の配給を受けている。
俺も一緒になって並んだ。
配られたのは、パンと牛乳と雑穀の入ったあまり綺麗な色をしていないスープ。
俺は目を見張った。
うそ? これだけ? あれだけ働いて?
今朝、牢屋で出された食事の方が、数段中身が良かったぞ?
周りを見渡すと、皆、それぞれテーブルに着き、文句も言わず、静かに食している。
「あのー、労働の割に、食事が少なくないっすか?」
俺はテーブルに着いてから、恐る恐る隣の男に尋ねた。
「奴隷の俺たちには当然の量だろ? 食べるのもがあるだけでも有難いと思えよ」
―――奴隷・・・。
ああ、そうだ。俺たちはただの労働者じゃない。
奴隷なんだ・・・。
俺はスープを口に運んだ。
「不味・・・」
牢屋で食べた朝食とは雲泥の差だ。
何なんだよ、この酷さ。奴隷は囚人より下なのか?
それとも、あれはバケツの水をぶっかけた俺への謝罪が込められていたのか?
そうなると、親父の力か?
俺はスプーンを握りしめた。
ここも改善の余地が大いにありそうですよ。親父さんよ。
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