10.出獄

屋外に出ると、中年の男二人が立っていた。

看守は二人の前に立つと、深々と頭を下げた。


俺は看守の後ろでそれをポカンと見ていたが、中年男の二人の内の一人が、昨日、俺の拘束を命じた男だと気が付いた。


その男は苦み潰したような顔で俺を見ている。


「・・・まったく、何故こんな男をお許しになるのだ、陛下は」


俺が牢から出ることに大いに不服のようだ。


「本当ですな」


もう一人の男も不思議そうに俺を見つめた。


どちらも派手な軍服を着ている。

傍から見るとどちらが偉いのか分からない。

だが、口調からすると、俺を睨んでいる男の方が偉いみたいだ。


一礼した看守は俺のことを置いて、さっさと持ち場に戻ってしまった。


え? え? ちょっと待って、俺どうすればいいの?


俺は、去って行く看守の後ろ姿と、二人の軍服男を交互に見つめた。

そんなオロオロする俺を見て、偉い方の男がますます顔を顰める。


「おい、サリ大佐。後を頼んだぞ」


そう言った後、俺をギロリと睨みつけたと思ったら、マントを翻し、颯爽と去ってしまった。


「はっ!」


サリ大佐と呼ばれた男は、去って行く男の背に向かって頭を下げた。

しかし、すぐに顔を上げると俺に振り向いた。


「おい、付いて来い」


「はいっ」


ドスの効いたやたらと低い声に、俺は軽く飛び上がった。


この男もさっきの男と同様、バサッとマントを翻すと、颯爽と歩き出した。

堂々と歩く後ろを、俺は不安を胸に抱えたまま、無言で付いて行った。





無言で暫く歩く。

気のせいか、向かっている方向から、何となくクサい臭いがしてくる。


それでも男は無言で歩く。


うん。確実にクサい臭いが漂ってくる。

うん。知ってる、この臭い。

糞の臭いと獣臭。


前方を見ると、大きいが簡素な家屋が立っている。

そこから、人に追われるように豚や牛が出入りしているのが見えた。


もしかして、俺の就職先って・・・?


その家屋の付近から一人の男が、こちらに気が付き、大急ぎで走ってきた。


「サリ様!」


駆け寄ってきた男は大男だ。

その男は、俺を連れてきた軍服男に大げさに頭を下げた。


「ああ、ご苦労」


サリ様って男は、大男に偉そうに片手を振って、頭を上げるように促した。

だが、大男は深く頭を下げているので、サリ様の合図に気が付いていない。


ずっと頭を下げている大男に、サリ様は軽く溜息を付くと、


「これが例の新しい奴隷だ」


そう言った。

その言葉に、大男はやっと顔を上げてサリ様と俺を見た。


あれ、ちょっと待て。今、サラッと何て言った?


「さようでございますか! この男が」


「ああ、厩舎と迷ったが、こちらの方が人手不足と聞いたのでな」


「なんと! 有難いご配慮、痛み入ります!」


サリ様はキョトンとしている俺を一瞥すると、大男に向き合った。


「大した体付きもしておらんから、役に立つかどうか分らんがな。まあ、適当に使ってやれ。だが、扱き使い過ぎて殺すなよ。死なれても面倒だ」


「はっ!」


大男はもう一度深々とサリ様に頭を下げた。

サリ様はマントをバサッと翻すと、もと来た道を帰って行った。


「え・・・? ちょっと・・・、サリ様さん・・・?」


俺は去って行くサリ様の背中に思わず声を掛けたが、サリ様には届かない。

次の瞬間、俺は首根っこをグイっと引っ張られ、少しばかり宙に浮いた。


「うげっ・・・」


俺は首を絞められた状態になり、慌てて首元を押さえながらもがいた。


「なんて奴だ! 奴隷の分際でサリ様に声を掛けるなんて! 罰当たりが!」


そう言うと、俺は地面に叩きつけられた。


「うぐっ!」


俺は痛みで一瞬息が止まった。

だが、叩きつけられた以上に衝撃なことがある。


―――奴隷・・・。


そう、さっき、奴隷って言ってたな。サリって奴・・・。

そして、こいつも今言った、奴隷って・・・。


俺は地面に這いつくばったまま、地面に生えた草をギュッと握りしめた。


「おい! いつまで寝てる、さっさと起きろ!」


大男は倒れた俺の腹を蹴とばした。


「くっ・・・」


自分で倒しておいて、寝てる言うな! コノヤロー!


俺は腹を抱えて丸くなった。

だが、いつまでもこのままの体勢ではもう一度蹴りを食らうかもしれない。

俺は歯を食いしばりながら、何とか立ち上がった。


腹を押さえ、くの字になっている俺の顔を、大男は情けなさそうに覗き込んだ。


「はあ・・・、体力無さそうな奴だな。使えるかな・・・」


俺は怒りのあまり涙目で大男を睨んだ。

しかし、大男は俺の睨みなど何とも思っていないようだ。


「まあ、いい。さっさと付いて来い」


大男は踵を返すと、大股で家屋の方へ向かって歩き出した。

俺はその後を、腹を押さえながら、ヨタヨタと付いて行った。


『暫くの我慢だ。上手くやるんだぞ』


昨日の親父の言葉が蘇る。


いやいやいや・・・。

既に上手くやる自信が全くありません・・・。親父さん。

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