9.秘密
親父は相変わらず俺を元の世界に返せないの一点張りだ。
俺は小さく溜息を付いて、親父を見つめた。
「親父自身に力が無いのは分かってるさ。だったらさ、親父はどうやってこの世界に来たんだ? 誰かに連れて来られたのか?」
俺は鉄格子を挟んで、親父の前に座った。
親父も俺の前に胡坐をかいた。
「そうだよ。異世界往来できる能力を持った魔女がいてな。まあ、それはそれは凄い力の持ち主でね。その魔女の婆さんに連れて来られたんだ」
「もしかして、お袋を連れてきたって言う婆さん?」
「そうそう」
「ふーん、すげーんだな、その婆さんって」
「うん、すごいんだよ~、100歳を超えている老婆なんだけどね、パワーがそこら辺の魔女とは全然違くってさ~」
「へえ、そのすげー婆さんって、どこにいるの? この城にいるの?」
「うん、いるよ。王室付きの魔法使いだからね」
「へえ、城のどこ?」
「えっとね~・・・、あ! 何聞いてんの? 健ちゃん! もしかして婆さんに直談判する気?」
「チッ・・・」
「ダメダメ! させないよ! あー、危ない、危ない」
親父は俺の誘導尋問に惑わされず、首を振って立ち上がった。
「じゃあね、健太郎。明日はパパの言う通りにするんだぞ。迎えに来た男の通りに行動すること。それと、パパとの関係は絶対に秘密だ」
「それそれ! 何で秘密なんだよ? だって、俺、王子でしょ? 親父の息子って分かりゃ、こんな扱い受けないで済むじゃねーか!」
「王子だからでしょーが。次期王の候補に入る気か?」
「え゛・・・」
「つまり、そういうことだ。見ず知らずの他人として過ごすことが一番安全なんだ」
―――次期王候補・・・
俺は言葉を失って親父を見上げた。
親父は真剣な顔で俺を見下ろしている。
そういうことか・・・。
そりゃ、まずい・・・。
「お前の素性を知っている人物は父さん以外二人しかいない。例の魔女の婆さんと、父さんの腹心の部下一人だけだ」
「・・・」
「分かったな? 健太郎。暫らくの我慢だ。上手くやるんだぞ」
「・・・」
「という事で。じゃあね、健ちゃん。お休み~、また明日~。会えたらだけどね~」
手を振って立ち去ろうとする親父に、俺は我に返り、慌てて引き留めた。
「ちょっと待てよ、親父! それ以外にも話がある」
「え~、まだ~? なに~?」
親父は少しばかり面倒臭そうに振り向いた。
だから、その顔がイラってくるだよな~。
「俺、濡れてんの分かる?」
俺は振り向いた親父を座ったまま見上げた。
この世界というか、この国は想像以上に乾燥しているようで、もう半分以上乾いているし、周りは暗いしで、親父は俺が濡れていることに気が付かなかったようだ。
「・・・何で濡れている?」
親父の顔が急に険しくなった。
「喉乾いたから水くれって言ったら、バケツの水ぶっかけられた」
「何いいいいいーーっ!?」
親父は絶叫した。
俺は構わず続けた。
「こういうの王様としてどうなの? 許していいの? 看守ってさ、囚人には何してもいいわけ?」
「いいわけないだろうっ!! よく教えてくれたな、健太郎。すぐに対処する! お前の服もすぐに用意するからな!」
親父の態度が急に凛々しくなり、マントをバサッと翻すと、ドスドスと大きな足音を立てながら去って行った。
俺はそんな怒り心頭な親父の後ろ姿を黙って見送った。
チクったことはどうも気が引けるが、良くないことは良くない。
まあ、少しは役に立ってくれ、親父。
俺はごろんと横になり、再び眠りに落ちた。
★
翌日、俺は看守に起こされて目を覚ました。
昨日の看守と別の看守だ。
鉄格子越しから、俺の手足の枷を外し、新しい服を手渡してきた。
麻で出来た地味な上下。
「ダサ・・・」
看守は俺の呟きに、耳をピクッと動かしたが、それ以上は何も言おうとしない。
着替え終わると、水と食事が用意された。
俺は飛び付いた。
喉はカラカラだったし、腹はペコペコだった。
夢中で飯を掻き込んだ。
「うめ~、生き返る・・・」
腹が減っていると何でも美味いもんだな。例えブタ箱の飯でも。
喉の渇きも、腹も満たされ、ホーっと溜息を付いた俺を見て、看守が牢屋の扉を開け、出てくるように促した。
俺は外に出るときに、チロリと看守を見上げた。
「昨日の看守の人ってどうしたんですか?」
つい興味本位で聞いてみた。
だが、看守は目も合わせず、
「答える義理は無い」
と冷たく言い放った。
なんだよ、この看守も冷たい人だな。
そう思った時、
「だが、昨日は同僚が失礼した」
そう小声で―――もう、それはそれは蚊の鳴くような小さい声で、ボソッと呟いた言葉が聞こえた。
よっしゃーっ!!
俺は心の中で盛大にガッツポーズをしながら、その看守の後に続いて、牢の中の長い廊下を歩いて行った。
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