8.囚人

一人の看守らしき男が面倒臭そうにやってきた。


「なんだ?」


ものすごくガタイのいい男だ。顔には頬にざっくりと傷がある。

ギロリと睨むその顔は何とも恐ろしい。

俺は尻込みした。


「え、えっと・・・、喉が渇いたのですが、お水もらえませんかね?」


思わず、そんなことを口走った。


そう言えば、この世界に来てから飲まず食わずだったことを思い出す。

それだけでも喉が渇いているが、この強面に睨まれて、さらに喉がカラカラになった。

看守は細めた目で俺を見下ろすと、低い声で、


「囚人の飲食は決められた時間のみ与えられる。例外は無い」


そう冷たく言い放った。


囚人って・・・!


俺は言葉が詰まった。


この扱いを見れば、言われなくてもそういう立場なのだと、頭の隅では分かっていた。

だが、ズバリ言葉にされると、グサリと胸に突き刺さるものがある。


いや! 可笑しいだろ? 囚人なんて!


「そ、そこを何とか・・・」


俺は勇気を振り絞って食い下がった。


「しつこいぞ!!」


「はいっ。すいませんっ」


無理無理無理。何、超怖い、この人。

この人に親父に会わせろって言っても、絶対無理だ。

うん、別の人に頼もう。もっと優しそうな人がいるかもしれん。


俺は素直に引き下がった。

それなのに・・・。


「ま、でも、これならくれてやる」


男はニヤッと口角を上げたと思ったら、傍にあったバケツを持ち上げた。


え? まさか?


と思った次の瞬間、そのが起こった。


俺はザバーンとバケツの水をぶっかけられたのだ。


男はフンと鼻を鳴らすと、バケツを放り投げ、満足そうにその場から去って行った。

俺はボーゼンと男の後ろ姿を見送った。


「マジで、何なんだ? この仕打ち・・・!」


なんてことだ! 理不尽極まりない!

ああ、これって看守の囚人いじめじゃん! 許されない奴じゃん!

ってか、まず、なんで俺が囚人なんだよっ!


「ぐ~~~」


俺は歯ぎしりしながら、鉄格子にガンッと頭をぶつけた。





「・・・ちゃん! 健ちゃん・・・」


そんな声が聞こえて、俺は目を覚ました。

いつの間にか眠っていたようだ。


「健ちゃん、健太郎・・・! 起きて・・・!」


その声に俺はガバッと起き上がった。急いで声の方向に振り向く。

鉄格子の向こうに親父がいた。


「健ちゃん、大丈夫? もう、ダメじゃないか~、暴力振るうからだよ~。お父ちゃん、王様だって言ったでしょ。王様に暴力振るったら死刑だよ、死刑」


親父は困った顔をして俺を見ている。

ヤレヤレとばかりに肩を竦めている親父の態度に、俺はブチ切れた。


「お、親父いいっ!!」


「しぃーーーっ!」


親父は口元に人差し指を当てて、俺を制した。

そして、キョロキョロと周りを見渡す。


「人払いはしてあるけど、大声出してはダメだ!」


親父は妙に凛とした声を出した。

そして、らしからぬ真剣な顔をして俺の顔を覗き込んだ。


「明日には出してあげるからね。だけど、いいかい? 健ちゃん。出してもらったら、迎えに来た男の言う事をすべて聞くんだよ」


「あ?」


「迎えに来る男が、健太郎のこれからの寝床と職を与えてくれる。その男の言う通りに働きなさい」


「ああ?」


反抗的な返事をする俺に対し、そんなことに付き合っている暇などないとでも言わんばかりに、親父は言葉を続ける。


「今は、健太郎を父さんの息子として世に出すわけにはいかない。暫らくの辛抱だから、見ず知らずの他人として、この城の中で働きなさい。絶対にバレてはいけない。分かったね?」


親父の目は真剣だ。


「暫くって?」


俺も声のトーンを少し和らげて、親父に尋ねた。


「次期王を選定するまで」


「次期王・・・」


俺は眉をひそめた。


「次期王が決まれば自由を約束されているって言っただろう? 身元も保証されて、王都の郊外で悠々自適に暮らせるぞ!」


親父は急に生き生きとした顔になった。


「そしたら、こんな窮屈な宮殿なんてさっさとおさらばして、パパとのんびりスローライフを送ろうね! ママのお墓からそんな遠くないところでさ!」


そう言って、にっこりと笑った。


「・・・いやいや、送らねーし、スローライフなんて」


「え~~、王都の都会暮らしの方がいいの?」


「じゃなくて返せっての、俺のことは! 元の世界に!」


「しつこいなぁ、健ちゃん。パパはそんな力はないって」


親父はヤレヤレと言うように再び肩を竦めて見せた。


「ここで一緒に暮らすのが一番だよ、健ちゃん」

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