6.帰れません

「ママのお墓はこの国に立派なものがあるよ。お骨はそこに葬ろうと思う」


親父はいつの間にか大事そうにお袋の遺骨を抱えて、優しく撫でていた。


「でも・・・、何で・・・?」


俺は頭を抱えながら親父を見た。


「でも、何で親父がここにいるんだよ・・・。親父は日本人だろ・・・?」


「ああ、父さんは日本人だよ」


「じゃあ、何でこっちにいるんだ? お袋だけを返して、自分は元の世界に帰ればいいだろ?」


「ママを置いて?」


「あのなあ!」


「それはできない。いやそれだけじゃない。父さんはママの伴侶だろ?」


「はい?」


「本来、ママが女王の座に就くはずだった。つまり父さんは王配」


「だから?」


「今、この国は空位状態だ。その間の王の代理を務めている。いや、務めさせられていると言った方がいいね。ママを奪った責任を取れということだ」


「・・・じゃあ、次期王が決まったら帰れるのか?」


親父は首を振った。

そして遺骨を愛しそうに撫でた。


「・・・自由は約束されているが、ママを置いて帰れない」


「・・・」


親父の気持ちは分からんでもない。

マザコンと笑われるかもしれないが、お袋は息子の俺が見ても、とても綺麗だった。

そんなお袋を親父は本当に大切にしていた。


突然に先立たれ、二年の月日が経っても、親父は未だに現実を受け入れ切れていない。

いつもそこにお袋が存在するように話すのだ。

遺骨であっても、墓であっても、傍に居たいのだろう。


俺だって、人のことは言えない。

まだ、お袋の死を完全に受け入れられていない部分はある。

母親としてはポンコツだったが、愛情はたっぷり注がれて育った。

お袋のことは間違いなく愛している。


だが、しかし! しかしだ!

これとそれとは話は別だ。


「・・・親父が残りたいのは分かったよ。反対はしない」


「ううっ、分かってくれるか?」


「だが、俺は嫌だ! 俺は帰る!」


俺がここにいる必要がどこにある?

俺はこれから幸せなスクールライフが待っているじゃないか!


そうだ! 俺は俺なのだ!

俺の人生を生きる権利がある!


「親父がここで達者に暮らしてくれるって分かったらそれでいい。もう、失踪届けも取り消すよ」


そうそう、俺だけ帰ればいいんだ!


「あと、金は貰うから。まだ学校あるし。大学も行くし。残った財産は丸っと貰っとくわ」


親父はお袋の遺骨を撫でながらも、呆れたように俺を見た。


「健ちゃん。それこそお父ちゃんは100%日本人だけど、健ちゃんはハーフだからね。パパよりここに残る義務があると思うぞ」


「は?」


「だって、そうだろう? 健ちゃんはママの血を・・・、こっちの人間の血を半分受け継いでいるんだから」


「・・・」


「それに、パパが王様ってことは息子の健ちゃんは王子様じゃん」


「へ・・・?」


「あ、でもいきなり王子様ってのもねぇ。ただでさえ、いきなり亡き王女の夫が現れて混乱してるから、黙っておこうと思うけど」


「・・・」


「とにかく、パパは何の力も無いから元の世界には返せないよ」


「な・・・」


親父はお袋の遺骨を元の棚に戻すと、優しく撫でてから、俺に振り向いた。

その顔はちょっと悪い笑みを浮かべている。


「だ・か・ら、一緒にここで暮らそうね~♪ 健ちゃん♪」


「いやだー!!!」


そう俺が叫んだ時、親父は天井からぶら下がっている紐を引いた。


しかし、俺はそんなことお構いなしに、ベッドから飛び出すと、親父に食って掛かった。


「ふざけんなーっ! クソ親父! 俺は親父の人形じゃねーんだぞ! 勝手に俺の人生決めんなよっ!」


親父の胸倉をつかんで、バッサバッサゆすっても、親父は涼しい顔をしている。


「でもさ~、お父ちゃん、一人じゃ寂しいもん」


相変わらずふざけた口調に俺はブチ切れた。

頬にグーパンを浴びせ、親父は吹っ飛んだ。


そこに扉が開いた。


「何事かーっ!!」


「え?」


振り向くと一人の中年の男性が目を見開いている。


「なんと! 陛下!!」


そう叫ぶと、俺を指差した。


「ひっ捕らえろー!」

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