5.母の故郷

目が覚めた時には、全てが終わっていた。

そう、俺の人生、これから始まるはずだったイチャラブの高校生ライフ。

それが根こそぎ奪われてしまったのだ。


まだすっきりしない頭で、目の前の人物を見る。


「健太郎! ようこそ、異世界の我が国。ヨナ王国へ!」


両手を広げ、嬉しそうに笑っている親父の姿。

俺は両手で顔を覆った。


「これ、夢じゃないの? 親父・・・」


「うん、夢じゃない!」


「俺、本当に異世界に連れて来られたのか・・・?」


「うん、そうだ! ほら、ママもいるぞ」


そう言って、部屋の隅を指差した。

それは水の入ったピッチャーが置かれた棚。そしてそのピッチャーの隣に、母の遺骨が置いてあった。


それを見て、俺の理性は一気に吹き飛んだ。


「冗談じゃねーよっ! なんで、俺らが連れて来られなきゃならねーんだよ! 関係ねーじゃん!」


「いやいや、そんなことない。健太郎。落ち着いて」


「落ち着いてなんていられるかよ! とにかく元の家に返せ! お袋もだ!」


親父は首を振った。


「それこそママはダメだ」


「ああ?!」


「ママこそ・・・。ママこそ、ここの世界の人間だからだよ」


「は・・・?」


「ママはこちらの世界の人間だ。ママにとっては我々の世界が異世界だ」


「・・・何言ってんだ・・・?」


「ママは人生を父さんとお前に捧げてくれたんだ・・・。せめてお骨だけでも故郷に返してあげたい・・・」


「・・・」


「ママは先代国王の娘だ。元王女様だったんだよ」





親父曰く。

俺の母親はこの世界の、そして、このヨナ王国とやらの王女様だったらしい。

この国の王権争いに巻き込まれ命を狙われたため、父王が異世界へ逃したらしい。


いつものように、仕事帰り居酒屋で一杯ひっかけ、千鳥足で歩いていた親父の目の前に、突如、眩い光と共に、老婆に手を引かれたお袋が現れた。


非現実的な出来事だったが、酔っぱらっていたせいで怖くなかった親父は、その老婆とお袋の悲痛な願いを聞き入れたという。


どうか助けてほしいと懇願され、OKOK!と安請け合いしてしまった。


翌日、酔いが覚め、家に居る老婆とお袋を見て、とんでもないことを引き受けてしまったと背筋が凍ったらしい。


だが、後悔先に立たず。


老婆は謝礼として、大量の金貨と宝石を親父に手渡し、お袋を残して姿を消してしまった。


『姫よ。必ず迎えに来る。ご安心されよ。そして殿方よ。わしは必ずもう一度ここに来る。姫に対し、非人道的な振舞いをされるような時は・・・。言わずとも分かっておろうな・・・』


そう言い残して。


後に老婆が迎えに来ても、母は元の世界に帰ることはなかった。

どこをどう気に入ったのか皆目見当が付かないが、親父に惚れ込み、元の世界に帰ることを拒んだという。

そして、その結果、俺がいるわけだ。


―――信じられるか!


と叫びたかった。

しかし、そう言い切れない俺がいた。

なぜなら、思い当たる節が多々あるのだ。


母親は日本人離れした顔であっただけでなく、文字が読めなかった。

母は外国人だと親父から聞かされていたので、その点にはあまり不思議に思わなかった。

だが、その割には淀みなく日本語を使っていた。


また、それ以外にも、浮世離れしたところが幾つもあった。


俺が小さい頃の母親は、掃除も洗濯も料理もほとんどできなかった。

買い物もろくにできず、常に親父が一緒だった。


それでも、本人は何とかしようと努力はしていた。

しかし、頑張った結果、洗濯機からはよく泡が噴き出していたし、風呂もよく湯が溢れていた。

掃除機はスイッチを入れる度に、ビクビクしていたし、ゴミの袋を取り出そうとしては、逆にゴミをまき散らしたり、掃除機本体を壊したりしていた。


その度に母は泣きそうになりながら親父に謝る。

親父はいつも笑いながら母の頭を撫でていた。


当然のごとく、食事の支度は父が担当していた。

そのため、小さい頃の俺は、世間一般、父親というものが料理をするのだと信じて疑っていなかった。


その他にも、車に乗っても電車に乗っても、自動販売機でジュースを買っても、露店でたこ焼きを買っても、子供の俺と同じくらいにはしゃいでいたことを思い出す。

俺が初めて経験することは、母も初めてか、もしくは数回しか経験していないようで、二人でキャッキャ言っていた。


遊園地に至っては、子供の俺ですら恥ずかしくなるくらいのはしゃぎようだった。


字が読めない。その割には、言葉は流暢に話す。

世間知らず過ぎる。

自分の母国名をよく間違える。

両親がいない。

兄弟はいると言ったと思えば、一人っ子だと言ったり。


今考えると、不自然な事ばかりだ。


恐らく、母国名を間違えたりしていたのは、自分自身の設定をよく覚えてなかったということだ。


ああ、本当に今になってやっと腑に落ちることばかり・・・。


俺はベッドの上で頭を抱えた。

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