4.一緒に

俺は親父の話を、口を半開きの状態で聞いていた。

何を言っているのか全く理解できない。


「・・・なあ、親父・・・。もう一回話して・・・」


「え~~、またぁ~。もう、一回で理解してよ、頼むよ、健ちゃん~」


親父は呆れたように大げさに肩を竦める。

親父の話を理解できない俺を理解できないようだ。


「だ~か~ら~、お父ちゃん、異世界に飛ばされちゃったんだよ。分かる? 異世界。この世界じゃないの。外国ってわけじゃなくってね。別の世界」


まるで5歳児にでも話しかけるように説明する。

当然そんな親父にイラっとくるが、とりあえずスルーする。


「ほらほら! 小さいころ健ちゃんが好きだったあの話! 『ナルニ●王国』のお話! あんな感じ! 四人の兄弟姉妹がナ●ニア国に行って王様になったでしょ? あれをパパは地で行ってんの」


「・・・おい、あの神聖な児童文学を愚弄する気かよ。それは許さねぇぞ」


「するわけないでしょーが! パパだってあの物語は大好きだからね。だが、それが自分の身に降りかかると話は別だ・・・」


親父はトホホとばかりにガックリと項垂れた。


「健太郎、この衣装見れば嘘じゃないってことが分かるだろ。こんなに立派なんだ。唯のコスプレじゃないことも薄々気が付いているだろう? 見てくれ、ここにある宝石はガラス玉じゃない。全部本物だ。もう、どう思う? こんなゴテゴテ趣味・・・」


親父は溜息付きつつ、胸元やマントに飾り付けている宝石を見せた。

ちなみに指輪もすげーのを付けている。


「・・・まあ、確かに、嘘くさくない格好だよな・・・。マジで本物っぽいし・・・」


「だから、本物だって」


「・・・」


まあ、よく分からないが、帰ってきたことだけは良しとするか。

俺も親父に釣られたように溜息を付くと、ポケットから携帯を取り出した。


「あれ? 健ちゃん、何? どこに電話しようっていうの?」


携帯で電話をしようとする俺に、親父は眉をひそめた。


「警察」


「なんで!?」


「だって、失踪届け出してんだよ。帰ってきたって連絡しなきゃ。あと、病院も。親父、ちとカウンセリング受けた方がいいかも・・・」


俺は肩を竦めて親父を見た。


「病院はあとでネットで検索するから、とりあえず警察、警察・・・・」


「わー! 健ちゃん、それダメ! ホント、ダメ!」


親父は俺の携帯を取り上げた。


「なんでだよ! ちょっと返せよ!」


「だって、お父ちゃん、また、向こうに帰るんだから!」


「は?」


「無理言って、拝み倒して、何とか一時的にこっちに帰ってきたんだよ! 健太郎が心配で心配でしょうがなかったから!」


「ああ?」


「そりゃ、心配するでしょうが! 大事な一人息子なんだから。心配で胃に穴が開きそうになっちゃってね。それだったら一緒に異世界に連れて行った方がいいと思ってさ」


「・・・」


「ママも連れて行こうと思う。遺骨はお墓に入れていなかったでしょ」


そうそう、それどうしようと思っていたんだよ。

親父がなかなか手放さなくて、未だに家に置いてあったんだよね。


「仲良く一緒に暮らそうよ、異世界で」


ああ・・・。

だけど、親父の言っていることがさっぱり理解できない。

一緒って、何言ってんだ?


「・・・嫌だ・・・」


俺は何とか声を絞り出した。


「え~~、そんなこと言わないで! パパ寂しーよ!」


「嫌だ! 俺は俺の世界で生きる! ってか、帰らなきゃいいだろ? 向こうの世界とやらに!」


「そうはいかないんだよ~~」


「じゃあ、もう一回一人で帰ってくれ! 俺のことは心配しないでいい! 全然一人でやっていけるから! もう超余裕!」


「そんな~! お父ちゃん、一人じゃ辛い~~!」


やばい、やばい! マジで精神いかれてる! 先に病院か? 

いや、とにかく警察に電話だ。


携帯を取られた俺は、家の電話に駆け寄ろうと立ち上がった。

その時、クラっと眩暈がして、再び椅子に座り込んだ。


額に手を当てて、少し俯いていると、上から親父が見下ろしている気配がする。


「油断したな。息子よ!」


「あ?」


「ふふふ、コーヒーに薬を入れた。もうすぐ眠くなり立ち上がれなくなるはずだ」


はい? 薬? 


「悪いな、今の父さんは、仕事にも胃にも穴を開けるわけにはいかんのだ」


「なに言ってんだ・・・?」


俺は親父を見上げた。

親父がぼやけて見える。途端に極度の睡魔に襲われた。


「お休み、健太郎。良い夢を」


そんな言葉が遠くから聞こえた気がした・・・。

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