3.父の帰還

家に着くと、いつもの通り、途中のコンビニで買った弁当をテーブルに置いた。

いつもなら先に着替えるのだが、今日は気分が高揚しているせいか、さっさとビニール袋から弁当を取り出した。


「ははは! お前の姿も見納めだな、コンビニ弁当よ!」


有頂天になっている俺は、そんな馬鹿なことを口走りながら、弁当を電子レンジに突っ込んだ。


その時だった。


二階からドスンと言う大きな物音が聞こえた。

何かが落ちたような音だ。

そう、ベッドから人が落ちたような・・・。


「え・・・?」


俺は一瞬にして、高揚していた気分から真反対に陥った。

全身に恐怖が電流のように走った。


ドロボーか? それとも幽霊? ラップ現象?


暫く固まったまま様子を窺っていると、二階の部屋のドアが乱暴に開く音が聞こえた。

その次の瞬間には、階段をダダダダっと駆け下りる音が!


「やばい! 強盗だ!」


俺は慌てて勝手口から外に逃げようとしたが、椅子に躓いて転んだ。

向う脛をガッツリ打って悶絶していると、ダイニングのドアが勢いよく開いた。


—――殺される!


そう思った瞬間、


「息子よ~~! 元気だったか~~!?」


聞きなれた声が聞こえた。

恐る恐る振り向くと、そこに両手を広げた親父が立っていた。





俺は言葉が出なかった。

その代わり目玉が飛び出した。


なぜって・・・。

親父の格好が酷いのだ。

なんだ? その恰好。


金糸の刺繡で彩られた立派な黒いマントを羽織り、その中にも、これもまた金糸の糸で豪勢に刺繍がされた立派な衣装を身に纏い、その上、何やらジャラジャラと宝石らしきものをやたらと身に付けている。

足元を見ると先の尖った長い皮のブーツ。

そして、手にはキラキラした石が散りばめられた豪勢なステッキを握っている。


羽織っているのはレインコートではない。マントだ。

履いているのはゴム製の長靴ではなく、皮のブーツ。

手にしているのはビニール傘でもない。派手なステッキ。


え? 何? 王子様か何かのつもり???


「・・・親父・・・?」


何とか言葉を絞り出して、目玉を正常の位置に納める。


「うん! お父ちゃん、帰ってきたよ~! 健ちゃん、元気だった?」


「・・・親父・・・?」


「うん! パパだよ~! さあ! 熱い抱擁を!」


親父は両手を広げたまま、俺に近づいてきた。

俺も立ち上がりフラフラと親父の傍に歩いて行った。


「健太郎! 久しぶり~・・・うぐっ!」


ハグしようとした親父は、すぐに俺の足元に腹を押さえて蹲った。


「・・・ひどい、健ちゃん・・・。いきなりボディーブローなんて・・・」


「うるせーっ! 今までどこに居やがったんだよ。クソ親父!」


俺は蹲ってこちらを見上げる親父をなじるように見下ろした。

親父は腹を摩りながら起き上がると、


「話すと長くなるんだけど・・・。聞く?」


「あたりまえだ! 黙って許すほど優しくねーよ、俺は!」


だよねーと言いながら、親父はダイニングの椅子に腰掛けた。


「うむ。では話そう。でも、その前に靴脱ぐね。もう、ずっと履いてるから蒸れるわ、浮腫むわで大変でさ~」


親父はステッキを椅子に立てかけると、いそいそとブーツを脱いだ。

そして解放されたように足を投げ出し、指を握ったり開いたりし始めた。


「・・・」


俺はそれを無言で見つめた。そして、椅子に腰かけようとした時、


「それから、パパ、喉が渇いた。健太郎、コーヒー淹れて」


親父は足を解しながら、平然と注文してくる。


「あ?」


「早くコーヒー淹れて。パパ、もう、喉カラカラ。だからアイスでね」


「おい、ふざけんなよ・・・。あと、そのふざけた服装も何だ?」


「そうそう、服装ね。変だろう? それも含めて全部話すから、その前にコーヒー淹れて。アイスで」


「ちっ」


親父がこうなると、言うことを聞かないのは分かっている。

しかし、無駄に口論するのも面倒だ。

仕方なく、俺は自分の分も一緒に親父のコーヒーを淹れた。ホットで。


「もう、健ちゃんのいけず~。アイスって言ったのに~」


「いい加減おふざけ止めてくれる? マジでイライラしてんだけど!」


俺のこめかみの青筋に、親父は肩を竦めた。

親父はふうふうと息をかけながら、コーヒーを数口飲むと、ゆっくりとカップをソーサに置いた。そして、ホッとした顔をした。


その、何とも言えない安堵した顔に、俺も少しだけ気持ちが緩んだ。


「健太郎、お前、父さんのこの服装どう見える?」


「は?」


「真面目に聞いている」


「・・・どう見たって、コスプレ。何のキャラ? 王様みたいだけどさ・・・。俺知らないわ・・・」


「・・・そう、王様なんだよ」


「あ?」


「王様。国王陛下」


「はあ?」


俺は訝し気に親父を見た。

もう、いやはや意味が分からん。やばいな、親父、大丈夫か?


親父はそんな俺を見ると、両手を組み、その手に額を乗せ、大きく溜息を付いた。


「参ってるんだよ。父さんも・・・。王様なんて。一介のサラリーマンだったのに・・・」

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