エキサイティング
矢萩 羽
第1話 ミス・リーリーの興奮
ミス・リーリーは非常に感じの良い慎ましい可愛らしい女性である。ボーイフレンドのマイケルはリーリーを友人などに「非常に愛らしく聡明で優しい人だ。」と紹介する。友人のユカコやナオミもリーリーは本当に面白く明るい楽しい子だ、という。ほとんどの人間はリーリーに会うと自然と笑顔になる。リーリーがいつも笑顔なのだ。やや高めの身長に、触り心地の良さそうな白い肌。小さく主張のない鼻に猫のような目。ミス・リーリーが笑うと、こちらも微笑みたくなるのだ。ミス・リーリーの同僚であるベンジャミンや他の数人の男たちはリーリーに好意を寄せていた。
しかし、そんなリーリーを良く評価しない人もいる。同僚のヘレンである。ヘレンは前々からリーリーの態度が気に入らないのだ。
「この前、ちょっとリーリーを揶揄ってやろうと思って、そのお洋服なんだか
変わっているわね。と言ったら、リーリーったらあたしの目をキッと見て
そうかしら、色々な解釈があるのね。なんて言ってさっさと行っちゃったの
よ。」
「あたしは悪くないわよね。リーリーは本当は意地悪で気が強いのよ。」
と、ヘレンはベンジャミンに言う。ベンジャミンはリーリーが好きな訳だから、当然のように「どうかなぁ。リーリーだって人間なんだからいつも笑顔でいるわけじゃないよ。」
といった具合でリーリーの味方をする。みんなリーリーの本当の性格に気がついていないのよ。ヘレンはそう思っていた。
一方、リーリーは大変に憂鬱であった。
どうしても、キノコは食べたくないのである。ボーイフレンドのマイケルと紅葉が綺麗だという山にきて、お昼ご飯にその山の麓のレストランに入った。メニューには、『きのこクリームスパゲッティ』『採れたてきのこの鮭クリームパスタ』『キノコの炊き込みご飯のスープセット』キノコ、きのこ、きのこ。リーリーは、どうしたものかと思い、レストランの大きい分厚そうな窓から見える赤や黄色の葉っぱを散らしながら風に揺れる木々を見た。
「リーリー」
「あぁ、ごめんなさいね、私は……マルゲリータピザでお願いします。」
去っていくウエイターの背中を恨めしい思いで眺めた。キノコ『専門店』並みの品揃えで結構なことね、と思った。
「ロープウェイがあるんだってさ。でもきっとゆっくり歩いて行った方が良いと思うんだ。」
そうね、と言って、二人で山を眺めながらこれから見る綺麗な景色に期待を膨らませ、料理を待った。しばらくすると料理が届き、私はピザをマイケルはクリームパスタを食べた。
「ハイキングコースはあっちだね。」
レストランを後にし、山を登り始めると、すぐに周りが木々で覆われ始めた。足元にはイチョウや楓、たくさんの葉っぱがふかふかに敷き詰められていた。リーリーはその中でも、ハウチワカエデ、大きい団扇のような楓が好きであった。大きいものにはなんだか心惹かれた。
「見て、天狗みたいでしょ。」
マイケルに見せると少し笑いながら「はいはい。」といった様子で軽く受け流された。
木々の赤や黄色と空の青い色を見比べながら、どんどん歩いた。十分ほど歩いたところで『展望台はこちら→』という看板を見た。
「ねえ、展望台に行かない?」
そう言うと、マイケルは、「いいや、頂上まで行った方がきっと高いよ。あと十五分も歩けば着くよ。」といってどんどん歩いて行った。ちぇ、と思ったが、確かに頂上の方が高いだろうし、きっとそっちの方が達成感もあるし清々しい気持ちになるだろうと思った。
登り始めて大体もう二十五分は経っただろうか。そろそろ本格的に疲れてきたし、食べたピザがお腹の中で怒り始めそうだった。ちょっと立ち止まってみた。
ずっと斜面を歩いてきたからか、ふくらはぎがじーんとして張っていた。やや火照った頬に冷たい秋の風を受けて気持ちいいと思った。背中と額もちょっと汗ばんでいる。マイケルはかなり最初の方に上着を脱いでいた。
「ほら、着いたよ。」
マイケルの手をとり、見上げると、広い青い澄んだ雲一つない空の下の方に赤いふさふさした葉っぱが蓄えられた山が見えた。とっても綺麗で、巨人になってあの山の上に横になってみたら気持ちがいいだろうなと思った。でも、木の枝が刺さって痛いかもと思い、見るだけで十分素敵なだなと考え直した。
「よし、じゃあ下ろう。」
よし、と胸いっぱいに頂上の達成感と高さを吸い込んで、山を下った。
山の麓のレストランの前の駐車場に停めてあった車に乗り込み、帰路についた。
「あぁ、疲れたね。足が痛いよ。」
マイケルはそういってお風呂から上がってきた。私たちは普段こんなに歩くことはないから、筋肉痛に確実になるだろうなと、自分の足を揉みほぐした。運動の後は、ストレッチやマッサージをすると筋肉痛が軽くなると聞いたことがある。マイケルは明日仕事があると言っていたし、筋肉痛になったら少し気の毒だなと思った。
「マイケル、脚揉んであげようか?」
マイケルは、良いのかいと言って嬉しそうに笑った。ここじゃなんだから、とベッドに移動した。
「じゃあ横になってね。土踏まずからね。」
マイケルはうつ伏せに横になった。苦しかったのか枕を顔に当て、腕を枕の下にしまった。
足を自分の太ももの上に乗せる。マイケルの足は好きな部分の一つである。大きくて、白くて、なんだか良い触り心地なのだ。足の指の付け根やくるぶしをつぼを探すように指を少しずつ移動させながら押していく。土踏まずのやや下の窪んだところを強めに押してみる。
「うぅ。」
マイケルが唸った。
もう一度押してみる。今度は少し長めに押してみた。
マイケルは少し身を捩って逃れようとした。
このとき、私の中からほんの少し何かが湧き上がった。だが、気に留めるほどではなかった。
「ねぇ、ちゃんとやってあげたいからツボを調べるわね。」
スマートフォンを開き『足 つぼ 疲労回復』と調べる。二つ目のサイトが詳しそうだったので、開く。そこには「足の指を曲げたときに凹むところのつぼ 湧泉」「ふくらはぎの疲れをとるつぼ」などが書いてあった。試してみる。夢中でつぼを探しては押した。特に外くるぶしにある飛鷹というつぼを押すとマイケルはよく唸った。痛そうだった。ここで私は、自分が非常に昂っているいることに気がついた。背の高いやや筋肉量の多い身体で、私より大きく二つ年上のマイケル、その彼が私の手によって痛そうにもがいている。私は胸の奥から興奮が沸々と湧き上がってくるのを感じた。今、非常に楽しい。身を捩り、私の手から逃れようとするも、私を傷つけまいとして本気では抵抗できないマイケル。
「痛い?まだ大丈夫?」
うん、もう大丈夫かな、と彼は言ったが、思わず聞こえないふりをした。もっと痛いツボはないのかしらと思い調べ続ける『…ですが、素人があんまり強くつぼを押すのはおすすめできません。身体を痛めてしまう可能性が…』ハッと我に返った。
「はい、お終い。痛くしてごめんね。」
と言って、やや息を切らせている彼をみた。
「ありがとう。お礼に今度は僕がマッサージしようか?」
ううん、大丈夫と言って、彼の隣に横になった。今の興奮はなんだったんだろうか。彼が痛がっているのが、どうしても面白く、私を興奮させたのだ。こんなに面白く、もっと楽しみたいと思ったのはいつ以来だろう。もっとこの熱を感じたい。そう思ったが、ふとこれは健全な欲求なんだろうか、と心配になった。この感情の昂りに名前をつけるとしたらなんなのだろうか。
検索してみようか、と思いスマートフォンに手を伸ばそうとした。しかし、マイケルが、軽くキスをしてきて今日は疲れたからもう寝よう、と言って布団をかけてくれた。スマートフォンを充電器に差し部屋の電気を消すと、検索しようとしていたことも忘れ、眠気に誘われて、夢の中に落ちていった。
『……ねぇ、ねぇ、リーリー、リーリー、あなた、あなた…サディスティックな、欲望に、目覚めたのね、おほほほ、あははは、あはははははははは……』
『待って!待って!誰なのよ、あなた!魔法使い?ねぇ!』
ハッとして目が覚める。魔法使いって何よ、と思って、夢の内容を思い返す。「サディスティックな欲望」それは私がサディストだと言うことなのだろうか。だとしたら、私はこれからどうやって振る舞えばいいのだろうか。あれこれ思考をめぐらせる。が、最終的には今日もまたマイケルで試してみようという気持ちになった。
冬に向けて生き物たちが息を潜める準備をし始める季節。木々は葉を落とし、動物たちは冬眠の準備をする中、私の心の中には、新たな欲望の芽吹きが感じられた。
エキサイティング 矢萩 羽 @Mirumiru222
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