リリック
「君に聞きたいことがあるんだ、リリック」
「なんだい?」
「君の目には何が映っている? この世界はいったいなんなんだ?」
「この世界はどす黒くて歪んでいる。僕らはその中の澄んだ部分を掬い取って描き出す」
「何のために?」
「何のため? そもそもその問いかけはナンセンスだよ。だってその『何のため』っていう考え自体が、ものごとの綺麗な部分ではないんだから。僕に聞いちゃいけないことだよ」
「君は、どす黒くて歪んでいる世界の中で生きているのか」
「そうだよ。選ぶことなんてできないから。でも皆その中で、何とか綺麗な部分を探そうとしている。それを拡大して、それが世界だって思い込もうとしている。その努力を否定してはいけないよ」
「目が悪いからそんなことできるんじゃないのか」
「目を悪くする努力を否定しちゃいけない」
「でも目が悪ければ、君のやっていることだって伝わらないじゃないか」
「努力には限界がある。皆がうまくやれるわけじゃない。僕は一番下手で怠惰だった。だからうたう」
嘘つきばかりの世界 生じた悪感情に蓋をして 好きなものだけ食べて生きていたいけど
壊れてしまった夢をつくりなおして 新しいのはお好きですか
きっとあるのは空しいベッド 生きているという実感が得られないまま
否定してくる他者を否定し 己のうちに引きこもる
言葉は通じず 想いも生じず
そこにあるのは生活だけか
「君は褒められたくないのか」
「その質問は意地悪だよ。食い意地の張ったおデブちゃんが自分を正当化するために『じゃあ君は腹が減らないのか』と問うのと同じこと。人から認められるのは必要なことであって、楽しむものであって、欲するものじゃない。特にその中に不快を感じる人間は。食べるのに不快を感じるなら、食べ過ぎなければいい。褒められるのに気持ち悪さを感じるなら、話題を変えればいい」
「人にされて嫌なことをしてはいけないのなら、私はあまり人を褒めない方がいいらしい」
「そもそもその命題は、もっと自分の世界に引きこもっている人のためのもの。人の心を想像したり、上空から自分たちを観察したりする習慣を持っている人たちのためのもの。君はただ、君の好きなようにすればいい」
「リリック。結局君はいつも突き放す。人から突き放されるのは嫌う癖に」
「でも、他にやり方を知らないんだよ」
「リリック。君だって歪んでいるんだろう?」
「まっすぐなものなんてないんだ。ただ僕は、ありえない真っすぐをうたうだけ」
ありきたりで凡庸なうただ
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