そろそこの生も終わるから

老人「そろそろこの生も終わるから、この現実的で科学的で政治的な現代社会とは別の世界を教えてもらえないだろうか」

少年「どうして僕に聞くの?」

老人「君はそちらの世界からこちらに来たばかりじゃないか」

少年「わからないよ。生まれる前のことなんて。それに、この現実はそんなにつまらないものではないと思うけど」

老人「あぁ。長いこと生きてきたが、若いころ思っていたほどこの世界が悪いものではないことが分かった。よいものもたくさんあった。でもそのすべては、私のような老人のためのものではないのだよ」

少年「じゃあ老人向けのものを楽しめばいいんじゃないの?」

老人「違うんだよ。私はただ、この現実に飽き飽きしているのだよ。あとは死を待つしかないこれだけの生活にうんざりして、もっと根本的に異なるものを知りたいんだよ」

少年「テクノロジーの進歩には興味がないの?」

老人「少しだけあるよ。でも、覚える元気がないんだ。何があったとしても、それが自分に関係して、自分を高ぶらせ、意味を感じさせてくれはしないんだ」

少年「他の人に聞いた方がいいよ。僕にはおじいちゃんの気持ちがわからない」

老人「そうか」


老人は家を出て歩いた。行ったことがないところに行こうと思ったが、住んでいる町を出たあたりで疲れ果て帰ってきた。

老人「どうして私はまだ生きているんだろう」

女「それは面白い問いだね」

老人の家には四十手前くらいのまだ若い女が座り込んでいた。

老人「あんたは誰だ?」

女「もし君が若いころに私を見たら、おばさんだと思ったろうね?」

老人「若者は現実が見えとらん。あんたはまだ若い」

女「そうだね。でも君のような老人だって、現実が見えていないんじゃないかな? あぁ、なんて複雑でわかりづらい現実だろうね?」

老人「私を連れて行ってくれるのか」

女「いいや。私はそろそろこの世界が終わることを皆に知らせているだけ」

老人「何が起こるんだ」

女「何も起こらないよ。ただ、すぅっと、何もなく、ただ終わるだけ。この世界は人の思いで成り立っていたけれど、その思いの均衡がついに崩れただけ。明日が来てほしくないという気持ちが、明日が来てほしいという気持ちより強くなっただけ。明日が来なくなるんだよ」

老人「……明日が来てほしいと思っている人も、それに巻き込まれるのか?」

女「それはまだ決まってない」

老人「私はどうなるんだ」

女「そう。それが本題。あなたは条件付きの明日を求めていた。つまり、今日とは違う、明日とは違う、もっと新しい明日を求めていた。新しい太陽を、新しい夜を、あなたは求めていた。それだけを求めていた。そしてそれが、もう少しで明日が来てほしくない人の思いよりも強くなるんだ。そしてそれが実現されたら、きっと……明日が来てほしくない人の明日も変わるんじゃないかと思うんだ」

老人「私に何ができるというんだ」

女「もう少しでこの生も終わるから」

女は自分の首にかかったネックレスを外して渡した。

女「次はあなたの番」

老人は自分の胸が高鳴っているのに気が付いた。

老人「もっと若い者に任せた方がいいのではないか」

女は首を振った。

女「あなたが認めてくれたこの現実、現代社会は、私が望んでいた世界だったんだ。これからは、あなたが望む世界を作って。あなたの手で」

老人「私には無理かもしれない」

女「あなたの代では決して終わらない。終われない。それがあなたを選んだ理由。あなたが守るの。あなたが創るの」


そうしてまた新しい朝がやってきたのだ。

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