第3話 うきうきピクニック(?)

シャノンと二人でお出かけするのはお久しぶり。そもそも、船の外に出るのもお久しぶり。さっきは周辺のひどい臭いに頭がクラクラしたが、慣れてしまえば案外落ち着くような香りになった。シャノンはスタスタと進んでいってしまい何度も見失いそうになるが、その度に少し前方で立ち止まって私を待ってくれているからやっぱり好き。壁に沿って灯台の周りを一周ぐるりと回ってみたが、入り口のようなものすら見当たらない。雲母船が近くになければ延々と巡ることになっていたかもしれないぐらい変哲のない風景。灯台を調べるのは諦めて周囲の建物もくまなく見回ったものの、むき出しの鉄骨と真っ黒な煤、もしくは溶けて固まったプラスチックがただただ風に吹かれているにすぎなかった。


 「向こうのマンション群に行くほかないようですね。」


 シャノンが少し離れたマンション群を指さしながらこちらを向く。服装は1ミリも乱れていない。

 

 「うん。誰かいるとしたら向こうだよねー。というか休憩しない?」

 

 「休憩は帰ってからでいいですよ。」


 彼女は既にマンション群に向かって歩きだしている。


 「あ、そーですよねー。あははー。」


 彼女の疲れ知らずの体力にはいつも助けてもらっているが、一緒に行動するときはほんと勘弁してほしい。


 その後、マンション群も探索したが、簡易的なベッドとマットレスだけが横たわる部屋が連綿と連なっているだけだった。いったい住人はどこに消えてしまったのだろう。それとも元々住人が入らなかったのかしら。それに何故だかほぼすべての部屋の入り口には覗き窓がある。嫌な感じだ。物資を探して何部屋も見回っているうちに同じ空間をループさせられているかのような感覚に襲われ頭の前の方が熱くなってきた。唯一の救いはシャノンが各部屋ごとに色んな感想を呟いてくれることだ。


 「ム、ここのマットレスはボロボロですね。きっと寝相が酷かったのでしょう。」


 「ム、ここは少し埃が多いですね。不潔ですね。」


 「ム、臭い。臭いですよここ。」


 結局目ぼしい収穫もないまま私たちはマンション群を後にした。次に目に入ったのは扉が開けっ放しになっていた大きな倉庫。シャノンによると、古い体育館ってやつらしい。中を覗くと、繊維がケバケバになってしまった毛布やビリビリに破れたビニール、ぐしゃぐしゃにくたびれた段ボールなどが散乱している。きっと不特定多数の人間が住んでいたのであろうが、とっくの昔に引っ越しちゃったみたいだ。土足で体育館の床を歩くと、むきゅ、むきゅ、といった変な音が鳴り、退屈だった心を少しくすぐった。どれだけ早く歩いても足音1つたてないシャノンの歩き方を真似している最中、毛布の中でキラッと光る物体が目に入る。近寄って拾い上げてみると、それはとっても小さくて紅い宝石が埋め込まれた指輪だった。吸い込まれそうな程紅いこの宝石はきっと私に見つけてもらうのをずっと待っていたのだろう。ということで、ありがたくもらっていくことにする。帰ったらリナに見せつけてやろう。ついでに、錆びた鉄棚の上の方に申し訳なさそうに残された1箱のマッチ箱も回収しておいた。中では数本のマッチが寒そうに肩を寄り添いあっている。今回の探索の成果は指輪1つとマッチ数本。まあ、こういう時もあるさ。それにこの辺りの地理も把握できたわけだし。

 

 「フロー!見て下さいこれ。」


 こちらを呼ぶ声。シャノンは体育館を抜け、広場にある小屋の前に佇んでいた。いや、小屋にしては扉が大きすぎる。もしかしたらあれは……。


 「これ、エレベーターだよね?」


 「そうですね。しかも電源は生きてます。下の階層と繋がっているのかも。」

 

 「うわ~これ気になって眠れないやつじゃん。今から帰らないといけないのに。明日来るしかないかあ。」


 「いや、それは認められません。危険です。」


 「え、もう来ないってこと?」


 「はい。」


 「ちょっと降りるだけでもダメ?」

 

 「はい。エレベーターは密室ですよ。手榴弾1つで全滅します。」


 「誰の手榴弾だよ。誰もいないよ。」


 「命知らずですね。恐怖遺伝子が欠落でもしているのですか?」

 

 そこまで言わなくていいのに。

 

 「んーあー見なきゃ良かった~。」

 

 「なにやってるんですか。ほら。帰りますよ。」


 くそ、帰りはチータラなるお菓子を食べつくして気を紛らわそう。出発の時にたくさんあった袋の中から一袋、頂戴してきている。一袋なくなったところでリナが気づくとは思えない。あいつはああ見えて注意散漫なのだ。

 


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 雲母船を隠せる場所を探し出そうと思い、結局少し離れた廃工場にたどり着いた。場所だけを覚えて元の場所に戻り、二人を待っている間は船の整備。オイルが付着した手で顔を触った覚えはないのに、いつも頬まで黒くなるのはなぜなのだろう。全長10メートル足らずの小さな船であっても、一通りチェックしようとすると大変な労働である。いつの間にか風向きが変わり、周りを包んでいた霧は嘘のように消えている。それはそれで太陽光の横やりが鼻につくのだが。お腹も空いたし、あとはメインルームでのんびりさせてもらおう。

 

 メインルームのごつごつした座席を倒し、簡易の寝台を作ったが、やはりごつごつしている。そこにピンク色の熊のようなキャラクターが描かれたクッションを放り込んで完成。チータラの豊かな風味が体全体に染み渡る。開け放たれたコックピットへの入り口の扉から、都市全体を俯瞰してみるとわかることがある。例えば破壊された多くの建物。それらは全て半壊状態だ。全壊、又は跡形もなく消し飛ばされた痕跡が見られない。半壊のされ方も、様々な方向から攻撃されたように穴ぼこだらけになって半壊している。つまり、都市外部の軍事力によって空爆を受けた訳でもなく、この都市の軍事力が行使された訳でもないということだ。おそらく、軍が機能しなくなってから住み着いた者達の中で内乱でもあったのだろう。

 ん?なにか飛んでいる?景色の隅の方で少し違和感を感じた。ぎゅっと目を凝らすと、確かに都市の基盤からはみ出た遠くの空中に白い球体のようなものが浮かんでいる。半径は大体1メートル程?気象観測用の装置と考えるのが妥当か。自分の近眼が恨めしい。双眼鏡を座席の下から引っ張り出し、狙いを定めて覗くとやっぱり球体がふわふわ漂っている。遠すぎてよくわからないが、おそらくは観測用の装置を浮かべるための風船だろう。ずっとあそこに浮かべられたままなのか。気味の悪さに一瞬戸惑った自分へため息が漏れた。肩の力を緩めつつ、双眼鏡の倍率をゆっくりと戻していくと、建物の合間をゆらぎながらこちらに向かってくる迷彩柄の少女と純白のアンドロイドがちょうど視界に入る。帰ってきているようだ。何の荷物も増えていないようには見えるが。迷彩柄の少女は鼻歌でも歌っているのか、頭を左右に揺らしている。あ、一瞬目が合った瞬間に頭を振るのをやめた。うわ、こちらに向かって笑顔で手を振っている。まさか、見えているというのだろうかこの距離で。レンズ越しに手を振られるなんてホラーでしかない。


 「なんなんだよあいつ……」


 さっきとは異なる気味の悪さに肩が縮んだ。



 

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 ぽこぽことお湯の沸く音がする。フローレンスのお腹が鳴る音もする。探索で存外疲れているのかもしれない。廃工場は四方を壁に囲まれていて、ちょうど良い暗さだ。コンクリート上のガスコンロは三人の影を横伸ばしにし、無機質な食卓を少しだけにぎやかにしてくれている。


 「んー。カレーだねぇ。いい匂いだねぇ。久しぶりだねぇ。」

 

 フローレンスはこれでもかというほど地面を転がりまくっている。ついでによだれも垂らしている。品がないことこの上ないが、気持ちはわからなくもない。ここ最近はずっとぱさぱさの固形食糧ばかり食べていたのだ。それらはフルーツ味だとかコンソメ味だとか書いてあるが、どれも同じ味にしか思えない。というか、そもそもほとんど味なんてしない物体だ。レトルトのカレーなんてこれで最後だから味わっていただくとしよう。


 「まだかなー。餓死するかもー。」


 「まだだろ。餓死しとけ。」


 「ニヤつきながら言われてもなー。」


 「ニヤついてなんかない。」


 「リナもお腹減ってるんでしょ?あ!良いものあげる!これ、美味しかったよ。」


 そういって差し出された袋にはチータラが半分ほど残されている。こやつ、いつの間に。これではフローレンスの分としてチータラを残しておいてやった私が馬鹿みたいではないか。


 「……別にいらないよ。全部食べていい。」

 

 「ほんとに?!なんか怒られるかもとか思ってたー。」


 「まあ以後、気を付けるように。」


 胸の奥がかすかに痛んだが、気のせいということにしておこう。


 「なんか優しいー。いただきますー。」

 

 旨い。具の1つも入っていないくせに臓物へ染み渡る。

 

 もしゃもしゃと頬張る小動物の横には、体育座りで顔を膝にうずくめているシャノン。背中には充電ケーブルが刺さっている。スリープ状態になるのであれば船内で行なえばいいものを、彼女はいつも汎用バッテリーを抱えてすぐ近くに寄ってくる。


 「あ、リナこれみて!」


 フローレンスの薬指には煌々と指輪が光っている。それも左手の。

 

 「ん?なにそれ。」


 「いいでしょ」


 「そーだねー。きれいだねー。」


 「なんで棒読みなんだよ」


 「生憎アクセサリーには興味がなくてね。所詮装飾なんてものは虚像にすぎないんだぜ小娘よ。」


 「あっそ!もういいですー。」


 「そっちこそ、いつ結婚したんだよ。早く子供の顔みせろよ。」


 「これはいつか現れる王子様との婚約指輪なんですぅ!ぜっっったいリナよりも先にお迎えが来るんですぅ!」


 「同年代の男性なんて見たことあるのか?アホだね。」


 少なくとも住んでいたコミュニティでは私たちが圧倒的に最年少だった。昔、私たちは赤ん坊だったころに引き取られたのだ。


 「む。でっでも私たちがいるってことは他に若い人がいてもおかしくないよきっと!」


 「それについてはなんとも言えないが。少ないだろうね。」


 「…………」

 

 「ねぇ」

 

 「…………」

 

 「……寂しくないの?リナは」


 「フローもシャノンもいるからね」

 

 「ん、確かに」


 「ほら早く食べなよ」


 「うん」


 シャノンの横顔はうっすら微笑んでいるような気がした。


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