追い詰められる婚約者

 クラウスの浮気について両親に打ち明けると、父親には気づかなくてすまなかったと泣かれ、母親にはクラウスくんを信じた私が悪かったと泣かれた。

 でも、一番近くで彼を見てきて、好き好き結婚したいと言っていたのは私なのだ。両親はそんな私の気持ちを尊重してくれていただけ。悪いとすれば、私…………じゃない、悪いのはどう考えてもクラウスだー! と言ってみんなでおいおい泣いた。

 ちなみに、幼い天使、ノアにはもう少し彼が大きくなってから真実を伝えるという方向で三人意見が一致した。


✳︎✳︎✳︎


 父がベリサリオ公爵家へ書簡を送ったのはそれからすぐのことだった。婚約についての話し合いがしたいということと、詳細は当日話すことを伝えてもらった。

 本来ならば爵位の低い私たちが出向くところだが、ベリサリオ公爵の都合でこちらへ出向いてもらえることになった。日程調整をへて迎えた本日。


 快晴。清々しいほどの晴天で、陽の光が降り注いでいる。まるでスヴェロフ王国全土が私の新たな門出を祝ってくれているよう。

 ……それは言い過ぎたが、いつもよりもたくさんの活力がみなぎってくるようで。私はたっぷりの太陽の光に優しく後押しされた気分で、改めて気合を入れて準備をした。

 

 クラウスから贈られたドレスは布として、宝飾品類は現金化して全て孤児院に寄付した。ちょっとフライングしてしまったけれど、いいよね? どうせ最悪でも婚約破棄は成立するし。

 そんな私が身に付けたドレスは、私が私の好みで選んだ素材とデザインを一から形にしてもらったものだ。クラウスは少し子供っぽいというか、年齢に合った可愛らしいデザインのものをよく贈ってくれたので、私が選んだのはそれとは正反対の上品でシックなドレス。色味もクラウスはパステルカラーが好きなようなので、スモーキーグリーンとブルーのグラデーションが綺麗な生地で仕立ててもらった。シルクとシフォンの二枚仕立てである。

 上半身はピッタリと体に沿ったラインが美しく、表面に施された刺繍がとても精緻で見事な一品だ。腰にはアクセントで濃いグレーのリボンも巻かれている。

 髪は下ろしている方が好きだと言っていたので、全てアップにした。高い位置でまとめ、サイドは編み込みを入れながら結い上げてもらった。

 化粧も濃いのは好きじゃないという彼の好みに合わせ続けていたことに気づき、ばっちりくっきり目元強調メイクにした。

 

 もう彼の好みに合わせる必要もないのに、気づけば私は毎日全身彼好みの姿で学園に通っていた。 「彼好みの姿」が私の「普通」になっていたということだ。習慣とはなんと怖いものなのだろう。

 これからは今日のように自分の好きなように着飾ろう、と決意すると、今まで抑圧されていた何かから解き放たれたようにワクワクした。


✳︎✳︎✳︎


 約束の時間になり、ゲストルームに両家の関係者が揃った。

 婚約は貴族同士の契約であり、法的手続きも必要なため、本日はきちんと公証人も招いている。

 

 しかし、先にベリサリオ公爵家に話して同意を得ないと失礼にあたるため、今は別室に待機していただいている状態だ。


「本日はお招きと丁重なもてなしに感謝する。久しぶりですね。ジェセニア伯爵」

「めっそうもない。こちらこそ当家までわざわざ足を運んでいただき感謝いたします。久しく顔を見せず不義理をいたしております。ベリサリオ公爵」

「ああ、堅苦しい挨拶はこれで終わりにしよう。久しいな、リリアーヌ」


 厳しい雰囲気を和らげ、私に声をかけてくださったのは現ベリサリオ公爵。クラウスのお父様だ。私の義父になるはずだった人。厳しくも優しい方で、私を実の娘のように可愛がってくれた。

 

「お久しぶりでございます」

「最近はより一層勉強に励んでいると聞く。未来の公爵夫人として頼もしい限りだな」

「……はい。精進しております」

「今年の奨学生にはリリアーヌが候補に上がっていると聞いている。私も鼻が高いよ」


 寝耳に水だったので、私は一瞬言葉に詰まった。奨学生は各学年で数名だけ選ばれる成績優秀者のことだ。私が奨学生になれるなんて、考えてみたこともなかったが、ルイ様に勉強を見てもらえるようになって、授業に難なくついていけるようになったことは実感としてあった。


――次の試験、この調子で頑張れば奨学生が狙えるのかもしれない……!


 私はもたらされた予想外の情報に、喜びで胸がいっぱいになった。


――このことはあとで考えるとして、とりあえず今は目の前のことに集中!


「ありがとうございます」


 私が気を取り直してお礼を告げると、父もそれに続いた。

 

「娘を気にかけていただいて恐縮です。クラウスくんは元気だったかな?」

「ええ。ただ、愛するリリアーヌにあまり会えなくなって寂しかったですが」


 私はどの口がそんなこと……と、クラウスを見つめながらもはや呆れた笑みが溢れた。

 可哀想な人を見る目になってしまったかもしれない。クラウスは私の表情を見て甘く微笑んでいたから、彼からは慈愛に満ちた笑みに見えたのかもしれないけれど。


「これからはもう少し僕にも時間を割いてほしいな」


 ベリサリオ公爵はクラウスの隣で微笑ましい光景を眺めるように頷いている。

 私は申し訳なくなりながらも、父と視線を交わし、頷き合う。


「ベリサリオ公爵。クラウス様と娘との婚約について申し上げたいことがあります」

「うん? 本日の本題ということかな? それを伺うために来たのだからね。聞かせてもらおう」


 父は意を決して本題を切り出した。

 

「……。では、申し上げます。実は、先日娘からクラウス様の浮気現場を目撃したと聞きました」

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