浮気者の婚約者

「では、整理しますね」


 私はクラウスの身辺調査結果を声に出して確認する。基本はアラスター様と私で手分けをして調べたが、ルイ様にも結果を聞かせてほしいと望まれたためだ。


「最初の週、クラウスは月の日、水の日、金の日の三日間、放課後の時間を女性と過ごしていました。翌週も尾行しましたが、その三名の方の顔ぶれが変わることはありませんでしたし、浮気の証拠は手に入れました。念のためもう一週間調査を続けましたが、特段の変化は見られなかったため、尾行調査はこれで打ち切りとしました。相手のご令嬢のリストはこちらにまとめてあります」


 ルイ様に資料を手渡し、内容を説明する。

 ルイ様はそれに目を通すために再び眼鏡を手にして、真剣な表情で資料を読み込んでいる。

 彼の眼鏡姿をことほか気に入っている私は、少し頬と気持ちが緩みそうになるのを抑えて資料に目線を戻した。


 アラスター様が隠密能力に長けていたので、私は彼について行くだけで簡単にクラウスの浮気現場を確認し、証拠を集めることができた。

 アラスター様からは「つらい現場を見ることになる可能性が高いし、僕に任せてほしい」と言われたけれど、私は自分のための調査だし、自分の目で確認したかったから、彼に気遣いは無用であることを伝えて同行したのだ。


「並行して三名の令嬢方の調査も行いました。彼女たちの共通点は、どの方もベリサリオ公爵家と関係の深い家のご令嬢だということ、そして口が堅く、内気で従順な性格だというところも似通っています」


 クラウスはとても慎重に行動していた。アラスター様の手助けがなければ証拠を押さえることは難しかっただろうと予想できるほどに。

 

 たとえば、クラウスは令嬢たちと会う場所は必ず毎回変えていたのだ。少なくとも尾行していた間は一度も同じ場所であることがなかった。私があのまま図書館のあの場所を見張っていても証拠は掴めなかった可能性が高い。

 

 クラウスが魔法を使うことに関して特に優秀だったことも尾行を難しくした。幻影魔法で姿を眩ましたり、外見を変えたり、時には影武者まで生み出したり等して女性との待ち合わせ場所へと向かう徹底ぶりだった。

 

 ここまで慎重になるということは、きっと私と結婚することは嫌ではないのだろう、とは考えられた。けれど、逆に言えばそこまで徹底して浮気が露見することを恐れながらも、女性たちに会うことをやめなかったということでもある。


――絶対にバレない自信があったのか……それともバレて婚約破棄となっても構わないと思っていたのか……


「理解できないな……」


 ルイ様はぽつりとつぶやいた。


「私も、こんな人だと思っていなかったというか、想像以上だったというか……」


 クラウスとは学園では学年が違うのでそう会うことはないが、相変わらず私のことはよく気遣ってくれていて、毎週日曜の休息日には必ず一緒に過ごそうと連絡が来る。

 彼は私の趣味や好みを把握しているので、毎回行きたくなるような誘い方をしてきて断るのに苦労している。ちなみに、クラウスが誘ってきた場所は心惹かれる場所ばかりだったので、落ち着いたら友達と行こうと思い、ありがたくメモに残している。


「リリーはもうあの男に未練はないの?」


 ルイ様は心配そうに、でも真っ直ぐと私の目を見て聞いてきた。


「はい。自分でも驚くほどです。図書館で初めて現場に遭遇したときも、その衝撃で気が動転してはいましたが、冷静に考えると嫉妬心とか悲しいとかそういう気持ちは自分の中に欠片も見つけられませんでした」


 あの日は、正直に言えばクラウスのことよりルイ様との出会いが頭を占めていた。

 

 その翌日、冷静になって自分の心と向き合ってみたが、彼の不誠実さが名実ともに浮き彫りになったことで、さらに彼に対する嫌悪感が増していた。

 

 今では、もはや彼のどこが好きだったのかもよくわからなくなってしまった。私が好きだった彼の姿は偽りだったのだとわかったから。


「一緒に調査しているときも、淡々と魔法石に映像を録画していましたしね」


 アラスター様が私の言葉を引き継いで言った。


「まあ、リリアーヌ様の反応も当然でしょう。三人の令嬢たちに使い回しの同じセリフを何度も囁いていましたから。僕ですらうんざりしました」

「ええ。なんであんな人のこと好きだと思えていたのでしょうか? 昔の私の目が節穴だったことが立証されてしまって恥ずかしいです」

「呪縛が解かれた……って感じだね?」


 ルイ様はこわばっていた身体からふっと力を抜き、リラックスするようにソファーの背もたれに上体を預けながら天井を仰いで呟いた。


「リリーが悲しむ姿を二度も見ることにならなくてよかった……」


 心底安堵したような声色だったので、その一言は際立って私の耳へと残った。

 

「二度? 一度目はどこでお見せしましたっけ?」

「……ほら、図書館で。リリーが私の胸に飛び込んできてくれた日のことだよ」

「ルイ様言い方……!」

「ほお? それは初耳ですねぇ?」

「アラスター様も! 揶揄からかうのはおやめください! ……私、あの日も彼の行動を心底軽蔑して、そんな人を好きだった自分にも信じられないくらい呆れましたけど、怒りの気持ちの方が大きくて、正直悲しみはそんなに……」


 あんな人でも元は好きだった人だ。その気持ちは残っていなくともショックは大きかったのだが、その矛盾はうまく説明できないので黙っておく。

 

「そっか。リリアーヌの泣き顔は、可愛いけど心臓に悪いんだ。これからもずっと笑顔でいて」

「むう。この婚約が無事破棄できれば心から笑える気がします」

「そうだね……。クラウスは有能な人間だけど、こういう不誠実なことをする人間は信用ができないよね」

「そうですね。王太后様の一件で世間一般的にも結婚前の浮気は忌避されるべきものという考えが浸透していますからね」


――あれ……? なんかちょっと大きな話になってる……? クラウスの人間性が疑問視されてる感じ? 出世が難しくなった感じ?


 私は少し焦ったが、まあ仕方ないか、私には関係ないし、と思い直した。だって、完全なるクラウス自身の「身から出たさび」だ。

 自分の行いには自分で責任を持たないといけないのは社会の常識だ。


 これで証拠も揃ったし、第三者の証言が必要なら実際に現場を一緒に目撃したアラスター様が助けてくれると約束してくれたし、これで準備万端だ。

 クラウスの毒牙にかかってしまった三人の令嬢方のことは、ベリサリオ公爵家が面倒を見てくれるようにお願いすれば大丈夫なはずだ。だって気を持たせるようなことを言っているクラウスの方が悪いに決まっているからね。


――もしかして、この中に例の「運命の彼女」がいるのかな?


 そんなことがふと思い出されたが、それも一瞬だった。そうであってもなくても、どちらでも私にはもう関係ないことなのだから。

 

 

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