頼もしい協力者
その日も私はいつもの通り、勉強するために図書館へ向かっていた、
政治学、経済学、医学、薬学、魔法学……。私が学びたい分野は多岐に及んでいて、勉強するスケジュールを組むのも一苦労である。
特に、私の命を奪う病について調べるために学ぶ必要がある医学と薬学は以前は専攻していなかったため、学ぶのは今回が初めて。わからないことだらけで、教科書の内容を理解するのにまた別の資料が必要になり、効率を考えたら図書館の住人になるのが一番だった。
そういう実益も兼ねて図書館を利用していたのだが、近頃私にはもう一つ、ここに通う目的が増えた。
「リリー。今日もお疲れさま」
今日もルイ様がいた。彼の姿を見つけると、すぐ笑顔になってしまう自分に気づく。
最初はただ勉強するためだけに通っていた図書室だったのに、彼に会えるかもしれないことが、ここに通う楽しみの一つになってしまったのだ。
昨日も、その前も……最近は毎日ルイ様がいつも私がいつも使っているスペースで待っている。初めて出会った翌日にまた図書館で一緒になり、その後毎日会って話すようになったのだ。
クラウスの浮気現場をまた目撃した時のために……とルイ様は気を遣ってくれているのだと思う。
この場所は人目につきづらい場所だから、クラウスが普段から女性との逢瀬に使っているのだろうと私は予想した。
前回が初めてとは到底思えない。だから、ここで息を潜めて勉強しつつ、また現場を押さえて証拠を集めるつもりだということを彼に話したから。本当に優しいお方だ。
本来なら
そんな話をとりとめもなくルイ様にしていると、ルイ様は困ったような表情で私を見つめていた。
「リリー。私をなんだと思っているの」
「もちろん大切で大好きな友人です!」
「うん。そうだね。大切で大好きな友人が言った言葉は忘れちゃったのかな? 大切で大好きなのに? 寂しいなぁー……」
「……もう。ルイ様はそうやっていつも私を甘やかすんですから」
「私にとってもリリーは大切で大好きな友人だからね。素直に甘えてくれないかなと
今日も瞳の中に様々な色の星を閉じ込めたみたいに輝くアレキサンドライトの視線が、私の瞳を真剣に射抜く。
そして私はまた誘惑に負けてしまうのだ。
親にもこんなに甘やかしてもらった記憶はない。弟が生まれてから、姉らしく振る舞うためにいつもそれなりに我慢をしていたから。
でも不思議なことに、私は彼の前では何の抵抗もなく素直に甘えることができた。
「ルイ様。助けてくださいますか?」
「もちろんだよ。いつでも頼ってほしいって言っただろう? リリーのための時間ならいくらでも作れるから」
そう言ってルイ様はその優秀な頭脳を使って私に勉強を教えてくれること、クラウスの浮気を証明するための証拠集めを手助けするため、ルイ様の
✳︎✳︎✳︎
ルイ様はまごうことなき天才である。
私はその日の授業でわからなかったことはその場で先生に質問して解決するようにしているけれど、一人で復習と予習をしていると、どうしてもつまずく箇所がいくつも出てくる。
それをひとりで解決しようと思うと何倍もの時間がかかってしまうところが、ルイ様が隣にいてくれればものの数分で解決する。質問して正確な答えが返ってこなかったことは一度もない。
調べて考えて、答えを探す工程も本来であれば大切なのかもしれないが、命に、かけられる時間に限りがあると知っている私にとってはそれも些細なこと。「結果が全て」の私には救世主のような存在だ。
ルイ様に頼って本当によかった。
しかも、勉強する時だけ拝見できる眼鏡姿もまた素敵で眼福だ。
ありがたいことに、ルイ様に助けてもらえることで勉強の効率が格段に良くなり、自分で立てたスケジュールに若干の余裕が出てきた。その時間をクラウスの浮気の証拠集めにあてることにした。
まずは、どれくらいの相手がいて、どんな相手なのか、どこでどのように会っているのか……詳細な情報を集めることから始めた。
この調査はルイ様が紹介してくださった「私的な従者」であるイアン・アラスター侯爵令息が手伝ってくださったお陰で、非常にスムーズに証拠集めが進んだ。とても優秀で、手助けしてもらえて本当にありがたかった。
ちなみに、彼のことは友人と言って差し支えないのでは……? と聞いてみたが、「私的な従者です」の一点張りだった。
従者はわかるが、私的な従者と公的な従者の違いって何……? とは思ったが、ルイ様と深い信頼関係を築いていることは二人を見ていればすぐにわかったので、肩書きの違いなど些細なことなのだと理解し、口をつぐんだ。
「今日で調査開始から二週間ですから、大体彼の行動範囲が掴めましたね」
「そうですね。来週の行動にも変化が見られないようでしたら、結果をまとめて両家に報告します」
私とクラウスの婚約は、母親同士の口約束のようなものから始まった話だったので、内容も適当なのだと思っていたのだ。
けれど、念のため婚約を結んだときの書類を見せてもらうと、これでも歴史の長い家系同士だからか、割としっかりとした文面で
ただ、こういうものにもテンプレートがあるのだろう。一応、一方的に婚約破棄できる条件も記載があって、そこに「相手の過失により婚約の継続が不可能と判断できた場合」と記されていた。
アラスター様によると、過去、妻との婚約期間中にも関わらず浮気相手に子を生ませていたある男が、妻と結婚後にその事実が発覚して大騒動になったことがあったそうだ。
その妻は生まれた子に罪はない、幸いなことに自分はまだ夫の子を授かっていないから、と身を引くことにしたという。
結果、浮気相手も貴族の令嬢だったこともあり、その夫の正妻となることができ、子は正式に嫡子と認められることとなった。辛酸をなめることになったのは妻のほうだった。
離婚して出戻ることになったその女性は、自分と同じ思いをする女性が現れないようにと自らの経験を語って
「つまり、『相手の過失により婚約の継続が不可能と判断できた場合』というのは実質『相手の浮気が発覚した場合』と同義ということよね?」
「そういうことです。貴族的な遠回しな言い方がそのまま明文化されておりますので。そういう認識で間違いないです」
「その慈悲深い女性のおかげで、婚約中の浮気が忌避される風潮が生まれたのね。とても勇気のある方だわ。同じ女性として尊敬する……!」
貴族社会では男尊女卑の風潮が未だに根強く残っている。昔は今よりも女性に対する風当たりは強かったと聞くから、きっと浮気相手に夫を奪われた女性として嘲笑の的になったのではないかと想像できる。
それなのに、罪のない子のために潔く身を引いただけでなく、女性たちの未来のために自らの経験を利用して啓蒙する活動ができるなど、なんと尊いことだろう。その方はきっと立派な人物であるに違いない。そう思っていたら、アラスター様が自慢げに言葉を続けた。
「ええ。そうでしょうとも。そのお方が、今の王太后陛下です」
それを聞いて、ぱっとルイ様の方向に顔を向けた。
ルイ様は、アラスター様とお会いする時には必ず同行してくれる。理由を聞くと、「乗りかかった船だから」と答えてくれたが、とても責任感が強く、面倒見のいい方だということはわかっている。
私が遠慮しても悲しい顔を見せられて罪悪感でいっぱいになるだけなのだから、ルイ様の思うようにしていただくのが一番なのである。
「なんで君が自慢げなのかな」
同じ部屋にいながら読書をしていたらしルイ様は、手元で開いていた本をパタンと閉じ、眼鏡を外しながらこちらへ視線を投げた。
「ルイ様を始め、王族の方々はすべからく素晴らしいお人柄で、私はスヴェロフの王族に仕えている者として常々誇らしく思っているだけです」
「うん。お
「ええ。本当に。クラウス・ベリサリオはクズですからね。リリアーヌ様、早めに気づかれてよかったですね」
「え、ええ……」
「イアン、言葉遣い」
「失礼いたしました」
淡々と続けられる会話に私はついていけていなかった。
王太后陛下が今話に出ていた女性だったのなら、その浮気夫が浮気していなかったらルイ様はここに存在していなかったかもしれないとか、その浮気夫は一体誰なのだろうかとか、考えてしまっていたからだ。
「さすが、ルイ様のお
私の感想は、その一言に尽きた。
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