第14話 生徒会長

 そして翌翌週の月曜日から、選挙活動が本格的に始まった。


 登下校中など、いたるところで選挙運動と思われる行動が見れた。

 時にあの新庄の演説なども見かけることもあった。

 そしてたまに目が合った時は、あいつは俺に謎のウインクを送ってくることもあった。

 そしてこの期間中、俺のような部外者には分からない、水面下での戦いが繰り広げられていたのだろう。


 例えば、対立している候補者の悪評の流布、特定の部活動との秘密協定とかだ。

 表向きは選挙管理委員会が公正を保とうと動いているだろうが、実際はそれが及んでいない場所で戦いが繰り広げられているのだろう。


 はっきりとしたことは自分がその舞台に立ってみないと分からないがな。


 ちなみに進路通信の課題は、課せられた翌週の月曜の朝のホームルーム後に提出した。

 予想外のスピードだったのか、先生は「お、おう。はやいな。ありがとう」と驚きながら言っていた。

 ……やっぱり可愛い。霧島先生。


 そして約3週間が経過した。

 長かった生徒会選挙期間もいよいよ終盤。


 立候補者たちにとって、あとは投票結果を待つだけとなった。


 既に投票は済んでいる。

 先ほど、立候補者たちの名前が書かれた紙に、全校生徒が丸をつけて投票箱へと入れた。

 俺は、生徒会長はあの新庄に丸をつけた。


 全校生徒は体育館で結果を待つ。


「えぇ。集計が完了しました。これより結果をステージ上で告示します」


 そうして選挙管理委員会の人たちは二人がかりで大きな紙を持って立った。


 丸められていた紙が、下へとローリングしながら落ちていく。


「結果はこのようになりました。尚、落選者への配慮のため、投票数は開示していません」


 俺は生徒会長の欄だけを確認する。副会長や書記はどうでもいい。


 ――新庄優真。


 その名が大きく書かれていた。

 まあ、ある程度予想はついていたが……。


 そもそも立会演説会……立候補者自身とその推薦者の演説、それが他を圧倒していた。

 それ以外にも様々な要因があるのだろうが、それは俺には分からない。


「では晴れて生徒会役員に選ばれた方たち一人一人に、今の心境や今後のことについて聞いていきます」


 そうしてステージ上で椅子に座っていた立候補者たちのうち、選ばれた者のみが立ち上がった。


「ではまずは生徒会長に選ばれた新庄優真君です。お願いします」


 マイクが新庄に渡される。


「えぇっと。まず俺に投票してくれた皆さん、礼を言います。ありがとう。そして俺に投票しなかった人たち、安心してください。必ず俺が生徒会長にふさわしい男だと証明してみせます。今後は、先も言った通りこの学校のより良い発展を目指して日々精進していくつもりです。これからよろしくお願いします!」


 会場が一気に湧き上がる。

 

 それよりも、こいつは演説の際は一人称が私としっかりしていたのに、今となっては俺という平常運転に切り替わっている。

 勝者の余裕でも見せつけているのだろうか。


「以上です」


 その言葉と共に、一礼して新庄はマイクを選挙管理委員会の人へと返す。


「ありがとうございます。では次は――」


 そこからは副会長や書記など、他の役員にも話を聞き始めたが、俺は興味がなかったので立ったまま目を閉じていた。


 ☆


「――今日のホームルームは以上だ。では解散して構わない」


 学校が終わった。

 今日は投票のために体育館で立って時間が多かった。

 下半身が疲れている。


「なぁ悠。一緒に帰ろうぜ」


「わかった」


 後ろから帰ろうと言われたのでそいつと帰ることにする。


「なぁ。帰り向かいのショッピングモール行かねぇ?」


 玄関近くまで差し掛かった時、翔太が喋りかけてきた。

 正直疲れているから早く帰りたい。


「了解。でも早く帰るからな」


「おう! 食いたいアイスがあってよぉ。それだけ買ったら――」


「お、吉田ではないか」


 前方からこちらへ向かってきていた男に声をかけられる。

 そいつは珍しく野球部のユニフォームではなく、制服を着ていた。


 ここで声かけてくんなと思っていたが駄目だったらしい。


「吉田だが……」 


「俺は晴れて生徒会長になったぞ。賞賛の一言でもないのか」


「おめでとう……でいいか?」


「……まぁいいだろう。そんなことより、俺は此度生徒の中で一番高い座に君臨したというわけだが、まだある分野で一番になれていない」


「成績……か」


「そうだ。だから今年は覚悟しておけ吉田。部活も優秀、そして生徒会長であるこの俺が、お前を学業で叩き潰せばもうこの学校で俺に敵うものはいなくなる。そして俺は……あ、いやなんでもない。とにかく覚悟しておくんだな!」


 言いたいことは言えたとご満足な様子で新庄は俺たちの歩いてきた方向へと歩いて行った。

 それよりも最後に何を言おうとしたのか気になったが、どうせくだらないことだろうと思うことにする。


「お、お前たちって知り合いだったのか?」


「まあな。ついこの間初めて喋った。御覧の通り、俺の成績に勝ちたいらしい」


「な、なるほど。それ以外の面では確かに周囲に勝っている部分多そうではあるよなあいつ。顔も悪くないし……でもお前に勉強で勝つって無理じゃね?」


 俺は去年の成績は全て学年トップだった。

 最強主人公なら自分の実力は隠すのだろうが、現実世界に住んでいる俺たちにとって、自分の実力を示すといったら定期テストは数少ない機会の一つだった。

 だからオタク活動以外は全て勉強に捧げ、今に至るというわけだ。


「どうだろうな。でも俺が全科目満点をとれば少なくとも負けることはないな」


「お、おぉ。流石、吉田様は格が違うというか……今年のテスト勉強も、先生……お世話になります」


 翔太は頭を下げながらそう言った。


「ああ。任せておけ」


 最強主人公っぽい自分に喜びがさしたのか、俺は「任せておけ」なんていう言葉を口にしてしまった。


「じゃあ行くか」


「ああ」


 そして俺たちは学校を後にした。


「ええと、この魔女の香りと小豆味のダブルで――」


 俺たちは学校の向かいにあるショッピングモールのフードコートに来た。

 翔太の食べたいアイスとやらのお供をしている。

 それより、小豆は分かるが……魔女の香りって何?


 注文を終えた翔太は会計を済ませていた。

 そしてレジの横で待っているようにと言われる。


「悠はなんも食わねえのか?」


「ああ。腹の調子が悪くてな……」


「そ、そうか。なんか誘ったタイミング間違ったわ。すまん」


「気にするな」


「魔女の香りと小豆のダブル注文のお客様ぁ」


 女性の店員に意外と早く呼ばれたので翔太はアイスを受け取りにいった。

 

「うまそぉ。どこ座る?」


「あそこでいいんじゃないか」


 俺は少し前方の空いていた席を指さす。

 平日とはいえ、学生の帰宅時間はやはりそこそこ混んでいる。

 言うまでもなくほとんどがうちの制服を着ているが……。


「おっけぇ」


 そうして俺たちは空いていた二人用のテーブルの横の椅子に座った。

 暇だったのでスマホを手に取る。

 同時にLIMEよりメッセージが届く。


 相手は妹だった。


「なあ。この魔女の香りっての一口だけでも食べてみないか? それなら大丈夫だろ」


「ああ」


 遠慮なく貰うことにする。一体どんな味がするのだろうか。


 そもそも腹の調子がよくないというのも嘘だしな。


「ほらよ」


 アイスの入ったカップとスプーンを受け取る。

 そして白いアイスクリームを口へと運んだ。


「どうだ?」


「美味いな」


 これまで食べたことのなかったような味がした。


 どうやらリキュールという、いわゆるお酒を少々使用しているらしいが、そのかんじはまったくしなかった。ただ飲み込んだ後に口に微かにフレーバーが香っている。    


 それがリキュールの効果なのだろうか。


「だろう! これ期間限定でさ。この時期か冬くらいにしかでてこないんだよ」


「そうなのか」


 期間限定という単語に皆まんまとはめられているというわけか。

 でもはめられる価値のある味かもしれないな。


 俺がくだらないことを考えていると、翔太はいつの間にかアイスを食べ終えていた。


「美味かったぁ。ありがとな付き合ってくれて。帰るか?」


「いや、その前に晩飯の食材を買わせてくれ」


「お。おつかいかぁ」


「まあ、そんなかんじだ」


「わかった。じゃあ行こうぜ」


「ああ」


 俺たちはフードコートを後にし、食品売り場に向かう。


 先ほどの妹からのメッセージは、母が調子悪く仕事も休んで寝ているから今日の晩飯を作ってほしいというものだった。


 俺の母親は……俺が小学性にあがるころから女手一つで俺たちを育ててくれた。


 元々専業主婦だったこともあり、今は収入を得るためにあらゆるところで働いている。

 特に夜間の仕事は給料が良いというのもあり、そっちがメインになることが多い。


 だから、たまにこうして疲れてしまった時は、俺が何か手伝うことが多いのだ。


 ちなみに何が食べたいか妹に尋ねたところ、「カレー!!」と返信が来たので今晩はカレーを作ることになった。


「これ。弟このお菓子好きだったよな。勝ってってやっか」


 翔太が急にそんなことを言った。

 俺は必要な材料を全てかごに入れ、最後にお菓子売り場にやってきていた。


 そう言えば、こいつには弟がいたんだったな。


 その後会計を済ませ、俺たちは家に帰った。


 ☆


 家に着き、時刻が午後6時をまわった頃。


「妹よ。今日のカレーは甘口か。辛口か」


「そんなの辛口に決まってるでしょ」


「了解だ」


 そうして俺はブレザーのみ脱ぎ捨てたままの服装の上にエプロンを纏い、調理を始めた。


 料理は得意でもなく苦手でもないといったかんじだ。

 だから味も可もなく不可もなくといったことになるのが定番である。

 一度も妹から美味しいという評価をいただいたことはない。

 それは母からくらいだろう。


「いただきまぁす」


 完成したカレーを皿に盛りつけ、妹はそれを食べ始める。


「どうだ」


 わかりきっているが、一応聞いてみる。


「んー……」


 迷っているのだろうか。いつもは即答のはずだが……。


「普通」


「そうか」


 やっぱりか。

 今後もこの評価が覆ることは期待できそうにないな。


 特に落胆したりせず、俺も自分で作ったカレーを食べ始める。


 ……美味いと思うけどな。

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